《異世界の片隅で、最高の一杯を》~料理は貴族と冒険者の心を掴む~
レノスク
第1話 葱
ロラン・グリフは寂れた歓楽街を歩く。
ここは副都 黎明(れいめい)。
夏だが雨が街を覆い少し肌寒い、通りの賑わいは息を潜めている。
今日は人が少ないな。
そんな事を考えながら、今夜の晩酌拠点を選別する。
冒険者としての活動を終わらせ、心地よい疲労感と共に身体が温かい飯を求めているのがわかる。
ただ、この酒場街の店は生温いヴァイツェンビール(白ビール)と硬い黒パンに茹でたカルトッフェル(じゃがいも)が出てくるだけだ。
こんなんじゃ腹は膨れても満足なんかできやしない。
それならばと、久しぶりに新しい店を開拓することにする。
めぼしい店がないかと辺りを見回しながら歩く。
すると、ある店が異様に目を引く。
レンガ造りの建造物が立ち並んでいる中での唯一の木造建築だ。
俺の第六感がビービー鳴っている。
あの店を捕捉したらしい。
入口に布がぶら下がっているが、やっているのか?
自分の意思で選んだはずなのに頭で考えるより先に足が店に向って歩き出す。
ーーーーガラガラッーーーー
客が誰もいない。
店員も厨房の一人しかいないことに驚く。
案内されるわけでもなく流れるようにカウンター席につく。
調理場を覗いてみると案の定、頑固に見える。
「お通しです」
コトンッと小皿が目の前に出てきた。
フォアシュパイゼ(前菜)か?
緑と白の野菜、見たことがないな......。
二本の木の棒?なんだ?
「おっと。お客さん、箸は難しいかな?フォークもあるけどどうする?」
その地に行ったらそこの流儀に従う。
冒険者であるロランのマイルールである。
店でも同じことだ。
「いえ、ハシで大丈夫です」
「こ......これはなんという料理なのですか?」
「あぁ、これはネギの醤油焼きだ」
「ネギ?」
「いいツマミになると思うぞ」
それならビールは必須だ。
「ビールお願いします」
「ピルスナー(ラガー)
ヴァイツェンビール(エール)
ドゥンクレス(ダークラガー)
ラオホビール(スモークモルト)
ニホンシュにヴィスキー(ウイスキー)もあるが
何にする?」
ヴィスキーか珍しいな。
ニホンシュなど聞いたこともないが。
ここはおなじみのヴァイツェンビールにしておこう。
「ヴァイツェンで」
「あいよ〜」
グラスに液体が注がれている音が店内に響き渡る。
聞いているだけであの液体が喉を通り抜けるような感触がある。
「ほいよ」
チューリップ型とは珍しいなぁ。
上部がすぼまった形状で香りを楽しめる。
泡立ちを良くして複雑な味わいを舌全体に広げる。
エール系など香り高いビールをより豊かに味だけではなく香りも楽しめるのが特徴だ。
つまり、ワイングラスに似た形で、香りと味を最大限に引き出すってことだ。
名前を聞いたら男はタイショウと言うらしい。
タイショウめ頑固顔の癖して食に関してはプロなのか。
せっかくビールがきたからとグラスを持つ。
冷たい......。
せっかくグラスを選んでもらったのに申し訳ないと思いながらもこの衝動は止められない、グラスを九十度に傾け全て胃に叩き込む。
黄金色の液体が食道を通り、胃に落ちていっているのがわかる。
この感覚がやけに気持ちいい。
「っぷはぁぁぁ〜」
この瞬間が一番生を実感すると言っても過言ではない。
タイショウがこっちをチラチラ見てくる。
おっと。
ネギとやらがあるんだった。
「大将おかわり!」
と次の一杯を頼んだはいいが目の前の欲望に敵うわけもなく。
箸で掴み取る。
少し難しいが面白さがある。
白色を選ぶ。
一口で食べた。
「甘い......。」
つい、口に出してしまうくらい甘みが強い。
「そうだろぉ!群馬のネギは甘いんだ。朝市で選んできたんだよ」
グンマーがどこか分からないが国の名前か?
言い方的に遠い所なのだろう。
タイショウの苦労が伝わってくる。
次は緑だ。
少し慣れた手つきで拾いとる。
辛い。
「大丈夫かい?待たせたな、ビールだ」
すぐさま手を伸ばし口に含む。
クローブとネギの風味が混ざり鼻から抜けていく。
気づいた。
緑は香りだ。
甘いわけではない、口に入れた瞬間は味という訳ではなくただただ辛かった、が飲み込んだ後に気付く。
面白い。
ヴァイツェンだからかバナナやクローブの甘みと白ネギの甘みが合っている。
白もいいな。
そこからは手が勝手に動く。
白
酒
緑
酒
白
酒
緑
酒
カツッ
もうネギがなくなっている。
「タイショウ!ネギもう1個、ついでにビールも!」
「ほかのネギ料理もありますがどうします?」
他にもネギ料理があるのか。
5秒間の思考。
口を開く。
「タイショウのおすすめで!」
こういうのは、その道の人に任せた方が圧倒的に当たりが引ける確率が上がる。
「あいよッ」
嬉しそうな顔をしている。
改めて内装を見ると、ギルドみたいな雰囲気がある。
ガタッ
「はいよ」
30秒程で出てきた。
「無限ネギのヴァイツェンな」
「ムゲンって?」
「無限ってのはな、うまくて一生食い続けられるってことだ!俺も晩酌の肴にすることもある」
タイショウが説明するだけで美味しそうに聞こえるのはどういう原理なのだろうか?
見てみると、ネギと魚の油漬を和えたものらしい。
魚はツナというものだそうだ。
確かに酒に合いそうだ。
まずはビールで口内を湿らせる。
ネギとツナを一度に掴み、口に放り込む。
舌に触れた瞬間驚いた。
今までの食事では感じたことの無いような味だ。
旨みが味を二回りいや、三回りほど上げている。
その後、頬張り続け一分足らずで食べ終えた。
この店の雰囲気にも慣れ、酔いが回ってきた頃。
「実は俺、つい最近親が死んだんだよ。片親として頑張って俺を育ててくれてたんだ。」
口から出た言葉に自分でも驚く。
誰にも言うつもりはなかった。
言いたくなかった。
まだ実感が追いついていないのに言ってしまうと、現実として確定させてしまう気がしていた。
可哀想とも言われたくはない。
言わせたくない。
「......」
タイショウは何も言わず、俺の前に皿を置いく。
白くてプルプルしている。
「杏仁豆腐、サービスだ」
嬉しいな。
「おい、泣くなよ」
ん?
誰が泣いているんだ?
水分が机を跳ねる音に気づき目線を下げる。
俺が?泣いている?
次の途端、恥ずかしくなった。
杏仁豆腐を口に放り込み、銀貨一枚置いて店を走り去る。
後ろからタイショウが何かを叫んでいるのが聞こえた気がしたが、走り続ける。
ロランは宿に逃げ帰った。
そして、宿のベットで酒の席のことだと言い訳をする。
それでもロランの舌は今夜の出来事を記憶する。
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《異世界の片隅で、最高の一杯を》~料理は貴族と冒険者の心を掴む~ レノスク @RENOSUKU
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