織田信長超能力者説
みょ~じ★
本文
織田信長は、実は天気を操れる能力者であった。
傍証はある。桶狭間の戦いも長篠の戦いも、全部信長に都合の良い天候だったではないか。
いくら偶然だとしても、あんなに都合よく天候が思い通りの展開になるだろうか。
勿論、桶狭間の戦いは梅雨の時期であり、夕立っぽいものがあの作戦の当時降ったことでごまかせるかもしれないが、長篠の戦いにおいて、同じく梅雨であろう時期だというのに、ああも一円玉天気、つまりは崩れる不安すら感じさせない晴天であることがあり得るだろうか。
そして、本能寺で享年49歳を迎えた折に、あそこまで明智光秀が都合よく討たれるだろうか?
そう、織田信長は実は、神道の秘術である豊作祈願に使う天候操作の術を軍事作戦に転用した能力者だったのだ。
じゃあ織田信長はなぜ神道の秘術に通じていたのか。
実は信長は、神官の家系だったのである。さすがに平家姓であることは嘘であるが、実は越前国の織田剣神社という神社の神主が、彼の先祖だったのだ。おそらく、彼は織田剣神社の秘術を一子相伝で受け継いで、その秘術が天候操作の術だったのだろう。
実は、天候操作の術を使った人物は歴史上に結構存在する。例えば、諸葛孔明なんかは、まあ有名だろう。かの赤壁の戦い、東南の風が吹いたのは今でこそ科学的に吹き得るという知識がある、と説明されているが、じゃあなぜ都合よく、東南の風を吹かせることに成功したのか。そう、織田信長の天候操作の術は諸葛孔明から遣唐使を経て輸入された術だったのだ。
というか、寺生まれなら怨霊を撃破できるというのならば、神社生まれならもっと強い術が使えてもおかしくないではないか。
それに、ご存じの方もいらっしゃるだろうが、信長は神社を焼いた経歴が存在しない。それどころか、作法を失伝した神主にわざわざ自身の知識を分け与える程度には、神社の作法などに詳しいのである。
恐らく、彼が仏閣を焼いたのは、異教徒だったからなのだろう。
まあ、それならばキリスト教も弾圧してもおかしくないだろうが、それは、秀吉が行ったこともあって、恐らく信長も、天下統一が済んだら弾圧ないしはキリスト教を危険視したと思われる。
そういう意味では、信長がなぜ天皇を崇敬していたのかも勘が付くだろう、つまりは、信長は天皇を上司として崇敬していたのだ。お忘れだろうか?天皇家とは元々、神道の最高責任者の家系として選ばれた、天照大神、つまりは太陽神を祀るための天孫が初代なのだから、当然太陽をどうにかするための術に長けていたと思われる。
恐らく、今気候変動が激しいのは、先の大戦で敗北したがために、天候を操る術を失伝したからではないかと思われる。先の大戦まで気候変動が穏やかだったのは、天皇陛下が代々祈祷していたからであろう。
まあそんなわけで、織田信長が都合よく天下を取ることができたのは、天候を自由自在に操る術に長けていたということだ。
恐らく、本能寺の変が起きていなければ、日本は飢饉なども発生しない天候に恵まれた国になっていただろうことは、想像に難くない。
……なお、本事実をノンフィクションのジャンルだからと試験の答案用紙に書いたとして、単位を落としても責任は一切持たないので、そのつもりで。
織田信長超能力者説 みょ~じ★ @harimaya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます