彼女は予報を信じすぎている

後藤 蒼乃

第1話

 雨宮爽子は、今日も傘を持っていた。

 こんなに雲一つない快晴なのに。



 オレは高校時代、傘を差さない主義だった。

 強がりでもかっこつけでも何でもなく、ただ面倒くさかった。


 電車通学をしていた。

 高校の最寄り駅には、朝、大量の同じ服を着た生徒たちが降りた。

 そして、高校までの一本道をアリの行列のようにぞろぞろと歩くのだ。


 どういうわけか、雨宮はオレのすぐ前か、一人挟んでその前か、兎に角、いつも視界に入る範囲を歩いていた。


 はじめ、クラスも違う雨宮の名前も知らず、オレは『傘の人』として記憶した。


 ミントブルーに黒のドットの入った長傘が、歩く度に雨宮の右手で揺れ、傘の先がオレの方に何度も迫る。


「ちょっと、危ないんだけど」


 横断歩道が赤になり、止まった雨宮に、僕は意を決して声を掛けた。


「え?」

 驚くほどに可愛らしい声で、たじろいだ。

「いや、その傘、持ち方を考えた方がいいんじゃないの」

「あ、そう」

 小柄な雨宮は、僕を見上げ、不服そうな表情をした。


 ごめんなさい、とかないのかよ。

 僕は、正直イラっとした。


 信号が青に変わり、アリの行列はまた動き出した。


 高校の傘立ては、それぞれのクラスの前にあった。

 昼休み、廊下を歩いていると、傘立てに一本だけある、あのミントブルーに目が留まった。


「あいつ、三組の奴かよ」

 オレは七組で、だいぶクラスが遠かった。


 三組の教室を覗くと、同じ中学の伊藤がいて、廊下に呼んだ。


「おい、この傘の女子、親しいのか?」

「あっ、雨宮さん? 別に親しいって程ではないけど」

「下の名前は?」

「たしか、サワコっていったかな。爽やかな子と書いて爽子」

「ふうん」

「なに? 気になるのか?」

「いや」

「でもさ、雨宮さんが傘を持ってきた日は、晴れていてもだいたい雨が降るんだよね」


 伊藤は、なぜか得意気に言ったので、オレはまたイラついた。


 ホームルーム後の掃除時間。オレは当番の廊下にモップをかけていた。

 モップを持ちながら、三組の前まで行く。

 近くに、雨宮爽子の姿はなかった。

 オレは、廊下を掃除するふりをして、傘立てに置かれたミントブルーを取り、足早に自分のクラスに戻った。そして、掃除用具のロッカーにモップと共に入れた。

 

 廊下の窓を見上げると、さっきまで快晴だったのに、黒い雲が空を覆い始めていた。


「嘘だろ?」



 雨宮が校門を出て行くのが、廊下の窓から見えた。当然、手には傘がなかった。


 オレは、しばらく教室の自分の席に座り、校庭の見える窓を眺めていた。

 ぴたぴたと、小雨が降り始めた。


 校庭では、サッカー部が練習を続けている。

 そのうち、遠くから雷鳴が聞こえてきて、瞬く間にどしゃ降りになった。

 誰もいなくなった校庭に広がる水たまり。


 高校から駅まで、二十分ぐらい徒歩でかかる。

 オレは、立ち上がり、ロッカーからミントブルーを取り出すと、一目散に駆けだした。校門を出て、駅まで走り続ける。


 雨は、容赦なくオレのからだに打ち付ける。

 制服が濡れ、からだが徐々に冷えていく。

 それに反射するように、咳込んで、何度か立ち止まった。


 駅近くの歩道で、同じずぶ濡れの雨宮を見つけた。

 追いついて、肩に手を掛ける。振り向く雨宮は、今にも泣きそうだった。



「ごめん。傘」オレは、傘を雨宮に返した。


「私の傘、どこにあったの?」


「七組のロッカー。オレが隠した。すいませんでした」深く頭を下げた。


 すると、雨宮は笑い出した。


「傘を使えばよかったのに」


「オレ、傘を差さない主義なんで」

「なにそれ」


 雨宮は、また笑った。

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彼女は予報を信じすぎている 後藤 蒼乃 @aonoao77

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