『氷の町は、世界でいちばんあたたかい ――命の恩ペンギンと俺の町おこし奮闘記』
九条 湊
ペンギンの町へようこそ
観光で乗っていた客船が、突然の高波に襲われた。
気づいたときには、俺は海に放り出されていた。
泳ぎが得意なほうではない。
手足をばたつかせるほど体力は奪われ、視界は暗く沈んでいく。
――もうだめかもしれない。
そう思った瞬間、一匹のペンギンが海に飛び込んできた。
驚くほどの速さだった。
彼は迷いなく俺のもとへ辿り着き、力強く俺を引き上げた。
そのまま波を切り、救助艇の近くまで運んでくれたのである。
命の恩人だ。
それが、彼との始まりだった。
それから俺たちは不思議な縁で親しくなった。
ある日、彼は深刻な表情で俺を自分の町へ招いた。
氷でできた建物が並ぶ、美しいペンギンの町だった。
「町おこしを、手伝ってほしい」
彼の願いは切実だった。
景観は美しいが、名物がない。若者は都会へ流出している。
町が立派になれば、遠くの町からお嫁さんを迎えたい――
そう打ち明けられ、俺は迷わずうなずいた。
まず、ペンギンたちの得意なことを聞いて回った。
服作りが上手な者、料理が得意な者、小物細工に長けた者。
それぞれに店を持たせると、人間の観光客が少しずつ訪れ始めた。
だが問題が起きた。
人手――いや、ペンギンの手が足りなくなったのだ。
そこで俺は第二作戦に出た。
ホバー装置をペンギンたちに配り、町を素早く移動させる。
練習はまさに阿鼻叫喚だった。
飛びすぎて落下する者、出力を上げすぎて壁に激突する者。
「お前たちは飛ぶ鳥ではない、無理に飛ぼうとするな。
地を滑るように、縫うようにして移動するんだ」
激しい特訓の末、彼らは曲芸師のように町を駆け回れるようになった。
イヤーカフ型イヤフォンと蝶ネクタイ型マイクで情報を共有し、
先回りした接客が可能になった。
村長はクレーム対応に追われ、
ついにはホバーリング土下座を習得した。
この光景が評判を呼び、
都会へ出ていた若者ペンギンたちも町へ戻ってきた。
町は、確かに息を吹き返していた。
やがて、俺の親愛なる友人は可愛いお嫁さんを迎えた。
結婚式は町総出の祝いとなり、夜遅くまで宴は続いた。
その夜、俺が町を去ろうとしたときだった。
氷を滑る音、ホバーが点火するかすかな音。
あらゆる場所からペンギンたちが現れた。
「もう、人間とかペンギンとか関係ない」
「あなたは仲間だ。一緒に暮らそう」
その瞬間、俺には新しい帰る場所ができた。
今日も遠くから、ペンギンたちが現れる。
シャーッという音だけで、客たちは胸を高鳴らせる。
アクロバティックな登場のあと、誇らしげに告げるのだ。
「お待たせしました。ようこそ、ペンギンの町へ」
人間の笑い声と、ペンギンたちの誇らしい声が混じり合う。
氷の町は、世界でいちばん――
あたたかい場所になった。
『氷の町は、世界でいちばんあたたかい ――命の恩ペンギンと俺の町おこし奮闘記』 九条 湊 @nishinfox
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