聖女と神様
鈴木せのお
この世の聖女と人外負けヒロイン
本日、この世の祝祭。
この世には聖女ってものがいる。どんなものかっていうと、大槌を振るい大地を浄化、豊穣を司る聖女様である。
「聖女様のお成ーりー」
パンパカパーン!と鳴るトランペット部隊を従え、格好だけは聖女らしく一丁前に、しかし大槌を担いだ聖女様が、堂々とした出立ちで壇上に進み出る。マイクはない、代わりに拡張魔法と拡大画像魔法で声は通るしそこかしこにスクリーンが展開されている。
「では、これより聖女様より祝祭開始のお言葉を」
恭しくそう言ったのはこの国の宰相、美丈夫である。彼に軽く頷いて、そして聖女は口を開いた。
「わたしである」
そう、聖女とは正(まさ)しくわたしである。何のこっちゃ。
わたしの生まれはこの国だが、これまた何番煎じか前世の記憶があった。幼少期からあったそれに引き摺られたのか、大層ドライなお子様であったらしい。ギリ昨日の晩飯を覚えているかどうかなのに、そんな昔のことを言われても全く記憶にございません。
それでも前世だけははっきりと覚えており、特に可もなく不可もない一般家庭の娘だった。家族仲はよく、特別苦労した覚えもない。
だがしかし何がどうしたのか、前世のわたしは開けっぴろげで口が悪かった。性格というか性質というか、とにかく口が悪かったのだ。残念なことに、こちらも前世からしっかりまでいかずとも、まあまあ引き継がれている。ただ、聖女教育とやらでだいぶ軟化したので、普通よりちょっとさばけてるくらいの口調には収まっている。セーフ。
いろいろあって今世聖女様をやらせていただいてるが、ありがたいことに素質がありまくったので苦労という苦労はない。
前世では全く信じてなかった神様というものは今世、目に見えるかたちで確と存在しており、気紛れに下界に現れては世を良くしたり掻き乱したりする。神様とは本来、そんなものなんだなと感慨深くさえ思った。そしてわたしもまた確と聖女であるので、神様の寵愛を受けての素質である。平民生まれの平民育ち、身分制度のあるこの世だからこそ、ありがたいに違いない。
だがしかし、神様とは気紛れ、そして、気紛れなものとは時に面倒くさいものでもある。
「ねええぇええぇえ、聞いてよおおぉおお」
「何でそんなに面倒くさい性格してんのまじで」
現在、わたしに寵愛を授けた神様は絶賛ダル絡み中。
「だってええぇええ!見て、ほら見て!」
メンヘラよろしくわたしの腰にしがみつく神様が指した先には、最近ちょっと話題の美青年騎士が可愛こちゃんと談笑していた。
「いいじゃん、青春じゃん」
応援してやれよ、神様だろ。
「そんなわけにはいかない!わたくしは!あの者と契った!」
「え、契った?ち……け、契約的な?」
「違う!やったの方!」
「わーーーーーっ!放送禁止放送禁止!」
こっちの世では完全アウト!わたしだって前世では経験済みといえ、こっちではトップオブ清らか乙女として頭(あたま)張ってんだぞ!やめろや!
