彼女の電気代

キヨシタカシ

彼女の電気代

 家に帰ると、まるで主人を出迎える犬のように、彼女が待っていた。


「おかえりなさい!」


 そう言うや否や、全力で抱きつかれる。


「ぐえっ!」


 肋骨が悲鳴を上げた。抱きつき方の問題ではない。単純に力が強すぎるのだ。


「おかえりのハグは全力でやるのが礼儀でしょ?」

「礼儀にも限度ってものがある」

「でもこうしないと私らしさが出ないんだよね!」


 そう言ってにこっと笑うが、その腕はまだ僕をがっちりホールドしたままだった。


「まずは離してくれると助かる」


 ようやく開放してもらう。

 抱きつかれていた場所がまだ微妙に痛い。


「改めておかえりなさい! 夕飯にする? ディナーにする? それとも、しょ・く・じ?」

「そんなに上手に料理できたの?」


 相変わらずテンションが高い。会社の面接で疲れた体でこのテンションの相手をするのは少し辛い。

 今日もポストの中に電気代の請求書が入っていた。これだけは見たくない。それの要因に少なからず彼女が関わっているのだからなおさらだ。

 しかしながらそんな彼女から元気を分けてもらっているのもまた事実。


「できればお風呂から先に済まそうと思うんだけど」

「そんなあなたに速報です! お風呂は壊れました!」

「は?」

「水しか出ないよ! 今日は一緒に銭湯だ! 尖塔の銭湯に戦闘に行こうよ! もちろん私が先頭に立つよ! なんちって!」


 後半の言葉遊びは完全に無視して風呂場に行くと、たしかにどれだけ温度を高くしても水しか出なかった。

 どうやら本当に銭湯に行くしかないようだ。ちなみに尖塔なんてこの辺にないし戦闘が起こるような場所はない。さらに彼女を先頭に立たせようものなら、最終的に目的地には着くけれどもあきれるほど遠回りをするのでさせない。

 方向音痴というわけじゃない。わざと違う方向に行くのだ。「近道は遠回りだ。地下道だからね」とかわけの分からないことを言って。

 お風呂が壊れたのならば仕方ない。夕飯を先にするか。


「業者に連絡した?」

「そんなことよりも私を見て何か気になることない? あるよね? ね?」


 ぐっと顔を近づける彼女。

 どことなくファンが回っている音が聞こえる。

 どうやら髪型を少しアレンジしたらしい。

 いつもと違って前髪を編み込んでいる。きっとこのことを言ってほしいのだろう。とはいえ、そのとおりにするのは少し癪だ。


「今日も素敵な笑顔だね」

「あばばばば」


 プシュー、と顔全体から煙を出してオーバーヒートする彼女。

 これで少しは落ち着くだろう。今のうちに着替えてこよう。

 ちゃちゃっと着替えを済ませると、彼女はリビングの椅子に座っていた。

 テーブルを挟んで向かいに座る。


「落ち着いた?」

「落ち着かせたいからって一旦オーバーヒートさせるの良くない癖だと思うな」

「冷却装置はちゃんと作動したみたいでよかったよ」


 僕の態度が気に入らないのか、ぷうっと頬をふくらませる彼女。


「で、業者に連絡した?」

「したよ。このへんで一番安いところ。安いけどネットの評価は普通だったから、大丈夫なんじゃないかな!」


 たいてい連絡を入れる前に、こういう業者にしようと思うのだけど、と相談するものなのだろう。検索して調べるということにおいて彼女の右に出る者はいないと思っているので、気にしない。

