緋色の閃影(ひいろのせんえい) ~体育2の女子高生が蘇らせた最強忍者と、デジタルを斬る~

ソコニ

第1話「影は、デジタルを切り裂く」

プロローグ

 スマホの画面が、また光った。


「うっざ……」


 不知火ひなたは、ベッドに寝転がったまま通知を消す。フォロワーからのリプライ、どうでもいいニュース速報、そして母からの「帰ってきなさい」という第五報。全部、既読スルー。


 十七歳の彼女にとって、実家は退屈の象徴だった。古びた蔵、黴臭い畳、そして何より――祖母が語る「不知火一族の誇り」とかいう、痛々しい妄想。


「忍者の末裔? はぁ? 令和だよ?」


 ひなたは鼻で笑う。確かに祖母の動きは異様に俊敏だし、父も何か怪しい道場を営んでいる。でも、それは単なる「古武術マニア」の域を出ない。忍者なんて、漫画とコスプレの中にしか存在しない。


 そう思っていた。


 ――あの夜、東京が死ぬまでは。


第一章 崩壊のカウントダウン

 午後十時三十七分。渋谷のスクランブル交差点から、すべての光が消えた。


「え……?」


 ひなたがスマホから顔を上げた瞬間、ビルの広告が一斉にブラックアウト。信号機が停止し、車のクラクションが不協和音を奏でる。夜の空気が、一瞬で冷え込んだ気がした。


「停電? いや、まさか――」


 画面を見る。圏外。Wi-Fiも死んでいる。


 そして、空から「それ」が降ってきた。


 無数の赤い光点。最初は花火かと思った。だが違う。機械的な駆動音が、夜空を切り裂く。幾何学的に整列した光が、まるで意思を持ったかのように編隊を組み、地上へ急降下してくる。


「ドローン……?」


 ひなたの疑問が確信に変わったのは、最初の爆発が起きた瞬間だった。


 ビルの一角が火柱を上げる。衝撃波が地面を揺らし、ひなたの頬を熱風が撫でた。焦げた臭い。悲鳴。逃げ惑う人々の足音が、アスファルトを叩く。


 ドローンの群れは容赦なく、無差別に、都市を焼き始めた。


「うそ、でしょ……」


 足が竦む。誰かがぶつかってきて、ひなたは地面に倒れた。膝を擦りむく。ジーンズが破れ、生温かい血が滲む。痛い。これは夢じゃない。


 上空のドローンが、こちらを「見た」。


 赤い単眼レンズが、ロックオン音とともにひなたを補足する。甲高い電子音が、死刑宣告のように響く。


「――ッ!」


 死が、落ちてくる。


 ひなたは本能のまま走った。路地へ、裏通りへ。息が切れる。喉が焼けるように痛い。足が痺れる。でも止まれない。背後で爆音が連続し、ビルのガラスが雨のように降り注ぐ。


「助けて――誰か――!」


 気づけば、見覚えのある場所だった。


 実家の裏手。古びた蔵の前。


 鍵なんてかかっていない。ひなたは扉を蹴破るように開け、中へ転がり込んだ。


第二章 封印の解放

 蔵の中は、闇だった。


 いや、闇以上のものがあった。


 スマホのライトを点ける。バッレー残量三パーセント。震える手で周囲を照らすと、埃まみれの古道具、錆びた農具――そして、空気そのものが違う。


 古い線香の匂い。鉄と油の匂い。何百年も閉ざされていた、時間の重さ。


 ひなたの肌が、ざわりと粟立った。


 中央に、それはあった。


 漆黒の鞘。


 長さは一メートルを超える。黒檀とも黒曜石とも違う、光を吸い込むような深い黒。鞘には血のように赤い紋様が刻まれ、まるで呼吸するように、かすかに明滅している。


「これ……なに……」


 近づくと、空気が冷たくなった。いや、冷たいというより――重い。まるで見えない手が、ひなたの全身を押さえつけるような圧迫感。


 ひなたは吸い寄せられるように、手を伸ばした。


 その瞬間、外でドローンの爆音。蔵の壁が吹き飛ぶ。


「きゃあっ!」


 衝撃で体が宙を舞う。ひなたは鞘に激突し、額を切った。鮮血が流れる。


 一滴の血が、鞘の紋様に触れた。


 ――世界が、赤く染まった。


 


