悍馬

あか りくこ

第1話

バンダナ芋兄ちゃん第四話


午年なので馬を題材にしたお話




舞台に国内某所を彷彿とさせる描写がございますが、物語とは一切無関係


勿論、語自体噓八百、馬の描写も虚々実々です




 俺はバンダナ芋兄ちゃん。




 俺は順に連れられて山小屋ロッジ風のセミナーハウスにいた。農作業なんかの体験学習が出来て、土地柄、温泉も併設されたすてきな宿泊施設だ。




 しかし、俺らが来たのは慰安じゃない。馬を封じるためだ。




 ※※※




 昔々、とても気性の荒い悍馬がいた。山に棲み、田畑を荒らした。悍馬は決して人に馴れることはなかった。


 ある時、困った殿様は悍馬を捕らえるために一番の馬廻を遣わせた。


 死闘の末についに馬廻は悍馬の背に跨った。馬は人間に屈する事を拒み断崖絶壁から身を投げた。


 馬廻はその死を悼み、馬を弔い祠を建てた。




 ※※※




「面倒なのはここからでね」


 と湯舟に浸かり、順が話を続ける。




 広い洗い場にはなんとも気まずい表情でこちらを窺う同世代の青年数名。扉を開けて入るなりあわてて脱衣所に戻って暖簾を確認しに行く若造もいる。


 仕方ない。


 男湯だと思って入ったら湯船には色白の絶世の美女がいて、しかもバンダナ巻いたまま入浴キメるクソださ彼氏と混浴中。


 ごめんね、俺の隣の美人さん、こんな見目だけど、おっぱい無いしちゃんと第三の脚ついてるから安心して。ほんとゴメン。


 それから、俺ね、バンダナの下に刺青入ってるんで外すわけいかないのよ。外すと色々ヤバいもんが集まってきちゃう大惨事待ったなしで二重にアウトなの。ほんとごめんよ。




「悍馬が化けて出るようになった。それを封じたのがうちの先祖だ」


「封じたならいいじゃないか」


「山歩きしてたどっかの大馬鹿者が、封をきった」


「あー」


 言われて理由と事態は理解した。おかしいと思ったんだ。順が「山にいこう」なんて誘ってくるなんて。


「それで行ってこいって話なわけね」


「そ」


 相槌をうって順が湯船を出る。あがった気配を察して洗い場にいた全員が振り返り、そして凍り付いた。








 白い満月が、天頂で煌煌と輝く夜の森。


 順と俺は雪山登山の格好で、弓を担いで藪を掻き分け祠に向かっていた。




 明るい日中と違ってもちろん森の中は暗い。けれど、夜の森の中では空が白く見える。そして、山の空気は凛として、心地よい。冴え冴えとした透き通った月光が梢の間から差し込む様が海の底を思わせる。なんとなく国語の時間に読んだ、水の中から月を眺める描写がとても綺麗だった小説を思い出した。