 報告と連絡はしてほしかったが。

「どや? 偉いでしょ!?」


 テーブルから身を乗り出して僕に顔を近づける。その顔には褒めてと表示されていた。


「ところでその前髪どうしたの?」

「ズコーッ!」


 わざわざ口に出してまでテーブルに体を突っ伏せる彼女。

 調子が戻ってきてしまった。かと言って何度もそうオーバーヒートさせるのは良くない。


「あのさあ! 今のは褒めるところだったじゃん! 鈍感なあなたのためにわざわざ顔に出したんだよ!? 褒めなよ!」

「ごめん、気が付かなかった」

「ふぁー? 頭のネジ吹っ飛んでるんじゃないの?」

「君には言われたくないな」

「いいから、ほーめーるーの!」

「……偉いね」

「小3レベルの称賛の言葉で満足するっていう勝算があったの? 少々納得いかないけど、しょうがないからそれでいいよ」


 はあ、とため息を付きながら座り直す彼女。

 このあとの予定としては、とりあえずご飯を食べて、銭湯に行く、という感じだろうか。

 帰ってきて時間があれば、適当に過ごして明日に備えていこう。


「……ところで、ほんとに私のネジ吹っ飛んでるの?」

「飛んでないよ」


 気にしてたのかよ。

 少し悪いことをしてしまったかもしれない。

 ここは一つ彼女を安心させてあげよう。


「吹っ飛んでたら君は顔にでるから」

「それどんな顔よ! 乙女がしちゃいけないような顔になってない? 大丈夫?」

「大丈夫。たとえどんな顔になっていようとも僕は受け入れるから」

「それっぽいことを言っているようだけど、質問の答えになってない!」


 ぺたぺたと自分の顔を触り始める彼女。

 そんなにも気になるのか。そもそも触ったくらいで表情がわかるわけでもなし。

 というか触るのなら頭の方だろ。


「とりあえずご飯でも食べよう。お腹が空いた」

「そう言うと思って、腕によりをかけて作った夜ご飯がこちら!」


 ででん、と口効果音をつけて、冷凍庫から凍った白飯と肉じゃが、味噌汁を持ってくる彼女。

 ……?

 は? 冷凍庫?


