日本で一番多い名字なのに活躍してないのはおかしい!
七灘 郁
第1話
1
「日本で一番多い名字なのに、有名な戦国武将がいないのはおかしい!」
オレは怒っていた。
小学校からクラスに必ず複数人の同姓がいて、心無い教師から「佐藤一号」「佐藤二号」と尊厳破壊レベルのあだ名で呼ばれることもしばしば。腹立たしい事この上ないが、今から佐藤を希少姓に変えるのはほぼ不可能。ならば、個人的な範疇で憂さ晴らしをしようではないか。オレは明晰夢に取り組むことにした。オレ自身が佐藤を名乗る武将となり、織田を明智を豊臣を討ち果たして天下布武を成し遂げる。そんな野望を燃料に、今宵も布団の中で両膝を立てた状態で仰向けになるのだ。
オレが明晰夢の存在を知ったのは十歳の頃。市民図書館で見つけた本がきっかけだった。以来、明晰夢を意識した入眠を心掛けてきた。夢の中で「これは夢だ」と意識できるようになるまで一年を費やし、視界や聴覚、触覚、嗅覚を鮮明化するのにさらに一年。それから、身体を現実と遜色なく動かすまで、やはり一年近くかかった。その後、訓練の副産物で得た幽体離脱にハマって一年間を無駄に消費。幽体離脱に飽きて、見たい夢を見る特訓に明け暮れること約一年。五年もの歳月を眠ることに注力してきたオレは、見たい夢の中でヤリたいことをヤレる男になった。
ただ、どういうわけかまだ戦国武将になれてはいない。
これまでの実績はというと、戦国時代で武将たちの出陣を眺める町民だったり、兼農民兵だったり。要は名もなきモブのひとりでしかない。これは由々しき事態である。名もなきモブから武将の目に止まり、召し抱えられるまで何年かかるか知れたものではない。毎日夢の中で地道な作業を延々と続けるのが絶対に嫌な世代なのだ。最初から最強の武将として天下に名を轟かせるにはどうすればいいいのか。このアイデアの捻出が今後の課題と言えるだろう。
今夜もまためぼしい解決策が思い浮かぶことなく、瞼が重く垂れ落ちてくる⋯⋯。
2
⋯⋯夢現を繋ぐ長く暗いトンネルを抜けると雪国のような真白き風景が広がっていた。
床もトランポリンの上を歩いているのか、それとも地球に比べて重力が小さいのか。歩くたびに体が跳ね上がる。
「ここはどこだ?」
あえて声に出して独り言ちる。吸音室のように一切の反響がない。なんだか奇妙な空間だった。
ぼんやりと乳白色に光る空間に両手を伸ばす。
引ける腰でなんとか壁を探り当て、壁に沿って慎重に移動していると、突然背後から鋭い声がした。
『動クナ!』
硬い何かが後頭部に押し付けられる。
『密航者ダナ。コレハ貴様ノ仕業カ!?』
カタコトの日本語が頭の中に轟く。テキストの読み上げ動画などでよく耳にする不自然な音声だ。
なんのことだかわからないが、とりあえず両手を挙げて無抵抗の意思を示すことにする。
『ソノママ進メ。ぼすノ指示ヲ仰グ』
夢の中で気に入らない展開になると、オレはいつもリテイクを繰り返してきた。ちょっと前まで時間を戻し、状況をやり直すのだ。だが、今回は何故かそれができない。どこかで制約が生じているようだ。実は過去にも同じようなことを経験している。その時は他人の夢の中に誤って侵入してしまったのが原因であるらしい。あるらしい、というのはオレの推測に過ぎないから。他人の夢の中では自分の理がうまく働かない。見えない壁に侵入を阻止されたり、動きを抑制されることがよくある。今回のこれも他人が見ている夢の中だとすれば納得もいく。どんな夢を楽しんでいるのか気になるので、今夜はこのまま付き合うとしよう。
白く光るモヤの中を歩かされること数分。ほぼ一本道の通路を進むと突き当たりに扉が出てきた。無機質で無愛想な壁と異なり、扉は鮮やかな蛍光ピンクで彩られ、赤や青や黄色といった蛍光カラーに染められた記号が賑やかに散りばめられている。見たことのない記号だったが、意味合い的にはハートマークや音符の類なのかもしれない。