 そんな幻想的な光景に包まれて森を歩く俺たちだが、交わしているのは雰囲気にそぐわない、ロマンチックの欠片も無い会話だ。


「この辺は昔は武士の一大拠点で山の中に馬を放って、素手で捕らえるなんてこともやっていたそうだ」


 その名残が今でも神事として残っている。地元の一大イベントだ。


「豪快だなぁ。でも馬ってガラスの脚っていうくらい華奢なんじゃ」


「それは競走馬、サラブレッドの話だ。在来馬はポニーに近い」


 そうして順は懐からプリントアウトした画像を取り出して俺に寄こしてきた。


 青い空、青い海を背景に草を食む、小さな馬。つぶらな瞳で、小柄で穏やかな温厚そうな佇まい。例えるなら生きたぬいぐるみ。


 だけど、神社って神馬がつきものなのに。今更だけど、それなりにでっかい神社なのに馬がいないことに思い当たった。


 不思議に思い、順に聞くと


「昔はウチにも神馬がいたって話だけどね、ひいひい爺さんの代に近所に住宅地が出来てさ、そこで悪臭だのうるさいのなんだのとクレームが入って」


 高度成長期にはよくある話だ。




 祠は見晴らしの良い、開けた山の中腹にあった。


 眼下には黒々とした麓まで広がる黒い森。その先には人の営みが織りなす地上の星座と流通が生み出す光の河。




 ここいら一帯が悍馬の縄張りだったんだろうか。




 ぼんやり考え思いをはせる俺の頭上で梢がざわめき、一陣の風が吹き抜ける。そして改めて、凍えるような寒さを感じた。雪はないのは有難いけどとにかく寒い。凍えそうだ。


「ところでさ、祠を封じ直してミッションコンプリート、でいいんだよな」


 だったら昼間来れば良かったんじゃないか?そう聞いたら順にけっ飛ばされた。


「空っぽの祠を封じてどうすんだ、バカ」




 祠に仕掛けを施し、弓に弦を張り終えた順が「バンダナを外せ」と命じてきた。


 俺は生まれた時からチャクラが開きっぱなしで、善きものも悪しきものも寄せ付けてしまう難儀な体質だ。だから順の爺さんの彫った刺青とバンダナで物理的に抑えている。


 あいよ、と返すと順が天に向かって、キリリと弓をひいた。矢は番えていない。


 俺がバンダナを外すと同時に、順が弦を引いていた指を放した。ビイィン。弦をはじく音が冷涼な夜気を切り裂き、深く低く沁みいるように響いて大気が震える。


 俺のチャクラに引き寄せられた有象無象が、鳴弦の振動で弾けて消えていく。




 その中で、夜風に混じって聞きなれない響きが聞こえてきた。


 息を吸いながら悲鳴をあげたらこんな風に聞こえるんじゃないか、そんなヒイィと切り裂くような鋭い笛の音に似た音。




「来たぞ」




 俺は頷くと打ち合わせ通り祠の背後に身を潜めた。




 俺が隠れたのは至極単純な理由。力ずくで取り押さえて祠に戻すなんて芸当、俺にも順にも出来ない。


 だから、俺のチャクラで、悍馬を引き寄せる。そうして、祠に戻して封じる作戦だ。


 弓を鳴らしたのは邪魔な雑魚一掃もあるが、一番の目的は、悍馬に「ここに人がいるぞ」と知らせるためだ。


 縄張りに人が入り込んだとあらばこの祠が不快な場所だとしても、すっ飛んでやってくるはず。




 正直、この時点まで簡単な仕事だと思っていた。さっき見せてもらった在来馬の姿も曲解に一役買った。舐めてかかっていたともいっていい。




 悍馬が姿を見せるまでは。




 その悍馬は黒い鬣の、全体に丸い斑が散った黒ずんだ葦毛だった。余談だけど、この毛色を連銭葦毛というらしい。


 四肢で地を踏みしめたその姿。かま首を下げ、胴を震わせ獅子の如き鬣をゆすり、耳を思いっきり後ろに倒している。この状態を耳を引き絞ると呼ぶのは後々知った。

目にした瞬間、背中に思いっきり冷や水を浴びせられた。なんだアレ。ポニーじゃねぇじゃん。それしか言葉が浮かばなかった。


 思ってたのと全然違う。でかい。怖い。気持ち悪い。なんだよその牛みたいにでっかい身体とぶっとい脚。まるで丸太か棍棒じゃないか。そんなんで踏まれたら死ぬに決まってんだろ。


 現れた悍馬は、ぶふぅ、と荒い息を吐き出し、祠の背後でバンダナ外して突っ立つ俺そっちのけで弓を握る順を睨み付けたまま。その眼には紛れもない狂気が宿っている。


 想定外の事態に気付いた。この悍馬、チャクラの引き寄せが効いてない。効いてるのかもしれないけど、人間に対しての憎悪の方が大きすぎて引き寄せを振り切ってるのか。




 このままだと順が危ない。俺は焦った。こっちに誘導しなくちゃ。祠に近づいてほしいんだよ。こっちに気付けよ。でも声が出ない。完全に竦んでいる。膝が笑ってがたがた震えている。


 


