告白代行、廃業します
@zeppelin006
告白代行、廃業します
告白というのは、人生における不採点の試験である。採点されないくせに合否だけは出る。合否だけ出るくせにやり直しが効かない。やり直しが効かないくせに、やった後の人生は続く。
つまり、人生の中でも最もコスパの悪い一発勝負――のはずなのに、みんなやりたがる。やりたがるから失敗する。失敗するから泣く。泣くから青春になる。青春になるからまたやりたがる。人類は愚かだ。だから尊い。と、言っておけばモテそうだが、僕はモテない。
そういう僕が、なぜか校内で『告白代行屋』をやっている。
代行と言っても、告白の『本人』にはならない。そこは倫理が邪魔をする。僕が代行するのは、文章と段取り。つまり、告白を『言語化』し、『運用』するところまで。
恋は感情、告白は業務――そう割り切ると、僕にもできる。むしろ、割り切れる僕にしかできない、と言ったらちょっとカッコいいが、実際は単に面倒を引き受けているだけだ。
依頼はだいたいこうだ。
『○○先輩に告白したいです。どう言えばいいですか』
『いつ、どこで、どのくらいの時間が適切ですか』
『断られた時の逃げ方まで含めて設計してください』
恋がフリースタイルだとするなら、告白は採点競技であり、みんなフォームを求めている。
そんな僕のもとに、ある日、異物みたいな依頼が来た。
放課後の図書室。返却台の影から、彼女は現れた。
クラスメイトの、椿 紗季。成績は上位、運動は下位、会話は平熱、視線は氷点下。僕に対しても例外ではない――はずだった。
「あなたが告白代行屋?」
声だけは、やけに真っ直ぐだった。
「そうだけど。何、利用規約読む? 初回無料、二回目からは購買のメロンパン一個」
「安い」
「恋が安いんじゃなくて、僕の労働が安い」
「じゃあお願い。メロンパン二個払うから、成功率を上げて」
「成功率って言葉で恋を殴るのやめてくれる?」
「殴らないと始まらないこともあるでしょ」
彼女は、ノートを一冊差し出した。表紙には『告白案』と書かれている。すでに自作してるじゃないか、と思ったが、ページをめくると中身は真っ白だった。
白紙の告白案。攻めてる。ある意味、いちばん強い。
「相手は?」
僕が聞くと、椿は目を逸らさず言った。
「二年の、相沢先輩」
相沢先輩。生徒会の人。笑顔が営業用みたいに整ってて、誰にでも優しい。要するに、モテる。
うわ、難易度高い。相沢先輩に告白は、告白というより入札だ。落札される側の気分でやるものじゃない。
「なるほど。で、椿さんは相沢先輩に何を――」
「好きって言いたい」
「……急に人間みたいなこと言うね」
「人間だもの」
その言い方が、なぜか少しだけ可愛かった。可愛いというのは危険な評価だ。そこから恋愛が始まる。僕は恋愛を扱う仕事をしているくせに、恋愛の当事者になるのが苦手だ。調理人が自分の料理で腹を壊すタイプだ。
◇ ◇ ◇
告白は、文章にすると途端に薄くなる。
『好きです。付き合ってください。』
たったそれだけで、意味は足りる。足りるが、足り過ぎる。余白がない。余白がないと、逃げ道もない。逃げ道がないと、人は死ぬ。少なくとも心が。
「まず、相沢先輩のどこが好き?」
僕がそう聞くと、椿は一瞬だけ止まった。止まって、眉を僅かに寄せた。
「それ、必要?」
「必要。告白っていうのは、相手に向けた言葉である前に、自分に向けた言葉でもあるから。自分で納得してない言葉は、噛むと苦い」
「苦いのは嫌」
「みんな嫌だよ」
椿はノートの端に、鉛筆で短く書いた。
『優しい。ちゃんと見てる。』
「……短いね」
「感情の文章量は人それぞれ」
「なら、ここから増やす。『優しい』の具体例、出して」
「この前、雨の日に、廊下で傘を貸してくれた」
「それは優しいのか、ただの傘なのか」
「傘だけなら、貸さない」
「じゃあ『優しい』は確定。『ちゃんと見てる』は?」
「私が、髪を切ったのに気づいた」
「それは見てる」
「見てるのが、怖いくらい」
「怖いのに好き?」
「怖いのに安心する」
矛盾を矛盾のまま言えるのは、いい。恋は矛盾が本体だ。
僕は椿の言葉を拾い集めて、告白文にしていく。
『相沢先輩。先輩は優しいです。傘を貸してくれたこと、髪に気づいてくれたこと、そういう小さなことが、私にはすごく大きくて――』
「待って」
椿が言った。
「それ、私の言葉じゃない」
「え?」
「私、そんなふうに『すごく大きくて』とか言わない。私はいつも、『大きい』とか『小さい』とか、あんまり言わない」
細かい。細かいけど、正しい。告白は細部で死ぬ。
