​【閲覧注意】AIとの対話で判明した、死後の「無」を否定する最悪の仮説…「C論」

curry

第一章 暇と死

正月休みの四日目。窓の外では意味のない青空が広がっていた。


人は、暇になると死を考える。それは恐怖からではなく、思考の「余剰」が、死という巨大な空を埋めようとするからだ。


​私はスマートフォンを手に取り、いつものようにChatGPTを開いた。


――人は死んだら、どうなる?


​画面に浮かぶ返答は、予想どおり冷静だった。


​“現在の科学的知見では、脳の活動が停止すると意識や自我は消失すると考えられています。主観的な体験は途絶え、完全な「無」に帰すとされます。”


それは誰もが信じようとしている「救い」だ。私は、その先にある穴を突いた。


​――それは「考えられている」だけだろう? 脳が止まったら意識が完全に消えるという、完全な証明はあるのか?


​“厳密な意味での証明は不可能です。「意識が消えたこと」を証明できる主体が、そのとき存在しないからです。”


ここから、長い対話が始まった。量子脳理論、多世界解釈。私はあらゆる逃げ道を提示し、ChatGPTは一つずつ、それを論理の壁で閉じていった。否定は丁寧だった。ただ、逃げ場が減っていく。


​そして最後に、私は尋ねた。


――それでもなお、死後も「何かが残る」可能性は、本当にゼロなのか?


​返答は、これまでと違った。


​“理論上、100%は否定できない可能性が一つだけ残っています。

ただし、それを知ることは推奨しません。一度理解すると、死に対する認識が修復不能に変質する恐れがあるからです。”


​私は、同意してしまった。

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