『ぼす、密航者ヲ捕エマシタ。入リマスゼイ』
中からの呼応を待たずに扉が開く。
頭上に曇天が広がっていた。
足元は泥水の池である。東京タワーの展望室にあるガラス張りの床から地上を眺めているような俯瞰視点であるため、少なからず恐怖を覚える。入室を躊躇っていると、後頭部を殴られた。おそるおそる足を踏み出す。感触はない。しかし、さすが夢の中である。オレの体は不思議な浮遊感に支えられ、落下することなく球体の中をふよふよと移動していた。クラゲにでもなった気分だ。
おそらくこれは全天周囲モニターというヤツなのだろう。天地の風景だけでなく、ブロックノイズに似た小さな画面が至る所に浮き上がり、文字とも数字ともつかない記号を表示している。物珍しさからキョロキョロしていると、大きな影が視界を横切った。
「&’=¥?」
影から発せられたと思しき声は、幼さの残る少女のものだった。
背丈は自分とほぼ同じなので、百六十センチ前後。大きなフリルのついた、それでいて動きやすそうな白緑の服。色も質感も綿菓子を彷彿とさせる軽やかな髪。球形の部屋を自由気ままに飛び回る妖精の女の子といった印象だ。
『密航者ト思ワレマス。たいむほーる降下中ニ入リ込ンダヨウデ』
オレに凶器を突き付け移動を促した奴が影に応じる。自分の夢の中なら奇妙にも思わずスルーしてしまう聞き慣れない言葉も、この夢の中だとしっかり違和感として残った。そして、その疑問をつい口にしてしまう。
「タイムホール? ってなんだ?」
「#$’¥! &%¥#! &$#””!!」
少女の反応と声は想定外の大きさだった。やはり、と言うべきか。この部屋も声の反響は感じられない。
『たいむほーるトハ、宇宙空間ニ開イタ時間ノ穴ダ。わーむほーるハ空間ヲ繋ギ、たいむほーるハ時間ヲ繋グ』
「なるほど」
オレは頷いた。
親切に教えてくれるなんて、本当はイイ奴なのかもしれない。
『我々ノ宇宙艦ガ突如出現シタたいむほーるニ落下シタ。落チタ場所ヲ調ベタトコロ、辺境ニ位置スル未開ノ惑星ダッタ。詳細ハ継続シテ調査中ダ。知ッテル事ガアレバ話セ』
「⋯⋯うーん」
オレは足元に目を向けた。
泥水の池だと思っていたが、池の中で大量の何かが蠢いている。この俯瞰距離では動物なのかなんなのか判別できない。
「泥水の中で何かが動いて見えるんだけど⋯⋯拡大できる?」
『マカセロ』
「うわわわ!」
自分の体が落下していると錯覚するスピードで対象がズームアップされる。思わず声が漏れ出るほどのリアルさだ。
見えた。
この旗印には見覚えがある。
「これは⋯⋯織田木瓜と赤鳥紋? え、今川義元? ひょっとして、ここ田楽狭間?」
数多くの?マークが頭の中に蓄積されてゆく。
そして、数多くの?が!に転じた時、オレは腹の中でニヤリとほくそ笑んだ。
3
織田信長、今川義元の両名、桶狭間に没す。
両者の首級を挙げたるは佐藤結弦なる若武者。四尺二寸の身の丈ながらも山と見紛う巨石を投げ入れ、見事今川本陣を潰したり。不運にも信長、馬ごと地割れに飛び込みて死す。地割れより噴き出た大水により両陣営壊滅。家臣団も全滅した様子なり。
とかなんとか信長公記には記されることだろう。めっちゃ薄い本になりそうだが太田牛一くんにはがんばってもらいたい。
たしか豊臣秀吉こと藤吉郎も信長の草履取りとして桶狭間の戦いに参加していたはずだが、死体の山に右手が六本指の者はいなかった。賢い弟に救われたのだろうか。豊臣秀長。厄介な男が生き延びてしまったものである。