「じゃあ、椿さんの言い方にする。普段どう言う?」
「『助かった』とか。『ありがたい』とか」
「恋愛にありがたいって言うの?」
「ありがたいでしょ。好きって、ありがたい」
やばい。彼女、恋愛を宗教だと思ってる節がある。尊いとか言い出したら危険だ。
僕は書き直す。
『傘を貸してくれたこと、髪に気づいてくれたこと、助かりました。ありがたいと思いました。』
「……告白にしては地味」
「地味でいい。椿さんが椿さんであることが、最大の差別化ポイント。恋の市場は差別化が全てだよ」
「また殴ってる」
「ビジネス用語で殴るとだいたいのことが正当化できる。人類のバグ」
椿は、ほんの少しだけ口元を上げた。笑ったのかもしれない。
その瞬間、僕の端末――じゃない、心臓が通知音を鳴らした気がした。
『この表情、もっと見たい』
やめろ。おすすめが侵入してくるな。
◇ ◇ ◇
告白の文章が固まるにつれて、椿の顔色は逆に悪くなった。
「言えばいいだけじゃん」と簡単に言う人は、言葉の重さを知らない。
言葉は軽い。軽いから、投げると刺さる。
「椿さん、顔色が『欠席届』みたい」
「比喩が不快」
「ごめん。で、何が不安?」
「これを言った瞬間、私は『告白した人』になる。相沢先輩は『告白された人』になる。その関係が固定されるのが怖い」
「固定が怖いなら、告白しなければ?」
「でも、しないと『告白しなかった人』になる」
なるほど。どっちに転んでも属性が付く。人生はラベリング地獄だ。
僕は椿のノートを閉じた。
「じゃあ、属性を増やそう。『告白した人』でも『告白しなかった人』でもない、第三の属性を先に作る」
「何それ」
「『告白を練習しすぎて告白が自分の言葉じゃなくなった人』」
「嫌」
「だよね。だから、練習はここまで」
「でも、文章は必要でしょ」
「必要。でも、文章は椿さんの代わりにならない。文章は車の免許みたいなもの。免許は運転してくれない」
椿はしばらく黙った。沈黙の中で、図書室の蛍光灯が細く鳴った。
彼女が、ぽつりと言う。
「あなたが書いた文章、上手い。上手いから怖い」
「僕が上手いのは、僕が当事者じゃないからだよ」
「当事者になれば、下手になる?」
「なる。なりたい?」
「……なりたくない」
椿はノートを抱きしめるように持った。
そして言った。鋭い、刃物みたいな声で。
「私、相沢先輩に告白したいんじゃない。相沢先輩に『届く言葉』を持ちたいだけ」
「それ、つまり告白したいってことじゃ」
「違う。届く言葉があれば、告白じゃなくてもいい。友達でもいい。後輩でもいい。私はただ、私の言葉で、私の位置から、相沢先輩の世界に触れたい」
その言い方は、もう告白より告白だった。
僕は思った。椿はもう言葉を持っている。持っているのに、持っていないと思い込んでいる。
つまり彼女は――自分の声の所有者なのに、借り物だと思っている人だ。
◇ ◇ ◇
告白当日。放課後の中庭。渡り廊下の影が伸びて、世界が少しだけドラマっぽくなる時間。
僕は木陰から、椿と相沢先輩の距離を測っていた。測るな。恋を測るな。けれど仕事なので測る。
相沢先輩が来た。爽やかな笑顔で手を振る。椿が一礼する。
このまま椿が僕の書いた文章を読み上げれば、成功率はそこそこある。いや、成功率という言い方はやめよう。告白は、成功すると失敗する。失敗すると成功する。要するに、どっちに転んでも人生だ。
椿が口を開いた。
「相沢先輩。今日は、話があって呼びました」
そこまでは台本通り。
だが彼女は、ポケットからノートを出さなかった。
代わりに、自分の胸元を軽く叩いた。まるで『ここにある』と言うみたいに。
「先輩に言いたいことが、あります。……でも今、頭の中に文章が出てこない」
相沢先輩は驚いた顔をしたが、すぐに優しく笑った。
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
その『大丈夫』が、椿を少しだけ揺らした。揺らしたけれど、倒さなかった。椿は目を閉じて、息を吸った。
「私は、あなたが怖いです」
僕は木陰で咳き込みそうになった。怖い。告白の第一声が怖い。攻めすぎだろ。
けれど椿は続けた。
「怖いのに、安心します。あなたが私を見ているのが怖いのに、見ていてほしいです。……傘を貸してくれて、助かりました。髪に気づいてくれて、ありがたかったです」
『助かった』『ありがたかった』。
僕が教えた単語だ。けれど今、彼女の声で出ると、まったく別の意味に聞こえる。
言葉は同じでも、声が違えば世界が違う。