 轟音。


 衝撃波。


 蔵全体が震え、鞘から眩い赤光が噴き出す。ひなたの目の前で、光が渦を巻き、人の形を成していく。


 まず、音。


 金属が擦れる音。鎖が絡み合う音。そして――息をする音。


 次に、甲冑。


 深紅の金属が、空中で組み上がっていく。胸当て、篭手、脛当て。戦国時代の様式美と、まるで生物のような有機的な曲線が融合したデザイン。甲冑の継ぎ目から、かすかに蒸気のようなものが漏れている。


 そして、肉体。


 筋骨隆々とした男の体躯が、光の中から実体化する。身長は優に百八十を超える。傷だらけの手。節くれ立った指。これは、幻ではない。


 最後に、顔。


 鋭い目つき。顔中に刻まれた古傷。口元には不敵な笑み。


 蔵の空気が、一瞬で凍りついたような静寂。


 ひなたは息をすることすら忘れていた。


 男は、眠りから覚めたように、ゆっくりと目を開いた。琥珀色の瞳が、ひなたを見た。


「――四百年か。長き眠りであったな」


 低く、野太い声。それだけで蔵の空気が震えた。


 ひなたは、言葉を失っていた。


 目の前に、「忍者」が立っていた。CGでもホログラムでもない、確かな質量を持った、生身の人間が。彼から漂う、古い血と鉄の匂いが、それを証明している。


「我が名は不知火牙王。忍びの頭領にして、この刀の守護者」


 男――牙王は、鞘から刀を抜いた。


 シャキィン、という音が響く。この音を、ひなたは本で読んだことがあるだけだった。本物の「抜刀」の音。


 刃は緋色に輝き、まるで血流のように光が脈動している。刀身から微かな熱が放たれ、ひなたの頬を撫でた。


「封印を解きし者よ。そなたが、我が新たなる主か」


「は……?」


 ひなたの思考が追いつかない。状況が理解できない。手が震えている。膝が笑っている。


 その時、蔵の穴から、ドローンが侵入してきた。


 五機。赤い単眼が、ひなたと牙王を照らす。


「……ほう」


 牙王は、ドローンを見て首を傾げた。


「これは……人形(ひとがた)か? いや、殺気がない。機巧(からくり)の類か」


 彼の声に、一切の恐れがない。まるで、虫を見るような無関心さ。


「違う! それ、爆発するから――」


 ひなたの警告が終わる前に、ドローンが一斉に突撃してきた。


 牙王は、動いた。


 いや、「消えた」と言った方が正確だった。


 風が巻き起こる。牙王の着物の裾が翻り、一瞬だけ残像が見えた。


 次の瞬間、牙王はドローンの真横にいた。緋色の刀が一閃。


 ドローンが、真っ二つに切断される。切断面から火花が散り、焦げた回路の匂いが漂う。


「遅い」


 牙王は表情一つ変えず、次のドローンへ移動。縦斬り、横薙ぎ、回転斬り。まるで舞うように、五機全てを一瞬で解体した。


 バラバラになったドローンが、地面に散乱する。金属が床に落ちる音。まだ火花を散らす回路の音。


「ふむ……外見は機巧だが、内には見慣れぬ部品が。これが現代の暗器か」


 牙王は冷静に、壊れたドローンの内部を観察している。


 ひなたは、呆然と立ち尽くしていた。


 足が震えている。でも、恐怖だけじゃない。


 血が騒いでいる。


「……マジ、なの?」


第三章 世代のギャップ、技術の融合

「おい、娘。呆けている場合ではないぞ」


 牙王がひなたを見る。


「外にまだ敵がいる。この機巧、単体では大したことはないが、数が多い。そなた、戦えるか?」


「むり無理無理! 私、ただの女子高生だから! 体育の成績2だし!」


「体育……?」


 牙王が眉をひそめる。


「現代の言葉は分からぬが……そなた、武芸の心得は?」


「ない! っていうか、走るの遅いし、球技とか無理だし!」


「……では、何ができる?」


 ひなたは必死に考える。何ができる? インスタの加工? TikTokの編集? そんなの役に立つわけ――


 待って。


 ひなたはスマホを見た。バッテリー残量二パーセント。でも、まだ動く。


「……ハッキング、できる」


「は?」


「ハッキング! スマホで敵のシステムに侵入して、動きを止めたり、誤作動させたり!」


「何を言っているか全く分からぬが」


 牙王は刀を構える。そして、かすかに笑った。


「要するに、そなたは『目』になれるのだな?」


「……え?」


「忍びの基本は情報戦。先を読み、敵の虚を突く。そなたがその『目』となり、我が『刀』となる」


 牙王が、ひなたの肩に手を置いた。その手は、ひなたが思っていたより温かかった。生きている。本物の人間だ。


「面白い。四百年の時を超えた、連携戦(れんけいせん)というわけか」


 その時、蔵の外から轟音。さらに多くのドローンが接近している。


 ひなたは震える手で、スマホのアプリを起動した。父が「護身用に」と入れてくれた、謎のハッキングツール。画面には赤と黒の忍びの紋章が刻まれたインターフェース。今まで一度も使ったことがなかった。