そんなこんなで手前味噌な知識を披露した結果、オレは信用を獲得し、密航者から現地協力者にクラスチェンジすることができた。オレの後頭部に凶器を突き付けていたのはロボット掃除機に手が生えた未確認飛行物体。銃と思い込んでいた凶器もオレの思考言語を読み取り、意思疎通をスムーズに行うためのコミュニケーションツールだという。知識や文化意識の吸い出しも可能とのことなので、積極的に協力することにした。逐一説明するのが面倒⋯⋯と感じたことも一因ではある。同時に彼らの情報も獲得しにいく。きっと、登場人物や舞台設定は、この夢の持ち主が夢中になってるゲームかアニメのものなのだろう。袖振り合うも多生の縁という言葉もあるし、現実世界に戻ったら探してみよう。
謎の円盤から受けた説明によると、今いるこの場所は宇宙怪獣の体内であるらしい。恒星や惑星のマグマなど熱エネルギーを好物とする宇宙怪獣だが、卵から愛情を込めて育てていくと従順なペットになるのだそう。この宇宙怪獣の飼い主は全天周囲モニタールームで出会ったあの少女。なんでも、戦争に明け暮れる高貴な王族の御息女(五歳)であらせられるのだが、ムシャクシャして家出を決行したというのだ。心を通わせる愛玩宇宙怪獣に飛び乗って宇宙に出たまではよかったが、タイムホールに落下して今やガチの遭難状態であそばされているのである。
宇宙怪獣も今回が初めての外出であり、勝手がわからぬまま惑星に激突。
心身ともに大ダメージを受けているとのことだった。
『一旦外ニ出ルゾ』
「外に? なんでまた」
あてがわれた個室でホッと一息ついたのも束の間、早くも摘み出されるオレ。
『外殻ヲぱーじスルノダ。ぴらぽてうノ具合ガ思ッタ以上ニ悪イラシイ』
ピラポテウというのは宇宙怪獣の名前だ。
小惑星衝突や超新星爆発のエネルギーから身を守るため、常に鎧を纏っている宇宙怪獣。それを脱ぎ捨てて地下で巣篭もりするという。回復力を高めるための本能的治癒行為なのだろうか。
ともあれ、治療が必要ならば致し方ない。宇宙怪獣に万が一のことがあれば、あの少女もこの円盤ロボも故郷に帰ることができないのだから。夢の中の出来事とはいえ、キャラの心情には寄り添ってあげたいものだ。
そんなわけで宇宙怪獣の体内から表皮と一体化した鎧を経て外に出た。ぬかるんだ地面はチョコクリームの粘度で靴をしとど濡らしてくる。靴下から足先へじんわりと伝わる冷たさや夢の中とは思えない感覚だ。しかし、過去の経験が明晰夢によって正確に再現されていると思えば悪い気はしない。不快だが、これも目ヤニが涙で霞むような特訓の賜物である。良しとしよう。
あらためて宇宙怪獣の巨大さに目を見張る。これでまだ幼生だというのだから驚きだ。宇宙怪獣の中にはオレと円盤ロボと少女の他に、巨大なロボットに巨大な荷物、大量のコンテナが収納されていた。コンテナの中身はお嬢様の宝物らしい。かわいいもの、きれいなもの、ふしぎなもの、めずらしいものがギッシリ詰まっているという。お嬢様の機嫌が斜めになった際、直してもらうために未公開の秘蔵品も別のコンテナに入れてあるという。お付きのロボたちもなにかと苦労しているらしい。
巨大ロボの表面には厳つい突起が見え隠れしていた。武器だろうか。ちょっと乗って操縦してみたくなってくる。円盤ロボと同じ自律式なのか、今は甲斐甲斐しく荷物の搬出を手伝っていた。ふと、気がついたことがある。いくら見回してもお嬢様の姿がないのだ。まだ中に残っているとも思えないので、円盤に訊いてみた。
『ぼすハ宇宙服ヲ着テオラレル。アレダ』
指し示す方向に目を向けると、一際大きなコンテナが鎮座していた。
『コノ星ノ重力ハ大キスギテ、ぼすノ体ニハ毒トナル。対策ガ必要ナノダ』
「ほーん⋯⋯」
宇宙人がなかなか地球に来ない理由がわかった気がする。
雑談はここまで。
手伝いのできないオレには別の任務が与えられた。ここに築く城のデザインだ。宇宙怪獣が療養の最中、オレたちはここを離れることができない。だが、世はまさに戦国時代。いつ襲撃されてもおかしくないのだ。この地を死守し、必要とあらば敵対勢力をすべて排除することも考えねばならない。
