砂塵の果てのコンビニエンスマン ~アラフォーおっさん元社畜、伝説の炎獣と往くオアシス探訪記~

いぬがみとうま

第1話 砂塵の果てのコンビニエンス


  一:渇きの隊商とホットスナック


「……あいたたた。腰が、腰が死ぬ……」


 見渡す限りの赤茶けた大地。地平線の彼方まで続く砂の波。

 そんな絶景を前にして、俺――佐藤ゲンゾウ――42歳・独身・元食品商社中間管理職――が漏らした第一声は、感動でも恐怖でもなく、切実な身体の悲鳴だった。


 現在、俺は広大な「赤砂の砂漠」を横断するキャラバンの一員として、揺れる大型駱駝車の荷台に揺られている。いや、揺られているなんて優雅なもんじゃない。尻にかかる衝撃は、ダイレクトに俺の慢性的な腰痛を刺激していた。


「おい、ゲンゾウ。さっきから情けない声を出すな。我の背に乗れば、もっと快適だと言っているだろうが」


 低く、地響きのような声が脳内に響く。

 声の主は、俺の隣を悠然と歩く巨大な獅子だ。燃え盛るような紅蓮のたてがみ、黄金に輝く瞳。その正体は、この世界で絶滅したとされるSランク魔獣『紅蓮獅子――(プロミネンス・レオ』のイグニス。


 伝説の魔獣を従魔ペットにするなんて、本来なら勇者か魔王の所業だが、俺はただの一般人である。


「イグニス、お前の背中は熱いんだよ。冬ならいいけど、この気温で40度超えの体温に密着したら、俺のケツが低温火傷しちまう」

「ふん、我の加護を拒むとは贅沢な男だ」


 イグニスは鼻を鳴らし、プイと横を向いた。

 そして、俺の頭の上では、もう一匹の相棒がポヨポヨと跳ねている。


「ぷくー! ぷくぷく!」


 淡い桃色の体をした、浮遊するハリセンボン。魔物名は『フローティング・パファー』のプク。

 本来は凶暴なはずだが、こいつはなぜか無邪気で、俺の周りをいつも浮遊している。


「よしよし、プクは元気だな。……さて、そろそろ昼飯の時間か」


 周囲を見渡すと、キャラバンの護衛騎士や商人たちが、日陰で休憩を始めていた。

 彼らが食べているのは、石のように硬い干し肉と、水分を失ってボソボソになった黒パンだ。砂漠の旅ではそれが当たり前。水も貴重品で、一日に飲める量は厳しく制限されている。