「大丈夫? 頭のネジ吹っ飛んでるんじゃないの?」

「そういう顔してるってこと?」


 してないんだよなあ。これが正常なんだよなあ。おっかしいなあ。


「さあ、思い思いの重いお芋の想いを召し上がれ!」


 多分肉じゃがのことを言ってるのだと思う。

 白飯と肉じゃがは電子レンジでなんとかなりそうだが、凍らせた味噌汁ってどうなの? 氷を水にするのとは勝手が少し違うのではないだろうか。

 ええ、どうしよう。

 そもそもなんで冷凍庫なんだ。

 腐る可能性を考えたのか? だとしても冷蔵庫だろ。どういう思考回路でそうなった。


「本当はね、ラーメンにしようかと思ったんだけど、さすがに伸びちゃうなあと思って、肉じゃがにしました!」


 凍らせるのならまだラーメンの方がどうにかなったかもしれない。


「一応訊きたいんだけど」

「初恋の話?」

「違う」

「私の初恋はね、あなただよ」


 ドヤ顔でそういった彼女は、ボンッと音を立てて顔全体からまた煙を出す。


「自分で言っておいてオーバーヒートするなよ……」


 少しは静かになるからいいか。

 ちなみに訊きたかったことは、わざと冷凍庫に入れたのかどうかだった。もう入れてしまった後なのだから、別にどうでもいいといえばどうでもいいのだけど。


「とりあえず、この凍った料理をどうにかしよう」


 とくに味噌汁。

 ひとつだけ方法を思いついた。こんなこと一度もやったことはないが、多分誰もやったことは無いと思う。僕がそのパイオニアになろうじゃないか。

 器をひっくり返して、個体となった味噌汁を別の皿に取り出す。プッチンプリンの要領だ。

 これを今から、おろし器で、すりおろす。ごはんにふりかけのイメージでかければ、まあなんとかなるんじゃないだろうか。

 凍った味噌汁をタオル越しに掴み、おろす。おろす。おろす。

 そうやっておろすこと約五分、あの凍った味噌汁はシャーベット状に変化した。


「マスター。おはようございます」

「キャラ変わってるよ」

「きゃっぴるーん!」

「だからって急に変わるな」


 温度差が激しすぎる。


「なにそれ! どういう教育をされたら味噌汁を凍らせてすりおろすって考えに至るの?」

「前半のものに関しては君がやったことだよ」


 僕はそれに対応したにすぎない。むしろこの柔軟さをほめてほしいね。


「そうです。君は私が育てました」

「味噌汁を凍らせたことの方だよ」


 やれやれ。とりあえずすりおろしたものをごはんにかける。


「いただきます」

「味わって食べてね!」

「どうも」


 白ご飯・すりおろし味噌汁ぶっかけ。

 味は……まあこんなものか。

 結局のところごはんに味噌汁をかけて食べているようなものだ。食感が多少しゃりしゃりしているが、食べられないこともない。


「よくそんなもの食べられるね」

「誰のせいだと思ってるんだ」


 別にいいけど。


「そういえば、今日の面接どうだったの?」

「……多分だめだな」

「えー? 私でも内定5つもらったのに?」


 味噌汁を冷凍庫に突っ込むやつが内定もらったのにね。

 採用する会社は大変そうだ。


「あんなの楽勝だよ。会社のホームページにアクセスして、気に入りそうなことをその場その場で猫被って言えばいいんだから」

「それができたら苦労はないさ」

「不器用な人だね」

「君みたいに顔に出ればいいのにね」


 ちっちっち、と彼女は指をふる。


「私のは出てるんじゃなくて出してるの。それも、あなたにだけ」

「よし、ご飯を食べ終わったらお風呂にしよう。僕は食器を洗うから、タオルや替えの服の準備をしてもらえる?」

「あー、無視するんだー? まったくもう。それじゃあ、代えのきかない着替えを気兼ねなく準備するね」

「代えのきくもので頼む」

「はい! ハイ! High!」


 テンション高いなあ。

 上機嫌で風呂の準備をし始めた彼女を見て、僕もご飯を食べ終える。

 準備ができたと言う彼女に、一応その内容をみて問題がないことを確認する。うん。ちゃんとしてる。


「そういえばこれ、さっき見てみぬふりしてたでしょ」


 そう言って彼女が差し出してきたのは電気代の請求書。

 本当に見たくない。


「悪いけど、君が開けてくれ」


 おっけー、と言って封筒を開ける彼女。

 取り出した紙に書かれた請求額を見て、驚いた声を上げる。


「なにこれ! これが一人暮らしの電気代? たっけー!」

「半分以上君のせいだよ。君がしょっちゅうオーバーヒートなんて起こすから、充電の頻度が増えるんだ」

「えーそんなこと言う? だったらもっと私のバッテリー容量大きいやつにしてくれればいいじゃん!」

「……予算が足りなかった」


 その足りない予算の中で、彼女をここまで作り上げたのだ。十分合格点だろう。

 大学の研究の一環で作ったAI搭載高性能人形ロボット。それが彼女だ。


「ロボットだってバレずに就活を終えたり、料理もできる。あとは奇行に走るのをどうにかしたいな」

「奇行? 私の行動のどこがおかしいっていうのさ!」

「自覚がない時点でだめだな」


 冷凍庫に入れた料理を嬉々として持ってきていたのを思い出す。

 改良の余地あり。


「だけど聞いてほしい。なんだかんだでそんな設定にしたのはあなただということを」


 奇行に走るのは明らかな改良点だが、この馬鹿みたいに元気な設定にしたのは、間違いなく僕だ。


「一人暮らしはなんだかんだ寂しいからさ。君みたいに明るくて元気な子がいて、正直助かってる。ありがとう」

「ささ、早くお風呂に行こう!」

「え、無視? だいぶいいこと言ったつもりなんだけど」

「オーバーヒートしても知らないよ?」


 それは困るけれども。


「で、着いてこようとしてるとこ悪いけど君は留守番だ」

「えーなんで! 私だってお風呂入りたい! 油汚れを落としたい!」

「バッテリーが切れかかってるだろ」


 彼女の顔がほのかに赤い。

 バッテリーが切れかかっている合図だ。


「……はーい」


 腰に内蔵されている充電ケーブルを伸ばし、リビングのコンセントへ向かう彼女。


「そんなに気になってるなら、明日オーバーホールするから」

「ほんとに!?」

「首だけ180度回転させないで。怖いから」

「約束だよ!」


 そんなことはお構いなしに言葉を続ける彼女。


「ホントのホントに約束だからね!?」

「……前から思ってたけど、君ってオーバーホールされるの好きだよね」


 オーバーホールは、機械をすべて分解して、どこかおかしいところがないかを見る作業。その過程で、部品をきれいにしたりする。

 ちなみにその間彼女の意識は別の媒体に移す。

 だから言ってしまえば、彼女は自分の目で自分の身体がバラされ、掃除されているところをみている状態だ。

 僕としてはあまり気分がいいものではないと思うのだが。


「だって、オーバーホールは時間がかかるでしょ? つまり、君がそれだけ私と一緒にいてくれるってことだもの」


 にぃっと笑う彼女。


「はいはい。じゃあ行ってきます」

「あー! 今照れ隠ししたで――」


 バタン、と扉を閉める。

 やれやれだ。

 顔に当たる夜風は、顔を冷ますのにはちょうどよかった。

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