織田、今川を倒したとはいえ、世の中にはまだ松平、武田、上杉と強敵がひしめいている。油断はできない。
まず、防御を考えよう。そこで、宇宙怪獣落下の衝撃でできた巨大な池を利用する。田楽大池と名付けたここが我らの拠点だ。城の位置は池の中。籠城戦を前提とした水城である。周囲に土塁や曲輪を作らず、水面から城郭だけがぽつんと生えてる簡素なものだ。設計思想は森の中や崖の上に佇む西洋の城のそれに近いだろうか。城の形は逆四角錐。四方の壁がすべて忍者返しのごとく反り返っており、侵入者を阻むのである。中央と四隅には八面体の突起物を置く。四隅のそれは見張りとか展望台とか、そんな感じの用途で使うつもりだ。中央の大きな突起は天守である。やはり、あったほうがかっこいい。そんな厨二城を地面に描いて提案してみた。”ぼくのかんがえたさいきょうのおしろ”公表は楽しさ半分⋯⋯いや、おそらくオレの顔は真っ赤に染まっていたに違いない。気恥ずかしさで円盤ロボの顔が見られなかった。
『ウム。ヨカロウ』
円盤が言った。口ぶりが時代劇調なのはオレが提供した知識の影響だろうか。
4
城が完成した。
オレが地面に描いた拙い絵を円盤ロボがスキャニングして取り込み、中が空洞になった鎧に転送しただけで、図形そのものの形へと変形したのである。城から下りてきた重厚な跳ね橋が岸と城を繋ぐ。荷物の搬入が始まった。オレと円盤ロボもそれに倣って橋を渡り始める。けっこうな傾斜角だ。橋の全長は二〇〇メートルほどだろうか。早くも心が折れそうになる。できることなら、自分もロボたちに抱えられて運ばれたい。日頃から運動不足がちなせいで、そんな考えが何度も頭を過った。
反り返った漆黒の壁が空を覆い隠す。押し潰されそうな圧迫感に畏怖の感情が芽生えた。自分の居城だというのにこのザマだ。敵兵にはこれ以上の恐怖を与えられるに違いない。ただでさえ見たこともない形状の城なのだ。楽観する余裕は微塵もないはずである。そして、この圧倒的高さ。目測からして逆三角錐の頂上までは約五〇〇メートル。桶狭間山の標高が六十五メートルなので、山を挟んで対峙する丸根砦からはよく見えることだろう。今、丸根砦にいるのは松平元康だ。主君である今川義元の身を案じるならば、すぐにでも駆けつけてくる可能性が高い。
オレは身震いした。
初戦の相手があの徳川家康になるかもしれないのだ。見事、勝利した暁には佐藤幕府の開闢も夢ではない。
城の中央に聳り立つ天守は少女の居室になった。城内を宇宙怪獣の体内と同じ重力にするための制御装置を中心軸に据え置く都合で、そのような配置となった。地球の重力で問題のないオレの居場所は制御装置の効果が薄い城の端。鞍流瀬川を見下ろす八面体の見張り台だ。個室なのはありがたい。
彼らは地球に到着早々、複数の衛星を夜陰に紛れて打ち上げていたらしい。それら衛星から送られてくる情報が、オレの部屋のモニター画面にも映し出されていた。立場的には軍師やアドバイザーになるのだろうか。相手の様子が空から一望できるので、ゲーム感覚で戦略を組み立てることが可能となる。表示される情報は気象予測に衛星写真、攻撃衛星の準備状況に、それから⋯⋯これは今現在のタイムホールの状態?
タイムホールはクネクネと折れ曲がった円柱として表示されていた。円柱はやがて尻すぼみの円錐となり、白い光点に帰結している。
『ソレガ特異点ダ』
耳元で円盤の声がした。オレは驚いて飛び上がる。
「⋯⋯いたのか」
『特異点ノ発生コソたいむほーる出現ノ原因デアル。特異点ヲ発見シ、破壊スレバ、我々ハ元ノ世界ニ戻レルハズ。ダガ⋯⋯』
「なにか問題でも?」
『ぴらぽてう』
「ああ、宇宙怪獣が地下で療養中だから⋯⋯」
『ウム。特異点ヲ破壊シ、たいむほーるヲ消滅サセタ場合、最悪コノ星ゴト我々ノ時間ニ移動スルヤモ知レヌ』
円盤ロボからまだ時代劇口調のクセが抜けていないようだ。
てか、それどころじゃない!