 でも、指が勝手に動く。まるで、ずっと前から知っていたかのように。


「……繋がった!」


 画面に、ドローンの制御信号が表示される。位置情報、飛行パターン、攻撃タイミング――全てが数値化されている。


「来る! 牙王、右から十二! 十字砲火のタイミング……三、二、一、今!」


 ひなたの指先がスマホの上で踊る。ハッキングで敵の照準をコンマ数秒だけ狂わせる。


「阿吽(あうん)の呼吸よな。――承知!」


 牙王の体が、赤い火花となって夜に溶けた。


 彼は屋根を破り、垂直に跳躍する。重力を無視したかのような跳躍力。着物が風に翻り、緋色の刀が月光を反射する。


 空中で十二機のドローンが待ち構えていた。


 しかし。


「左の編隊、熱源探知モードに切り替わった!」


 ひなたが叫ぶ。


「……ほう。『熱』を追うか」


 牙王は空中で、息を整えた。


 古い呼吸法。「水鏡の呼吸」。体温を極限まで下げ、気配を完全に消す技。


 瞬間、ドローンのセンサーから、牙王の姿が消えた。


「……え? 消えた? 人間が?」


 ひなたは画面を見て絶句する。


 ドローンたちは混乱し、互いに衝突し始める。その隙を突いて、牙王は一閃。十二機全てを一瞬で切り刻んだ。


 着地と同時に、牙王は地面を蹴る。


「次は低空侵入! 地面スレスレで突っ込んでくる! あと三秒!」


「ならば、これで」


 牙王は刀を地面に突き立てた。


 瞬間、緋色の光が地面を這い、波紋のように広がる。それは電磁パルスではない――もっと原始的な、「気」の波動。しかし、デジタル信号を物理的に「斬る」力を持っている。


 光に触れたドローンが、次々と機能停止し墜落する。制御回路が焼き切れ、火花を散らす。


「な……光で、電子機器を……?」


 ひなたは理解した。


 この刀は、ただの武器じゃない。


 デジタル信号を、物理的に「斬る」力を持っている。


「牙王! この刀、すごい! 電磁パルスみたいな効果がある!」


「電磁……? まあ良い」


 牙王は不敵に笑う。刀を肩に担ぎ、月明かりの下で立つ。


「四百年前、我はこの刀で『呪い』を斬った。魂を喰らう妖(あやかし)を斬った。ならば『機巧の糸』も斬れよう」


 ひなたの心臓が、高鳴った。


 怖い。でも、同時に――ワクワクしている。


 この「時代遅れのおじいちゃん」と一緒なら、もしかして――


「――まだ終わりじゃない!」


 ひなたはスマホを握りしめる。画面の忍びの紋章が、赤く光った。


「敵の本拠地、特定できた! 信号の発信源……渋谷のビルから!」


「では、そこへ行くぞ」


 牙王が刀を鞘に納める。その音が、まるで宣戦布告のように響いた。


「案内せよ、娘。我が四百年ぶりの戦場へ」


第四章 夜の摩天楼へ

 渋谷の廃ビル。


 最上階のサーバールームで、「それ」は笑っていた。


 巨大なモニターに映る、男の顔。いや、顔の「ようなもの」。ピクセルで構成され、常に形を変え続ける、デジタルの亡霊。


『忍びの末裔か……』


 ノイズ混じりの声が、スピーカーから響く。


