腹ペコヒーロー

人生負け組

第1話 

 今日もどこかで子供が泣いている。


 今日もどこかで、誰かが倒れていく。


 今日も獣人と人間がいがみ合い、


 そしてまた――飢餓化した者が、ひとり増えた。




 城壁の上から、俺は国を見下ろす。




 活気も活力も失われた大国。


 それでも、そこで暮らす連中は懸命に生きていた。




 耳を澄ませても、何も聞こえない。


 唯一聞こえるのは、人々の腹の虫だけだ。




 風も死んでいる。


 灰色の空と同じで、どこか重苦しい。




「……なあ、俺はどうしたらいいんだ」




 昔、俺はこのラグナロク王国を変えようと本気で動いた。


 相棒と共に、ヒーローとして飢餓化を止め続けた。




 けれど――終わった。


 あの日、あの飢餓に敗北して。




 俺は頬を叩く。




「いけねえ、暗くなっちまう」




 ため息ひとつ。


 天気のせいだ、と理不尽に空へ八つ当たりする。




 その瞬間、ポツリと冷たいものが額に落ちた。


 まるで俺の心に合わせるように、雨が降り始める。




 胸の奥がじわりと痛んだ。




「……行くか」




 立ち止まれば沈んでしまう。


 なら、歩こう。


 そう決めて、ゆっくり街へ向かった。







 街の空気も、空と同じく曇っていた。




 すれ違う獣人も人間も、皆が同じ顔をしている。


 飢えと、苛立ちと、疲れ。




 噛みしめる奥歯。


 自分の腕を噛んで空腹を紛らわす者もいる。




 この国――ラグナロク王国は、数百年前から


 飢餓の呪いに蝕まれている。




 食べてもすぐに空腹が飢えを刺す。


 それが続けば、やがて“飢餓の病”へ進行する。




 自我が壊れ、猛獣のように暴れ出す状態。


 それを俺たちは――飢餓化と呼ぶ。




 気絶させれば一時的に止まるが、


 根本を治さなければいつだって再発する。


 そして実際、飢餓化が原因の悲劇は山ほどある。




 だからこそ、街には活気がない。


 誰もが、空腹という見えない刃に怯えながら生きている。







 荒れた石畳を歩いていると、走っていた子供が転んだ。




「大丈夫か」




 手を差し伸べる。


 少年は細い腕で俺の手を掴み、よろけながら立ち上がった。




 痩せすぎて、骨が浮いている。


 服もボロボロで、見ていて胸が痛む。




「ねえ……食べ物、持ってない?」




 かすれた声だった。


 必死で縋るような目を向けられ、心がえぐられる。




「……悪い。何も持ってない」




 本当は言いたくない言葉だった。


 けれど、俺のポケットも空っぽだ。




 少年の表情が一瞬だけ明るくなり、


 その直後、深く沈んだ。




 その落差が、耐えられないほど刺さった。




 何も言わずに、少年は走り去っていく。




「……俺に、もう一度救えるチャンスはあるのか」




 思わず、そんな独り言が漏れた。

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