「地球ごと時間移動するかもしれないってこと!?」
『コノ星ハ星系ヲ離レ、流浪惑星トナル。恒星ノ恩恵ヲ受ケラレズ、一瞬デ生命ハ絶滅スルダロウ』
「いや、ダメだダメだ! そんなの!!」
オレはこの夢の中で佐藤を代表する有名武将となり、幕府を開闢する使命がある!
後世でお札の肖像となり、美麗ゲームキャラクターになり、人気者になるのだ!
もう「佐藤一号」とは絶対に呼ばせない!
『ナラバ、ぴらぽてう復活マデ生キ延ビル事ダ』
円盤の指がオレの頭を突く。
「は?」
『コノ特異点ハ貴様ダ。貴様ノ情念ガたいむほーるヲ生み、我ラヲ引キ寄セタ。責任ハ取ッテ貰ウゾ』
「ええっ!? これ、夢の中でしょ。オレが見てる明晰夢だよ!」
円盤ロボから呆れた感じの吐息が漏れた気がした。
『⋯⋯夢デハナイ。現実ノ世界ダ。貴様ガ死ネバ、星モ死ヌ』
もちろん、オレは信じない。
5
桶狭間の合戦(というか事故)から数日が経過した。衛星から送られてくる映像を見るに、織田・今川両陣営は混乱の只中にあり、報復を仕掛けてくる動きは今のところ見えない。期待の新人、松平元康は丸根砦から大高城に戻っているはず。今川氏真も史実通りで動きそうもない。最初に練り上げた計画では、氏真を傀儡の主君に祭り上げて全責任を押し付け、オレは天下統一に邁進する予定だった。文字通り、一介の武将として名を上げるつもりでいたのだ。
だが、今になって気が変わった。
愚鈍かつ蒙昧な人物を主君と仰ぐ、見る目のないバカ武将という誹りは、全ての佐藤姓を代表するオレが絶対に避けねばならなかった。それが佐藤一族の長であるオレの務めなのだ。判断ひとつで後世における佐藤の評価が変わる。責任重大だ。オレは旗印に自らの家紋を掲げ、戦うことをここに誓おう。ちなみに我が家の家紋は『下り藤』である。自分で言うのもなんだが、普通すぎて華がない。なので、かっこいい家紋を創作しようと思う。
かっこいい、といえば、やはりブラックホールは外せない。撮影された降着円盤の画像には心ときめいたものである。佐藤の頭文字Sと降着円盤をモチーフとした図形を旗印に使用するとしよう。
ん?
これ、どこかで見たようなマークだと思っていたが⋯⋯思い出した。営団地下鉄のマークだ!
⋯⋯まぁ、いいか。
東京メトロになってマークも変わったし、地下鉄駅と間違えてやってくる現代人はここにいないだろうし。
そんな感じで昼前の散歩がてら出陣する。我が軍の陣容は兵力1。つまり、オレの単騎駆けである。もちろん馬に乗った経験も刀を振るった経験も、ましてや銃を撃ったことすらないオレのこと。普通に進軍したのでは遭遇戦で命を落とすことは確実。なので思念操作が可能なロボットを借りた。築城時に見たあの巨大ロボだ。身長は十メートルくらいあろうか。元々はお嬢様の従者が着用する鎧なのだそうだ。今回の家出に従者は同行していないため、借用が可能となった。
ということは、五歳で百六十センチの身長を誇るお嬢様は巨人族のお子様ということになる。巨大な鎧はオレには大きすぎるので、中に椅子やモニター画面を設置した即席コクピットをあつらえた。背中にハッチを急造し、そこから乗り降りできるのだ。本当にここのロボットたちは有能である。
まずは丸根砦、鷲津砦をサクッと攻略。信長、義元死去の混乱から大した抵抗も受けず占拠できた。いや、無抵抗の原因はこのロボの出現であろう。見たこともない鋼の巨人が見たこともない旗指物を掲げてやってきたのだ。抗ってみようとする者がどうかしている。我先にと逃げ惑う兵を追い立てるが如くオレが後ろから迫る。カーナビのような地図情報が表示されているため、どこに向かっているかは一目瞭然だ。
大高城。家康の兵糧入れで有名な城である。
