第3話 一家の夕餉が始まった
出来上がった料理を居間の座敷に運び入れ、大きな座卓に乗せて、ビールの栓が抜かれると一家の夕餉の始まりだった。
「先ずは我ら一家の繁栄と遠来の良美さんのご多幸を祈って、乾杯!」
兄の耕一が音頭を取って慎ましやかな田舎の晩餐がスタートした。
良美は乾杯の際に自分の名前が出されて、あっと驚き、それから、感謝の思いを込めて頭を下げた。
「有難うございます。恐縮です」
「こんな物しか無ぇですけんど、しっかり食べて下せぃね」
母親の気遣いに良美は胸を熱くした。
「今日の料理は良美さんに半分助けて貰って出来たのよ。亮介さん、心して食べんといけんですよ」
「おう、そうだったのか、それは、それは・・・唇が腫れんように気を付けんと、な」
亮介の真面目なのか冗談なのか判らない物言いに、一同は大笑いした。
話は次第に田圃の状況や米の出来具合に移って行った。
「一週間ほど前にやっと穂が出始めたんだ。漸く稲っぽくなって来た。今までは葉っぱって言う感じだったからな」
「春からやって来た作業の中で一番うれしい時じゃな」
「うん。でも、これからは天候次第で食味や品質が決ってしまうからな」
「完全にお天道様の都合次第じゃからね」
「少しでも暑い日が多いと良いんだが・・・」
「まあ、しっかり祈ってお願いすることじゃ」
良美が恐る恐る聞いてみた。
「雨が降るとやっぱり大変なのでしょうね」
「ああ、そうじゃな。先月の二十日頃じゃったかな。大雨が降りよって梅雨明けが遅れたことがあったんじゃが、稲の育ち具合が気になって中を見てみたんじゃよ」
「中って、稲の中が見られるんですか?」
「ああ。まあ、普通の人は見もせんし、見ても解らんじゃろうが」
「農家の人間にとっては稲の中を観るのは、肥料を散布する時期を見極める大切な作業なんだよ」
「それで、稲は順調に育っていたのか?」
亮介が心配げに兄に問い質した。
「ああ、上手い具合に育っていた。カッターで綺麗にカットすると、稲の赤ん坊が見られた。身長二、五センチ程だったが、これが上に上がって来て出穂し、大きくなって稲穂になるんだ」
「月末頃になると稲穂の頭が垂れて来るのかな?」
「まあ、お天道様のお力が欲しいところじゃが、良い天気が続いてくれることを祈っちょるよ、真実に」
「稲刈りはいつごろから始められるんですか?」
「未だはっきりとは予定も経っとらんが、概ね九月二十日頃からじゃなかろうかの」
「月末になると“はざかけ”もしなきゃならんし」
「“はざかけって?」
良美が亮介に訊ねた。
「うん。昔ながらの手法の一つで“はざ”にかけて天日干しで乾燥させるんだよ。天候にもよるけれども大体十四日から二十日ほどかけて乾燥するんだ。少しでも美味しい米が出来るようにな」
良美は“はざ”と言うのはよく判らなかったが、天日干しは何となく想像出来た。
「これから一番怖いのは台風の襲来じゃな」
「そうよね。田圃は水田だから通常は水がある状態だけど、収穫時には機械を入れやすくするために水を抜いて田圃を堅くするのね。ところが、其処に台風の酷い雨が降ると田圃が泥濘るんで大変な状態になり、稲刈りが出来なくなる。通常よりも一週間も余計にかかっちゃうのよ」
「下手すると、雪が降るまでに全ての作業が終わらないことにもなるからな」
良美は話を聞きながら、少しでも良い天候が続きますように、と心から祈る気持ちになった。
次の更新予定
越後恋歌 木村 瞭 @ryokimuko
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