 だが、俺は違う。

 俺にはこの世界に転移した際、女神――というか酒カスの女神から授かった固有スキルがある。


『24時間コンビニ』。


 目の前に、俺にしか見えない半透明のウィンドウが開く。

 そこには、見慣れた大手コンビニチェーンのメニューがずらりと並んでいた。おにぎり、お弁当、サンドイッチ、そしてレジ横のホットスナック。

 支払いは、この世界で稼いだ金貨や銀貨をチャージすることで行える。


「まずは……冷たい麦茶だな。500ml(いまだけ100ml増量中)、120円。ポチっとな」


 パッ、と俺の手の中に、キンキンに冷えて結露したペットボトルが現れた。

 周囲にバレないよう、布袋に隠して蓋を開ける。


「……くぅぅぅぅ! 染みる……!」


 喉を焼くような熱気の中、冷えた麦茶が食道を通り、胃に落ちていく。この瞬間だけは、異世界に来て良かったと思える。

 続いて、イグニスの視線が突き刺さるのを感じた。


「ゲンゾウ。……例の、あれだ。分かっているな?」

「はいはい。ちゃんと頼んでありますよ、旦那様」


 俺はスキル画面の『ホットスナック』の項目をタップする。

 購入したのは『揚げ鶏(旨辛)』と『特大フランクフルト』を各5個ずつ。


 本来、イグニスのような高位魔獣は、魔力の高い獲物の肉を食らうものだ。

 なのに、こいつは俺が最初に与えたコンビニのチキンの虜になってしまった。あのジューシーな脂と、絶妙なスパイスの味は、魔力を凌駕するらしい。


「ほらよ。火傷するなよ?」

「むぐっ……! これだ、この溢れ出す肉汁! 砂漠の乾燥した空気でパサついた我の魂が、油によって蘇るようだ!」


 イグニスが豪快にチキンを咀嚼する。その横で、プクが「ぷくぅぅ?」と物欲しげにこちらを見上げてきた。


「プクにはこれだな。『とろけるカスタードプリン』。それと、プラスチックのスプーンも付けてやるからな」


 プクは器用に小さなヒレを使って、プリンのカップを抱え込む。

 蓋を開けてやると、滑らかな黄色い中身が見えた。プクはそれを吸い込むように食べ、全身をピンク色に発光させて喜びを表現した。


「ぷっくぷくー!」


「はは、可愛いな。俺も『シャケおにぎり』と『漬物盛り合わせ』で済ませるか。……ああ、その前に、これだ」


 俺は自分用に、もう一つ別の商品を購入した。

 『強力消炎鎮痛シップ・7枚入り』。

 馬車の陰でこっそりと服をめくり、悲鳴を上げている腰にペタペタと貼り付ける。


「……ふぅ。……冷てぇ。だが、それがいい……」



 アラフォーの異世界生活。

 伝説の魔獣を連れていても、俺の現実は湿布とコンビニ飯で構成されているのだった。




  二:岩石蠍の襲撃



 キャラバンが砂漠の難所「岩の回廊」に差し掛かったのは、それから三日後のことだった。

 両脇を切り立った断崖に囲まれた、細い道。風が抜けるたびに不気味な口笛のような音が響く、嫌な場所だ。


「……嫌な予感がするな」


 イグニスが低く唸った。その視線の先、崖の上の隙間から、何かが這い出てくるのが見えた。


「ギチッ、ギチギチギチッ!」


 それは、巨大な蠍だった。

 それも一匹や二匹ではない。岩と同じ色、同じ質感の甲殻を持った『ロック・スコーピオン』の大群だ。


「魔物だ! 総員、戦闘態勢!」


 キャラバンのリーダーが叫ぶ。護衛の冒険者たちが剣を抜き、魔法使いが杖を構える。


 ロック・スコーピオンの甲殻は鉄並みに硬い。並の剣士では刃が通らず、長期戦は必至だ。


「イグニス、プク、やってくれ! ただし、目立ちすぎるなよ!」

「無茶を言うな、この数だぞ。――焼き尽くしてやる!」


 イグニスが地を蹴った。

 その巨体が炎を纏い、赤い閃光となって蠍の群れに突っ込む。

 イグニスが前脚を振るうたび、硬い甲殻が飴細工のように溶け、蠍たちが一瞬で炭化していく。


「ぷくーっ!」


 プクも負けていない。

 空中で大きく膨らむと、全身の針をマシンガンのように射出した。

 ただの針ではない。衝撃波を纏ったそれは、蠍の急所を的確に貫き、岩の身体を粉々に粉砕していく。


「お、おい……あの男の連れている魔獣、何なんだよ……」

「一瞬で……やはりあれはSランク級の獣魔か……」


 冒険者たちが呆然と立ち尽くす。

 俺は彼らの視線を避けながら、「いやぁ、たまたま機嫌が良かったみたいで」と、適当な愛想笑いを浮かべていた。


 だが、事態は思わぬ方向に転がる。

 イグニスの炎が強すぎたのだ。


「あ、……! おい、水が! 水がぁぁぁ!」


 戦闘自体は数分で終了したが、戦場の熱気は引かなかった。

 それどころか、イグニスの放った余波が、キャラバンの最後尾に積んでいた水樽を直撃していたのだ。


「なっ……! 嘘だろ、水樽が……全部、割れてやがる……!」


 商人の一人が悲痛な声を上げた。

 熱で膨張したのか、岩石の破片が飛んだのか。貴重な水が砂に吸い込まれ、一瞬で消えていく。残ったのは、わずか数リットルの湿った砂だけだった。


「これじゃあ、次のオアシスまで持たない……。全員、ここで干からびるのを待つしかないのか……」


 キャラバンに絶望が広がる。

 護衛たちも、商人も、皆が顔を真っ青にして俯いた。

 砂漠において、水の喪失は死の宣告に等しい。


(……まずいな。これ、絶対俺たちのせいだと思われてるよな……そんなことより、どうにかしないと全滅だよな?)