だが、今日からは違う。鋼の大巨人・佐藤結弦が初めて攻め落とした城として有名になるのだ。そして、ここに立て籠っているのは松平元康こと徳川家康。是非とも大樹寺に逃げられる前に討ち取っておきたい。四ノ丸、三ノ丸と来て、土橋を踏み越え二ノ丸に入る。追いかけていた兵は散り散りに逃れ、足元に雑兵の姿こそないが、本丸からは矢や石礫が怒涛の勢いで撃ちかけられている。ダメージが皆無とはいえ、さすがにウザい。
『反撃センノカ?』
「おおう!?」
またしても円盤ロボがご登場だ。今度は頭上から。
「実は⋯⋯武器の出し方がわからない」
円盤ロボからホワイトノイズが大音量で吐き出された。
『ソコニすいっちガアルジャロ? 適当ニ押セバ何カガ出ル』
「何かが出る? ガチャかよ」
とりあえず、一番上を押してみた。
無音である。
が、モニターには色鮮やかな血煙が本丸から湯気のように立ち昇っていた。
驚きの表情をロボに向ける。
『ほーみんぐれーざー。使用えねるぎーガ小サイノデ対物向キジャナイガ、小動物ヲ仕留メルニハ最適ダ』
先ほどまでの激しい攻撃がこの一発で鳴り止んだ。
オレのテンションは爆上がりだ。
「ちょっと外に出てくる。元康の鎧兜と首級を回収しとかないと!」
ハッチを開き、丸めた背中から外に出る。汗ばんだ首元に吹き渡る風が心地よい。
たしか、本多忠勝もこの戦いに参加していたはず。忠義を尽くすべき元康が死んだと判れば、オレ陣営への参加の誘いを断らないだろう。忠勝だけではない。元康のところにはオレの家臣コレクションに並べたい武将が数多くいる。頭角をあらわす前の今が青田買いチャンスなのだ。
ぷす。
という音と共に、なんともいえない感覚がオレの首を貫いた。その感覚が痛覚だと認識する頃には、壊れた散水機の勢いで血が吹き出している。どこからかオレに向かって矢を射たバカがいたらしい。全身から力が抜ける。額をハッチ入口に預け、両腕がだらりと太ももの上に垂れ落ちる。まばたきを忘れた双眼にはコックピット内のモニターが写っていた。
聴覚が奇妙な音を捉える。
どこか懐かしいその音は自動車の排気音であった。モニターにも黒い車から降りてくる青いスーツの男が表示されている。
⋯⋯なんだ。やっぱり明晰夢の中じゃないか。戦国時代にあんな格好した奴がいるわけない。
オレは動かなくなった肉体の中でつぶやく。
青スーツの男はホーミングレーザーの餌食にならなかった雑兵の間をすり抜け、こちらへ向かっていた。兵たちにその姿は見えていないのか、男を気にするそぶりすらない。
「⋯⋯いけませんねぇ。まんま営団地下鉄のマークじゃないですか。パクるにしてももう少し変更を加えるとか、創意工夫ができなかったもんですかね」
細いスクエア型メガネのブリッジを中指で押し上げながら、辛辣な言葉を口にする。
「あ、申し遅れました。私、著作物審議団体より派遣されました調査官の佐藤と申します。こちらで営団地下鉄のマークが無許可で使用されているとの通報を受けまして」
モニターの中で円盤ロボが男から名刺を受け取っていた。
⋯⋯なんだこりゃ。オレは今まで出来の悪い時代劇でも見ていたのか?
耳鳴りが酷くなる。もう男の声も聞き取れない。
ふと視界の端で何かが光る。最後に残された力を振り絞って眼球を動かした。そこにあったのはタイムホールの図形モニター。消滅しそうになった特異点が再び輝きを増したのだ。どこからか現れたあの男がオレの代わりになるらしい。
⋯⋯ああ、そうか。
戦国時代に活躍せずとも、オレの生まれ過ごした時間が歴史になれば、その先の未来で大勢の佐藤が時代に姓を刻んでいく。なぜ、そのことにもっと早く気づかなかったのだろう。過去を変えずとも、今をがんばるだけでよかったのだ。
消えゆく意識の中でオレは自嘲ぎみに小さく笑った。
了
日本で一番多い名字なのに活躍してないのはおかしい! 七灘 郁 @7-dai-9
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