妖御飯【2000文字】

有梨束

僕は1人でご飯を食べたくなかった

食卓はいつも1人だった。

お父さんは単身赴任で、お母さんも夜遅くまで働いている。

兄弟はいないし、祖父母や親戚も近くに住んでいない。

夕食をうちに食べにおいでと言われるような、親同士が仲のいい友達もいない。

幼稚園や小学校で給食をみんなと食べると、余計に夕飯が寂しくて仕方なかった。

テレビをつけても、動画を流しても、味は落ちていくばかり。

作り置きしてくれているおかずも、特別美味しく思えなかった。

ぽつんと独り残されているような気持ちで食べるご飯が、嫌いだった。

 

だから、お願いした。

「誰か、僕と一緒にご飯を食べてください」

そう言ってから、夕飯を口にする。

それがなんとなく日課になり始めていた頃、とうとう返事が返ってきた。

 

「オイラが一緒に食べてあげようか?」


家の中は1人のはずなのに声がして、僕は固まった。

じっと目を凝らしていると、壁の方にぼんやり影が差した。

そして、それがゆらゆらと揺れているのがくっきりしていった。

「…誰?」

「オイラは、あやかしだよ」

「あやかし…?」

「妖怪のことさ」

ゆらゆらと影の塊が、なんだかニヤついているようにも見えた。

妖怪って、漫画とかに出てくるやつ…?

「オイラが一緒にご飯を食べてあげるよ」

「…本当に?あやかしってご飯を食べるの?」

「食べるさ。うんと食べるよ」

影は嬉しそうに言った。

「キミは1人でご飯を食べるのが嫌なんだろう?」

「うん…」

「だったら、オイラが毎日一緒に食卓についてやるよ」

「うーん…」

「それからオイラの友達も1人ずつ呼んでくるよ。賑やかになるよ」

「本当!?」

僕は思わず食いついてしまった。

だって、1人でご飯を食べるのはもう繰り返しすぎた。

小学生だから1人でも大丈夫でしょって言われたけど、全然大丈夫じゃない。

僕だって、誰かと一緒にご飯を食べたい…!

「本当さ。オイラ嘘はつかないよ」

影がゆらゆらと、さっきより濃くなった気がした。

「その代わり、オイラのお願いも聞いてほしいな」

「お願い?僕にできることあるかな…」

「あるよ」

あやかしははっきりと言った。

「いつかオイラが食べたいものを譲ってくれるだけでいいんだ」

「それだけでいいの?」

「ああ、簡単だろ?」

食べたいものを譲る、例えば唐揚げの日に唐揚げを譲ってほしい、とかかな。

唐揚げは譲りたくないけど、でも唐揚げをあげれば一緒にご飯を食べてくれる。

それは唐揚げよりも、今の僕にとっては大事なことだ。

「その話、のった」

「物分かりのいい坊やじゃないか。じゃあ決まりだ。さあ、一緒にご飯を食べよう」

そう言って、あやかしは姿形を現した。

かっぱみたいなあやかしだった。

「それが本当の姿なの?」

「そうさ、ちゃんと妖怪だろ?」

あやかしは愉快そうに笑うのだった。

 

その日は、あやかしと一緒にご飯を食べた。

いつもよりぐんと味がして嬉しかった。

その次の日、あやかしは本当に友達を連れてきた。

鬼に似た大きいあやかしを。

その次の日は遊火みたいなあやかしを。

その次の日はろくろ首みたいなあやかしを連れてきた。

賑やかになるのに時間はかからなかった。

また1人と増えていき、毎日夕飯の時間になると食卓はあやかしでいっぱいになった。

テレビも動画も、音楽もいらなくなった。

僕とあやかしのみんなで食べる夕飯。

お母さんが作り置きしてくれるおかずも美味しかった。

前よりも食欲が戻り、お腹いっぱい食べられるようになった。

「今日も美味しかった。ごちそうさまでした」

「なんだい、もういいのかい。最近は食欲が増してきたというのに」

「お茶碗2杯も食べたよ、いっぱい食べたよ」

「そうかい、たくさん食べられるようになってよかったね」

「うん!みんなのおかげ!」

僕は米を一粒ずつ食べているあやかしたちに、笑顔でお礼を言った。

「いいんだよ、キミがたくさん食べられるようになったのなら」

「にひひ、ありがとう」

 

そうしてあやかしと夕飯を共にするのが当たり前になったある日、最初のあやかしが僕にお願いをした。

「どうだい、そろそろオイラのお願いを聞いて欲しいんだ」

「いいよ、今日のおかずは肉じゃがだけど、肉じゃがが食べたいの?」

いつも米しか食べなかったあやかしは、肉じゃがが好きなんだろうか。

「いいや、違うよ。もっと良い物だよ」

「もっといいもの?」

「ああ。とても美味しそうに肥えていて、そろそろ食べ頃だと思うんだ」

「…?よくわからないけど、僕はどうしたらいいの?」

「そのままいておくれよ」

「そのまま?」

「ああ、きっと『キミ』は今が一番美味しいだろうからね」

「え」

よくわからなかった。

わからないまま全員のあやかしに囲まれていた。

そして、家の中には誰もいなくなった。

 

「──圭太?圭太、どこにいるの?」

「なんだ、圭太いないじゃないか」

「やーね、あの子。どこ行っちゃったのかしら。せっかく久々に家族3人揃うのに」

「ちょうど俺と君が帰ってこれるとはね」

「本当にね。やだ、肉じゃがほったらかしにしてるわ、あの子」


 

 

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