『我が名はギガ・マギ。デジタル世界の支配者。ならば貴様は、アナログ世界の遺物というわけだ』


 モニターに、牙王とひなたの姿が映る。二人は、ビルへ向かって走っていた。


 月明かりの下、牙王の緋色の甲冑が輝く。ひなたはスマホを片手に、必死に牙王についていく。


『面白い。この都市を破壊する前に、少し遊んでやろう』


 指を鳴らす仕草。


 渋谷中のドローンが、一斉に二人へ向かって飛び始めた。


 街を駆ける牙王とひなた。


「多い! 多すぎる!」


 ひなたが悲鳴を上げる。


 上空を埋め尽くすドローンの群れ。その数、優に百を超える。赤い光の海が、夜空を覆い尽くす。


「怯むな、娘!」


 牙王が叫ぶ。走りながら、彼は懐から何かを取り出した。


 小さな球体。煙玉――ではない。表面に、電子回路のような模様が刻まれている。


「これは『幻惑玉(げんわくだま)』。四百年前、我が一族が開発した忍具だ」


 牙王はそれを投げた。


 爆発。しかし、煙ではなく、無数の光の粒子が舞い上がる。それは現代の「チャフ」に似ていた――レーダーを欺くための金属片。しかし、もっと原始的で、もっと強力。


 ドローンのセンサーが、一斉に狂い始める。


「すごい……ローテクが、ハイテクを……!」


 ひなたは驚愕する。


「忍びとは、時代に合わせて『進化』するものだ」


 牙王は不敵に笑う。


「機巧が進化するなら、忍具も進化する。そなたの『目』と、我が『技』! それさえあれば――」


「――無敵、ってこと!?」


 ひなたが、思わず叫び返す。


 おかしい。こんな状況、普通なら絶望するはずなのに。


 なぜか、心が躍っている。


 血が騒いでいる。


 まるで、忘れていた何かを思い出したかのように――


 ひなたのスマホが、振動した。画面を見ると、父からのメッセージ。


『その紋章、見覚えあるか? お前の篭手を見ろ』


「篭手……?」


 ひなたは、自分の手首を見た。


 いつの間にか、手首に黒い篭手のようなものが装着されている。いや、これは――スマホカバーが変形したもの?


 篭手の表面には、忍びの紋章が赤く光っている。そして、スマホとシンクロするように、情報が流れ込んでくる。


「これ……通信もできる……?」


「ほう、現代の『連絡具』か」


 牙王が興味深そうに見る。


「我が時代にも似たものがあった。『狼煙(のろし)』や『伝書鳩』だがな」


「そうだ! 無敵だ!」


 ひなたが叫ぶ。


「行くよ、牙王! 私が『道』を作る!」


「我が、『道』を拓く!」


 二人は、夜の摩天楼へ駆け出した。


 往年のヒーローと、現代の少女が。


 アナログとデジタルが。


 四百年の時を超えて、融合する瞬間だった。


 ひなたのスマホから、赤い光が放たれる。牙王の刀から、緋色の光が放たれる。


 二つの光が交差し、夜空を切り裂いた。


――第1話、終わり

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