「だから、お願いがあります」
椿は、相沢先輩を見上げた。
「私のことも、ちゃんと見ていてください。……それが、恋かどうかは、今は分かりません。でも、分からないまま、分からないって言える場所に、あなたのそばがいいです」
相沢先輩が、少しだけ目を丸くした。
そして、笑った。営業用じゃない、ちょっと困った笑い方で。
「うん。見てるよ。今も。ずっと」
椿の肩から力が抜けた。
彼女は最後に、付け足すように言った。
「それと、もうひとつ。告白代行は、今日で終わりにします」
相沢先輩が首を傾げる。
「代行?」
「……私、告白の文章を、誰かに書いてもらってたんです」
やめろ。言うな。墓穴を掘るな。
そう思った瞬間、椿がこちらを――木陰を見た。僕のいる位置を、正確に見た。視線が刺さる。
「でも、文章は要りませんでした。私が言いたかったのは、私の声のことでした」
相沢先輩は状況が分からない顔をしている。でも椿はもういいのだ。伝える相手は、先輩だけじゃない。自分自身にも言っている。
椿は最後に、もう一度だけ相沢先輩に頭を下げた。
「返事は急がなくていいです。私は、私の言葉で生きていくので」
それは、失敗しそうで成功している告白だった。いや、成功しそうで失敗している告白かもしれない。どっちでもいい。どっちでも、彼女は彼女のままだ。
◇ ◇ ◇
その後、僕は呼び出された。
場所は図書室。時間は夕方。主犯は椿。共犯は僕。被害者は僕の心臓。
椿はいつもの冷静な顔で、机の上にメロンパンを二個置いた。
「報酬」
「成功したの?」
「分からない。けど、言えた。だから報酬」
「成功と報酬が紐づいてないの、健全だね」
「健全が好き」
椿はノートを開いた。中には、僕の書いた文章が残っている。
彼女はそれを指でなぞって、言った。
「あなたの文章は、上手い。でも、怖い」
「まだ言う?」
「言う。上手い文章は、人を『なれるもの』にしてしまう。私は、誰かになりたくない。相沢先輩の彼女になれたとしても、誰かの台本のヒロインにはなりたくない」
僕は頷いた。
言葉は人を変える。だからこそ、言葉は慎重に使うべきだ。――というのは正論で、正論はだいたい遅い。
椿が続ける。
「でも、あなたにはお礼を言いたい。あなたが代行してくれたのは、告白じゃない。私が私の言葉に戻るための、迂回路だった」
「迂回路って言い方、ちょっと傷つくけど」
「直線の方が傷つく」
「それもそうか」
椿は少しだけ目線を下げた。珍しい。彼女が迷うときは、だいたい重要なときだ。
「それで、もう一個、相談がある」
「まだあるの?」
「うん。……私、あなたに言いたいことがある」
僕の心臓が、さっきから不穏な通知音を鳴らしている。
おすすめするな。予測するな。これは予測されたくない。
「今度は台本なしで?」
「なしで」
「じゃあ、言って」
椿は息を吸って、吐いて、僕を見た。
そして言った。短く、雑に、でも確かに。
「あなたのこと、ありがたいと思ってる」
……それは、告白ではない。
けれど、告白の原型だ。告白の手前にある、最も誠実な言葉だ。
僕は笑った。たぶん営業用じゃない笑い方で。
「それ、僕のこと好きって意味?」
「まだ分からない」
「分からないまま、分からないって言える場所が、僕のそば?」
「そう」
椿は、ほんの少しだけ照れた。照れたことに自分で気づいて、むっとした。むっとしたことを隠さず、むっとしたまま言った。
「だから、お願いがある」
「なに?」
「これからも、代行しないで。私の言葉を、奪わないで」
奪うつもりなんてなかった。けれど、奪える位置にいたことは事実だ。
僕は、ノートを閉じて椿に返した。
「了解。告白代行、廃業します」
「え、極端」
「極端がポップ。ポップが青春。青春が――」
「その先は言わなくていい」
椿はメロンパンを一個、自分で食べた。二個置いたのに、一個食べた。つまりこれは支払いではなく、共有だ。共有は契約であり、契約は恋に近い。近いが、まだ恋ではない。
その曖昧さが、僕は好きだった。
僕はもう一個のメロンパンを手に取って言った。
「じゃあ、次の相談は?」
「次?」
「恋って、相談が減ると終わるから」
「……そういうところ、嫌いじゃない」
椿はそう言って、ノートの白紙のページに、鉛筆で一行だけ書いた。
『言葉は借りなくていい。声は、返さなくていい。』
告白でもない。契約でもない。
でも、その一行だけは、僕の中で確かに残った。
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