 こんな化け物どうやって制したんだよ武士。




 その時。




 誰かが俺の目の前に立ち塞がった。そして、大声で何か呼ばわった。




 あやまつな其が宿執(しゅくしゅう)の標的(まと)は、某にて候




 判らないけど意味は伝わってきた。


「相手を取り違えるな。お主が憎むは儂であろう」


 言葉が分からなかったのは、昔の口語だからだ。




 その言葉に悍馬が順から俺に目線を移し、俺の前に立ちはだかる人物を目にした瞬間、いっそう凄まじい形相を見せた。眦をがっと開き、一声嘶くと、踵を返して突進してくる。


 その咆哮は、殺意に狂気に満ちていて、耳に届いた瞬間、魂魄を引き裂かれるような衝撃を受けた。


 同時に、生前の悍馬の感情も流れ込んでくる。




 それは、誰にも縛られない、孤高にして高潔。清冽なまでに誇り高き魂だった。彼にとっては、人に追われることすら児戯の範疇だった。


 それが。侮るまでも無い相手に屈した。体躯に触れられた。背を許した。彼はそれを恥とし、自ら命を絶った。死を以て支配を拒んだ。迷うことなく深い断崖絶壁に身を躍らせた。




 悍馬に跨る馬廻は、今俺の目の前にいる人物と同じ顔をしていた。




 悍馬が後脚で立ち上がり、そのまま力強く勢いをつけて前脚を振り下ろしてくる。キツネが雪に飛び込むような格好だ。あれは隠れている鼠を仕留める狩りだと聞いたけれど、鼠の目線でキツネを見たら間違いなく立ち竦む。成す術なんてない。


 顔を少し斜めに傾げているが、その眸は限りなく純粋に殺意を湛え、俺と武士を見据えていた。高々と振り上げた前脚は蹄の裏まで見えた。




 終わった。




 死を覚悟した次の瞬間、順が鳴弦を始める前に用意していた仕掛けが発動した。勢いよく祠の扉が開いて、中から注連縄が飛び出し悍馬に巻き付き搦めとった。驚き暴れる悍馬を捕縛すると、蛸が捕えた獲物を巣穴に引きずり込むようにずるずると祠に戻っていく。悍馬も縄に噛みつき逃れようと地べたにもんどりうってのたうち回るが縄は千切れない。




 ぱたりと祠が閉まる。




 武士は悲しそうに祠を見つめると、俺と順に深々と頭を下げて消えていった。




 我に返った順が祠に駆け寄り、新たに封を施す。そして、大きくため息を吐いてへたり込んだ。


 終わった。助かった。


 俺は脱力し地べたに這いつくばる。しばらく荒い息を吐き、静寂をとり戻した祠を見つめた。




 俺はバンダナを巻き直し、順は、二度と再発しないように人避けの結界を強化し張り直した。


 もう悍馬が飛び出してくることはない、そう実感し安堵を噛みしめた。




 そうして人心地着いたあと。


「おい、誰だったんださっきの武士」


 狐につままれたような声で順が問うてきた。


 俺は、悍馬の生前の記憶を垣間見たことを伝え、彼は殿様から命を受けた馬廻だと説明した。


「順が召喚したわけじゃない?」


「そんな余裕あるように見えたか?悍馬と睨みあうだけで精いっぱいだった」


 顔を背け答える順の語尾が珍しく震えていた。


 悍馬と対峙していた時、順まで吞まれていた。


 だとしたら、あの馬廻はずっとあの祠の傍にいたのか。




 武士は仕える者がいて命を与えられてこそ真価を発揮する。


 悍馬を捕らえる任を今も遂行しているだけかも知れない。


 死してなお暴れる悍馬を御することを己に課しただけなのかもしれない。




 ただ、あの馬廻が消える前、悍馬が封じられた祠を見つめる悲しそうな目。


 お主が憎むは儂であろう、その言葉にはやりきれない愁嘆と渇仰が滲んでいた。




 悔やんだのか惜しんだのかわからないけど、悍馬を死に至らしめたことに忸怩たる思いを抱いていたのかもしれない。


 一人の武士として、手練れの馬廻として乗りこなせない馬など存在しない、そんな自負があったのかも知れない。


 人智を超えた悍馬を制して勇猛を誇示したかったのかも知れない。


 人の支配を拒む自由な生き様に焦がれた、羨望を抱いた、と思うのは俺たちが今を生きる現代人だからだろうか。




 ともかく、馬廻はずっと祠の傍らで待っているのだ。悍馬に主として認められる時を。




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