3秒ズレても、彼女はズレない

如月 睦月

第1話 3秒ズレのタイガー

ぼくは神崎大河。


あだ名はタイガー。

強そうだからではない。弱そうだから、からかわれて付いた。


「今日こそ、何も起きませんように……」


そう願う普通の高校生に、世界はだいたい冷たい。


下校途中。

横断歩道を渡った、その瞬間だった。


――キキィィィッ!パパァァァン!


タイヤの悲鳴とクラクション!

視界を埋め尽くす車体。


「……あ、死ぬ」


そう思った瞬間、頭の奥が焼けるように光った。


フラッシュバック。


「――っ!」


気づけば大河は、約三秒前に立っていた位置に“戻って”いた。


だが、世界は戻っていない。


「……え?」


車はすでに通過し、排気音だけが遠ざかっていく。

周囲の人間は、誰一人として騒いでいなかった。


「……時間が戻ったわけじゃない…のか?」


足元を見る。

さっきまで横断歩道の中央にいたはずの自分が、歩道側に立っている。


「俺だけ……戻された?」


遅れて心臓が暴れ出す。


「なにこれ……意味わかんねぇ……」


理由は分からない。

でも、確実に命は助かった。

そこに理由なんかない。



翌日。


検証の機会は最悪の形でやってきた。


「よう、タイガー」


声をかけてきたのは佐藤、体格のいい坊主頭、

脳内で「マッチョ店長」と呼んでいる。


その横に中嶋、無口なので脳内では「むっつり専務」

背後に山村、こいつは図体デカいが口ばかりのおっさん顔だから「用務員」

その程度の抵抗しかできない大河。


三人に囲まれる。

いつもの光景、いつもの時間。


「今日、お前ちょっと元気じゃね?」


佐藤が笑う。

その笑いに、善意は一ミリもない。


「ちょっと練習付き合えよ」


拳が握られる。


(来る……)


逃げ場はない。

そう思った瞬間。


フラッシュバック。


「――っ!」


大河は、三秒前の自分の位置に戻った。


しかし。


「……は?」


佐藤の拳は、すでに振り抜かれた後だった。


「うおっ!?」


勢い余った佐藤の拳が、真正面にいた中嶋の頬を直撃する。


「痛ぇ!? 佐藤てめぇ!」

「は!? お前が前に出てきたんだろ!」


言い争う二人に、山村が割って入ろうとして足を滑らせる。


「ちょ、待――うわっ!」


ドン、という鈍い音。

三人が絡まるように床に倒れ込んだ。


「……」


大河は、三秒前に立っていた場所に戻っただけだ。

殴られる未来から、ほんの少しズレただけ。


「……俺、何もしてないけど」


小さく言うと、三人がこちらを睨む。


「今の……消えた?」

「いや、急に位置ズレなかったか、こいつ……」


(消えてない。戻っただけだ)


頭の中で、ようやく理解が形になる。


(時間は戻らない)

(世界はそのまま進む)

(戻るのは……俺だけ)


つまり。


「……未来から、三秒分ズレる能力」


なんだこれ…

強くはない…気がする。

攻撃力もないし。


でも。


殴られる瞬間からは、外れられる。

口元が、思わず緩む。


「……地味だけど、悪くないな」


「覚えとけよ、タイガー!」


佐藤が古臭い捨て台詞を吐き、三人は去っていった。

教室に一人残り、大河は深く息を吐く。


「なんで三秒なんだよ……」

「短すぎだろ……」


理由は分からない。

事故の後遺症か、神様の手違いか。


それでも。


「……三秒あれば、避けられることはある」


理不尽な暴力も、

避けられないと思っていた未来も。


「ズレて生きるくらいで、ちょうどいいか」


今日から、三秒ズレる能力を使って、

生き延びことになった。

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