少年下校録

猫又毬

少年下校録

キーンコーンカーンコーン

キーンコーンカーンコーン


終礼のチャイムが鳴り終わると日直が声を張り上げる。

「きりーっつ」

日直の掛け声に合わせ、クラスのみんながイスをガタガタいわせ一斉に立ち上がる。

「あいさつをしましょう」の声に続いてみんなが声をそろえる。

「さよーなら!」

「はい、さようなら。みんな気を付けて帰ってねー。」

先生が言い終わると同時に、子どもたちが教室からかけてゆく。

「今日あそべる?」

「今日ピアノなの」

「ねえねえ、公園でサッカーしようよ」

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ・・・

放課後の2年1組の教室はみんなの「楽しい」で満ちている。


「けんちゃん!」

校門を出た所で健太は後ろから声を掛けられた。

祐希くんだ。

健太と祐希くんは同じ町内のご近所同士。

クラスは違うが登校も下校もいつも一緒だ。

1年生の時、健太の住む町に祐希くん家族が引っ越してきて以来、二人は大の仲良しになった。


二人はいつも帰り道で今日の宿題のこと、昨日お兄ちゃんがイジワルしてきたこと、

前のスイミングのテストで合格したことなど取り留めもなく話す。

健太たちの通学路には、校門を出て左に曲がるとすぐ大通りがある。

二人は、いつも少し緊張しながらこの大通りを渡る。

「信号が青でも車が来ることがあるからね。

横断歩道を渡る時は車が来ていないか、ちゃんと見てから渡るのよ。」

お母さんや先生達にそう言われていても、みんなあまり気にせず渡っていた。

下校中の通学路では違うクラスの近所の子たちと一緒になる。

話すことがいっぱいあるし、おふざけもしなきゃいけないし、忙しい。

それに信号は青なのだ。

車のことなんていつも忘れてしまっていた。

でも去年の9月、始業式の日に、

遠い街の知らない交差点で二人と同じ1年生の子が事故に遭った。

その子は青信号の横断歩道を渡っていたこと、

信号が青でも車が来ることがあることを、先生が話してくれた。

「みんな、横断歩道を渡る時は信号が青でも、

まず左をみて、それから右をみて、もういちど左をみましょう。

それからね、止まってくれた車の運転手さんの顔を見て、手を上げて渡ろうね。」

そう言った先生は、すこし悲しそうで、すこし怒っているようで、健太は胸がキュッとした。

その日からだ、健太がこの大通りを緊張しながら渡るようになったのは。

「事故にあった子、死ななかったって。

でも長く入院しないといけないんだって・・・。」

2学期が始まってしばらく経ったある日、祐希くんがふと言った。

健太はその時の祐希くんの顔をなぜか今も覚えている。


車が行き交う大通りを渡り、

ホッと息をつく二人の目に飛び込んでくるのはいつも遊んでいる公園だ。

今日は金曜日。

健太はサッカー、祐希くんは塾の日だから遊べない。

だから二人はいつもより少しゆっくり帰る。

公園に寄り道をするのは禁止だ。

でも公園の外にある花壇や、

落ち葉がたまった所でダンゴムシを捕まえるのがダメとは聞いていない。

二人は夢中でダンゴムシを探しはじめた。

石の下や雑草の下、落ち葉と湿った土の間なんかにダンゴムシはいるものだ。

二人は慣れた動きでどんどんダンゴムシを捕獲してゆく。

「けんちゃん、こうするといいよ!」

ふと見ると、祐希くんが目をキラキラさせて笑っている。

手にはさっきまで被っていた帽子と、その中に入った沢山のダンゴムシ達。

「あー!祐希くんいっぱいとってる!ボクもやーろう!」

それまで左手の中でカサコソ動いていたダンゴムシ達はコロコロと丸くなり、

健太の体温と汗で湿った帽子の中へと滑っていった。

「これならいっぱいとれるね!」

「うん!いっぱいとろう!」

ダンゴムシ捕りに夢中になった二人には後ろを通る車の音も、

おばさん達がお喋りしながら歩いてゆく足音も、

近所のおじいさんが挨拶してくれた声も聞こえない。

静かな熱気に満ちた世界に二人は居た。


帽子の内側がダンゴムシだらけになった頃、どちらともなく家へ向かって歩きだした。

満足気な二人の手には、カサコソと音のする帽子が大事に握られている。

「じゃあ、また明日ね!」

祐希くんが左手でバイバイをしながら家に向かってかけてゆく。

「また明日ね!」

健太も同じく左手でバイバイを返した。

祐希くんの家を通り過ぎ、左に曲がる。

いつもは一人の、ここからの帰り道が今日はとても心強く感じた。

帽子の中から聞こえるカサコソと、自分のタンタンという足音が何だか音楽みたいだ。

カサコソタンタンカサタンタン

カサコソタンタンカサタンタン

ピーンポーン

「おかあさん、ただいま!!」

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少年下校録 猫又毬 @necomatamari

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