 俺のスキルを使えば、水なんていくらでも買える。

 2リットルの天然水、1本100円程度だ。チャージ残高は、さっきの蠍の素材を売ればお釣りが来るレベルで余裕がある。


 しかし、何もない砂漠で大量のペットボトルを出すわけにはいかない。

 怪しまれるどころか、「聖者」扱いで宗教的に崇められるか、はたまた、スキルを狙われて監禁生活が待っているか。

 どちらにせよ、静かな余生を目指す俺にとってはまっぴら御免な結末だ。


「……仕方ない」


 俺は荷物の中から、それっぽく見える「ただの木箱」を取り出した。

 そして、イグニスとプクに壁を作らせ、周囲から手元が見えないようにする。


「皆さん、落ち着いてください! 運がいいことに、俺は旅の魔導師から譲り受けた『水の魔道具』を持っているんです!」


 俺は木箱の中に、次々とスキルで購入した2リットルペットボトルを召喚した。

 そして、その蓋を素早く開け、空になっていた別の小さな樽に中身を注いでいく。


「さあ、まずはこれを。一人一杯ずつ、ゆっくり飲んでください」


 差し出されたのは、不自然なほど澄み切った、冷たい水。

 一口飲んだ商人が、目を見開いて叫んだ。


「う、美味い……! なんだこの水は、まるでお忍びで貴族が飲むような、至高の湧き水じゃないか!」

「本当だ! 身体の隅々まで染み渡るようだぞ!」


 それはそうだ。日本の厳しい品質管理をクリアした、名だたる山々の天然水なんだから。


「ゲンゾウさん、貴方は命の恩人だ……!」

「ああ、助かった。本当に助かったよ……!」


 次々と感謝の言葉を投げかけられる。

 正直、ちょっと罪悪感がある。ただコンビニでポチっただけなのに。


「ふん。お人好しめ」

 イグニスが隣で呆れたように鼻を鳴らす。


「いいだろ、これくらい。人という字は支え合って出来ているんだ」


 俺は小声で返しつつ、周囲の目を盗んで、イグニスに『ファミ◯のプレミアムクッキー』を一切れ放り込んだ。

 イグニスはそれを器用に口でキャッチすると、満足そうに咀嚼を始めた。


 水不足の危機は脱したが、キャラバンの雰囲気はまだ重い。

 この「水の魔道具」も無限ではない――という設定にしている。

 一刻も早く、この砂漠を抜けなければならない。


 だが、運命はアラフォーの安息を、そう簡単には許してくれなかった。



  三:砂嵐の主



 水の配給から二日が経過した。

 順調にいけば、明日の夕方にはオアシス都市に到着する。

 誰もがそう安堵した瞬間、地平線の向こうから「それ」は現れた。


「……風が、止まった?」


 護衛の一人が呟いた。

 それまで吹いていた熱風が、ピタリと止む。

 代わりに、足元から不気味な微振動が伝わってきた。


 ゴゴゴゴゴゴ……。


 振動は次第に大きくなり、やがて砂漠の一部が巨大な漏斗のように渦を巻き始めた。


「まさか……この振動、この魔圧……。砂漠の主か!?」


 商人が悲鳴を上げる。

 砂の中から姿を現したのは、山のような巨躯を持つ、醜悪な蟲だった。

 『エンシェント・ダスト・ワーム――古代砂塵蟲』。

 伝説級の災害指定モンスター。一度現れれば、一帯の地形を変え、街一つを飲み込むまで止まらないと言われる、砂漠の死神だ。


「デカすぎだろ……。東京タワーかよ」


 俺は思わず、元の世界の建造物を引き合いに出して絶句した。

 全長は百メートルをゆうに超える。その体は砂と岩が混ざり合ったような強固な皮膚で覆われ、無数の節が波打っている。

 そして、何より恐ろしいのは、その巨大な「口」だ。


「ガァアアアアアオオオオンン!!」


 ワームが咆哮すると、周囲の砂が吸い込まれるように舞い上がった。

 それは単なる呼吸などではない。砂を大量に吸い込み、体内で圧縮して吐き出す『砂塵ブレス』の予備動作だ。


「イグニス! いけるか!?」

「……戦えぬことはないが、あの規模だ。我が全力を出せば、後ろの人間どもは熱波だけで消し炭になるぞ。それに、奴の皮膚は砂を纏っている。我の炎を遮断しおるのだ」


 イグニスの言葉通り、ワームは砂を身に纏うことで、魔法耐性を極限まで高めていた。

 物理攻撃も、あの分厚い筋肉と皮膚には届かないだろう。


「ぷ、ぷくぅ……」


 流石のプクも、相手の巨大さに圧倒されている。

 ワームが動き出す。奴の移動だけで流砂が発生し、キャラバンの馬車が飲み込まれそうになる。


「ひ、ひぃぃ! 助けてくれ!」

「終わりだ……砂漠の主に目をつけられたら、もう逃げられない!」


 人々がパニックに陥る中、ワームがその巨大な口を大きく開けた。

 ブラックホールのような暗い穴。そこから、圧縮された砂の塊が放たれようとしている。

 まともに食らえば、キャラバンなんて塵も残らない。


(どうする。どうすればいい。何か、あいつを倒す手段は……!)


