第2話 雨のカクテル②

 治療を終えたミケイラは足ふみをしっかりと整えてから立ち上がり、空を仰ぎ見た。


 曇天を通り越し、どしゃ降りなのは相変わらず。あの酒はなにへの『転機』をもたらしてくれるのはこれから。意識を失っている間の夢出来事とも言える時間だったが、ミケイラが『駆け出し』だった頃の……あの、甘くて爽やかな気持ちを思い出せるくらいには、悔しくなっていた。


 ダンジョンにソロで向かうのは、そんな甘い感情であってはいけない。それが、団体であるパーティーでも、だ。


 登録時間から一定の時間以上経っても、帰還する様子が見られないのであれば。中堅以上の冒険者らが捜索隊を組んで向かうのも当然。ミケイラが駆け出しの頃もそうだった。



「三年か……まだ、あたしは駆け出しと変わらんかったのかな?」



 月日は経てど、まだ熟練とも言い難い。ぽつん、と雨水が口に入ったが味などしなかった。迷い込んでしまったときと、さっき口にした酒のような甘さはない。あれは空想の出来事だったとしても、ミケイラの心を奮い立たせるにはちょうどよい味わいだった。



(……どこだ? 頼むから、くたばってくれんなよ?)



 ほかの捜索隊からの手紙は先ほどひとつ飛んできたが、まだ捜索すべき駆け出したちは見つかっていない。途中で、ミケイラが崖から転げ落ちたのもどしゃ降りのせいで気づかないほどだったと。


 なら、それぞれが捜索の続きをするしかない。雨がだんだんと弱さを見せてきて、少しずつ道が見えてきたかと思えば……捜索隊ではない人影がいくつか固まるようにして座り込んでいるのが見えた。



「おい! お前たち!!」



 捜索隊だと名乗れば、駆け出しのパーティーだと彼らはまず謝罪をしてきた。雨脚が酷過ぎて、通達の手紙も出せずにここで待機していたのだと。目印になる、魔法の傷はいくつか付けてきたがこの暗さと雨で役に立たなかった。


 ただ、ひとつ。


 ミケイラが来る少し前に小さなドラゴンがここを案内してくれたのだと嘘のような話をした。



「お姉さんの、肩にある……そのバンダナの絵柄そっくりだったんです。導いて……もらったのかと、勝手に思って」



 ミケイラのバンダナはかつて、自分が駆け出しのころに捜索隊のひとりがくれたお守りのようなもの。それに『宿る』とかなにとか聞いた気がしたが、くれた冒険者はもうこの町にいないのでわからない。


 だがしかし、あの酒場の男が『導け』のような言葉を投げ、甘い雨水に似た酒を馳走してくれたのならば。彼との繋がりで、ミケイラのバンダナを魔術アクションで利用したのかもしれない。



「そうかい? あたしは特に何もしてないが。今晩はここで野営にしよう。ほかの連中にはあたしが連絡するから……そんくらい、出来るだろう?」

「「「はい!!」」」



 雨がほとんど止み、今いる位置もだいたいの箇所がわかったので手紙を飛ばしてから空を見上げた。うっすらと雲間から月が覗いたときに、細く長い銀色の『虹』のようなものが見えた気がした。



(あいつは『ウェザー・カクテル』とか言ってたね? 天候を『転機』へと促してくれる業かなんかか……。とりあえず、こいつらを見つけることへの道筋にあたしの『トラウマ』を変えてくれた)



 ふっ、と浮かんでは消えそうなその虹を眺めていれば、焚火の音が強くなるにつれ、銀の虹は消えていく。逆に星の瞬きが増え、雨上がり独特の爽やかな匂いが立ち込めていった。


 曇天からのどしゃ降り。雨夜からの星夜。


 存外、夜に野営も悪くないと今まで避けていたのを思い返すくらいだったが、駆け出したちにはそれからこってりと指導するように叱っておき。ほかの捜索隊が来たら、宴ほどにはいかないが果実水で騒ぐことにした。





 *・*・*





 ウェザー・カクテル『雨夜』の中の氷に似た結晶。それが消えていくと、店主はほっと一息つくことが出来た。



「……よかった。彼の伝言は間に合った」



 女性冒険者に、ドラゴン柄のバンダナを託したのはこの店主ではない。世界各国様々な場所から『天候』『転機』などをきっかけに繋がりを持つ者同士を導くBARなのだ。ミケイラの肩にあるバンダナについてはひとつ前の客が昔語りに繋いだ『縁』のひとつ。


 それについて、伝言を頼まれたので今回に繋がったのだ。



「さてさて。晴天曇天雨霰、雪雹……どの天気のときにお客さんはいらしてくださるか。楽しみだ」



 客の繋がりだけでなく、店主自身の腕前を上げるためにも……今宵も『ウェザー・カクテル』がまたひとつ披露されるだろう。


 あなたの心を奮い立たせる『転機』を見出してくれるのだから。

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ウェザー・カクテルを今宵あなたに 櫛田こころ @kushida

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