 俺のスキル『24時間コンビニ』。

 ここにあるのは、現代日本の平和な商品だけだ。聖剣も魔杖も、核ミサイルだって売っていない。

 あるのは、おにぎりと、パンと、お菓子と、飲み物……。


「……待てよ」


 俺の脳内に、ネットで見た「ある動画」の記憶が火花を散らした。


 ワームの攻撃パターンは、砂を「大量に吸い込み」、体内で「圧縮」して吐き出すこと。

 つまり、あの腹の中には今、膨大な空隙と、何らかの魔力エネルギーが存在しているはずだ。


 もし。

 あの巨大な胃袋の中で、急激な「化学反応」を起こさせたら?


「イグニス、プク! 俺の指示に従え!」

「お主? 妙な顔をしているな。……何か策があるのか」

「ああ。最高にバカバカしくて、最高に強力なやつだ!」


 俺はスキルのウィンドウを猛スピードで操作する。

 狙うカテゴリーは『飲料』と『菓子』。


「購入! 『黒色強炭酸水・1・5リットル』を400本! それから……『業務用ミントタブレット(超強力)』を100パックだ!」


 一気にチャージ残高が削られるが、構うもんか。

 俺の手元に、次々と赤いラベルのペットボトルと、白い粒の詰まった袋が現れる。


「イグニス! 風の魔法を使えるか? あのワームが口を開けた瞬間に、これを奴の口の中に放り込みたい!」


「容易い御用だ。だが、そんな水と菓子で何が変わるというのだ?」


「いいからやれ! プク、お前はイグニスが放り込んだ『直後』に、あのボトルを全部、針で撃ち抜け! 中身をぶちまけさせるんだ!」


「ぷくーっ!」


 ワームが再び咆哮する。

 砂塵ブレスが放たれる直前。奴が肺いっぱいに砂と空気を吸い込んだ、その瞬間。


「今だ! いけぇぇぇ!」


 俺の叫びと共に、イグニスが巻き起こした突風が、大量のペットボトルとミントタブレットを空中に舞い上げた。

 それは正確な放物線を描き、ワームの巨大な口内へと吸い込まれていく。


「ぷくっ、ぷくぷくぷくっ!!」


 プクの針が、空中で光の尾を引いて飛んだ。

 次々とペットボトルのキャップや側面が粉砕される。

 

 そして、後に伝説として語り継がれる戦いが幕を開けた。



  四:どんでん返し ~強炭酸の衝撃~



 皆さんは『メントスコーラ』という現象をご存知だろう。

 炭酸飲料の中に特定の菓子を入れることで、溶け込んでいた二酸化炭素が一気に気化し、爆発的な噴出を起こす現象だ。


 今、ワームの胃袋の中で起きているのは、その究極版である。


 ワームが吸い込んだ大量の砂。それは気化を促進する「核」として最適だった。

 そこに、地球の文明が誇る最強クラスの『炭酸水』が600リットル。

 さらに、反応を加速させる高濃度ミントタブレットが投入された。


「……グ、ギ、ギギ……?」


 ワームの動きが止まった。

 ブレスを吐き出そうとしていた喉が、不自然に膨らみ始める。


 ゴボボボッ、ゴボボボボボボボッ!!


 ワームの体内から、聞いたこともないような異音が響いてくる。

 それは断末魔というより、巨大な排水溝が詰まったような……。


「ゲブッ……ゲフォォォォォォ!!」


 ワームが激しくむせ返った。

 その直後、奴の長い体が、みるみるうちに風船のように膨れ上がっていく。

 数万リットルのガスが、一瞬にして奴の消化器官の中で発生したのだ。


「ギ、ギャアアアアアア!?!?!?」


 ワームの悲鳴が砂漠に響き渡る。

 もともと地中の圧力に耐えるための頑丈な皮膚だが、中からの膨張には弱かったらしい。

 パンパンに膨らんだワームは、もはや出来損ないのバルーンアートにしか見えない。


「イグニス、とどめだ! 奴の腹に一撃入れてやれ!」

「承知した!!」


 イグニスが跳躍し、空中で一回転。

 炎を纏った爪が、ワームの最も膨らんだ部位を引き裂いた。


 ――プシュゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!


 裂け目から噴き出したのは、凄まじい勢いのガスと砂、そして……ミントの香りがする爽やかな空気と白い泡。

 噴射の反動で、数百メートルの巨体が砂漠の上をコマのように回転しながら吹っ飛んでいく。


「…………ええ?」


 護衛の冒険者が、剣を構えたまま固まっている。

 商人が、祈りのポーズのまま口を半開きにしている。


 砂塵を撒き散らしながら転がっていったワームは、やがて遠くの岩山に激突し、完全に沈黙した。


 伝説の災害指定モンスター、敗北。

 勝因:炭酸の飲みすぎによる腹部膨張。


「……やった。やったぞ! 俺たちの勝ちだ!」


 俺が拳を突き上げると、一歩遅れてキャラバンから割れんばかりの歓声が上がった。

 

「ゲンゾウ! お前、一体何を投げ込んだんだ!?」

「あ、いや……秘蔵の『爆裂水』と『発泡石』を組み合わせた、古代の魔法薬といいますか……ははは」


 冷や汗を拭いながら、俺は必死に言い訳をひねり出した。

 隣では、イグニスが「……我の出番が、ただの爪研ぎで終わった気がするのだが」と、酷く複雑な表情でワームの残骸を見つめていた。



  五:エピローグ ~宴と請求書~



 砂漠の主を倒した「英雄」として、俺はオアシス都市に迎え入れられた。

 キャラバンの主人は、ワームが落とした希少な素材の売却益の大部分を、惜しみなく俺に分配してくれた。


 おかげで、俺の懐には見たこともないような額の金貨が転がり込んだ。

 これでしばらくは、コンビニの高級スイーツを買い占めてもお釣りが来る。


 その夜。

 都市の一角にある最高級宿のスイートルームで、俺たちはささやかな宴を開いていた。


「ぷくー! ぷくぷくーっ!」


 プクは今日のご褒美として与えられた『プレミアムロールケーキ』と『完熟メロンのゼリー』に囲まれ、幸せそうに空中を泳いでいる。


「……ゲンゾウ。例の『シュワシュワする水』、あれを我に寄越せ」


 イグニスが、巨大な体を特注サイズのベッドに横たえて言った。

 あんなに不気味な倒し方をしたというのに、奴も炭酸に興味を持ってしまったらしい。


「コーラでいいか? 骨が溶けるなんて迷信だから安心しろよ」


 俺は赤いラベルの炭酸飲料を召喚し、ボウルに注いでやる。

 イグニスはそれを一口飲むと、カッと目を見開き、


「……プハァーッ! 鼻に抜けるこの刺激、悪くない。脂っこい鶏肉によく合うではないか!」


 と、すっかりジャンクフードの虜になっていた。


 俺自身は、バルコニーの椅子に深く腰掛け、夜風に吹かれていた。

 手元には、キンキンに冷えた『朝日昇るスーパーなドライ』の缶。

 そして、つまみの『焼き鳥盛り合わせ(タレ)』。


「ぷはぁ……犯罪的だーーッッ。やっぱり、これが一番だな」


 異世界に来て、命の危機にさらされて。

 それでも、一日の終わりに冷えたビールが飲めるなら、まあ、悪くない人生かもしれない。


 四十路を過ぎてからの異世界転職。退職金はなかったが、福利厚生はなかなかのものだ。


 その時。

 俺の頭の中に、直接、陽気な声が響いた。


『おーい、ゲンゾウ君! 聞いてるかーい?』


 この声は……俺をこの世界に送り込んだ、あの女神だ。


『いやぁ、今日の戦いは傑作だったね! あのデカい蟲を炭酸でパンパンにするなんて、神界でも大ウケだったよ。それでさ、お願いがあるんだけど……』


「……嫌な予感しかしないんだけど」


『我にも、その「シュワシュワするコーラ」ってやつを供物として捧げてくれないかな? ほら、焼酎とかウィスキーで割ったら美味しそうじゃん! お礼に、君の腰痛をもっと和らげる加護を追加してあげてもいいよ?』


 俺は深いため息をついた。


「異世界に来ても、結局は女神上司の接待かよ……」


 俺はボヤきながらも、スキルの画面を開く。

 『コーラ・500ml』と『四角いウィスキー』。おまけに『おつまみせっと』

 それを空中に掲げると、光と共に消えていった。


『おっ、気が利くねぇ! さすが元中間管理職! また面白い見せ場を期待してるよー!』


 神の気配が消える。

 静けさが戻った夜のオアシス。

 俺は最後の一口のビールを飲み干し呟いた。


「……さて。明日は湿布の買い増しと、新しいスイーツの入荷チェックでもするか」


 砂塵の果てに見つけたのは、伝説の秘宝でも、不老不死の薬でもない。

 どんな世界でも変わらない、ささやかで贅沢な、コンビニエンスな日常だった。


 俺の異世界探訪記は、どうやらまだまだ、賞味期限切れにはなりそうにない。


(完)



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