しかしだ。
「……まじで言ってんの?え、まじで、その、体と体で……」
「語り合ったの!語り合ったのにいいぃい!あいつ、あんな女とおおおぉお!」
ヒラッヒラの袖口を噛み締めながら、それはもう美貌に美貌を重ねた人外が負けヒロインよろしく号泣し喚いている。つまり、わたしはこの人外負けヒロインより寵愛を受けている。……複雑な気分。
こんなにも騒がしいのに、渦中であるはずの美青年騎士は割りと目と鼻の先で可愛こちゃんとの談笑を続けていた。つまり、今の人外負けヒロインは可視化されていない。わたしも今はプライベートでお散歩中なので、誰も聖女様とは思うまい。一応、友人の体(てい)で付いてきた女性神官が一人いるので、独り言にはならずギリ体裁は保てている。
でも、そっかあ、あの騎士、別の意味で寵愛受けちゃったかあ。せっかくあんなにも美しい容姿を持って生まれてきたのに。ああ、美しかったからか。
「聖女様、今、体と体でどうの、と聞こえましたが、その……」
非常に言いづらそうに声を顰めた彼女に、小さく頷きを返す。彼女にも申し訳ないが、うっかり口を滑らせたがゆえ、彼にも申し訳ない気持ちになったりならなかったり……いや、こればっかりは身から出た錆、仕方ない。
「神様がそう仰ったのですね。ああ、あの騎士でしょうか。最近噂をよく耳にします」
「……わたしもだよ」
「一緒にいる彼女とはお付き合いされているのでしょうか」
「さあ……」
「ふふ、どちらでもよろしいですね。神様とはそういったお付き合いをされたということで、お間違いないでしょうか」
「……そう、こちらの本人はいってますね」
神様よりあなたの方が、今はよっぽど怖いですね。
「神様は嘘をつきません。そこが神様たる素晴らしさでございます」
「そう、ね……」
大半の神官というものはこうである。たとえ、その対象が人外負けヒロインであろうとも。
「まあ、確かに嘘はつかないもんね」
「当たり前よおおぉお!クソッ、あいつめええぇえ!わたくしを幸せにすると言ったあの口で!畜生、どの口が!」
「まあ、神様に比べたら畜生みたいなものだよね」
わたしからしても、事実を並べたら畜生と変わりないけど。いや、ちょっと可愛こちゃんと談笑くらいは、まあ、そこまででも……あ、腰に手を!可愛子ちゃんの腰に手を回している!おまえら、さてはもう付き合ってんな!?それはもう畜生だぞ!
「あの彼女については、尋問の上、検討いたしますね」
「調査質問程度にしてあげて。もしかしたら、彼女、知らなかったかもしれないし」
初っ端から尋問はかわいそうだろ、やめたげて。
「許さない!許さないいいいぃい!」
「まじ怖いからやめて」
大丈夫、神様が許さないことはこの世も許さないから。ほんと怖いね、この世って。
思わず吐き出した溜め息に呆れと憐れを乗せて、時が来るまで、その騎士を眺めていた。BGMに人外負けヒロインの呪詛を垂れ流しながら。まじ怖いわやめろ。
そして本日、この世の祝祭。
大槌を担いだわたしは、聖女たる正装で神様の僕(しもべ)たる民の前に立っている。
「本日、この世は祝祭を迎えた。神のお目に適う者の出現と行く末に、豊穣は約束されるだろう」
わあああぁあ!と、民衆の歓声が上がる。
正直、前世の記憶を持つものとしては、いいのかどうかの判別はつかない。わたしはこれが初めてなので一応知り合いの愛の神様に確認したところ、こうすることで豊穣はより強力に末永く発動するということだった。歴史書も確認した、およそ千年前に同じようなことがあったと確かに書いてあった。前例があるんだ……なら仕方ない。
「神の目に適いしものを前へ!」
またも沸く民衆、冷静な教会陣と好奇心をその目に湛えた王族、全てに見守られ騎士に連れられてきたのは、あの美青年騎士その人だった。
可愛こちゃんは一緒ではないので、まあ、それはよかったよかった。彼は自業自得というやつだし。
連れられて、という表現でいいのかどうか、彼の足は自動してはいるけれど、おそらく腱は切られているし、何なら舌も以下同文。自ら喜びに身を震わすように歩く様さえ、魔術で動かされているんだろうな。怖いねえ。
「では、祝祭の儀を行う」
聖女様らしい張りのある声で宣えば、進行役が続いてより声を張り上げた。
「それでは皆様、おめでとうございます」
ねえ騎士様、何で聖女がわざわざ大槌なんて担いでるいと?浄化で各地を回り、ときに魔物と戦闘するから?それもある。
大人しく、そして騎士らしく動かされた彼が、片膝をついたところでわたしを見上げた。
「ふふ、聖女たるあなた。彼にちゃんと教えてあげて」
あの日の人外負けヒロインは、今日、恐ろしいほど神の顔でそう囀(さえず)った。
わたしは聖女らしく、慈悲の表情を浮かべて彼に耳打ちする。
「神様は大事にしないと」
そうして振り下ろされた大槌は、美しかった騎士をぐちゃぐちゃの肉塊にした。
「自分でやっといて何だけど、これのどこが祝祭なわけ?」
「いやあねえ。裏切り者が向こう千年の肥やしになるんだから正に祝祭でしょ」
祭りの後、教会にて可視化された神様とのお茶の時間に愚痴を垂れたなら、神様は笑ってそう宣った。
「一時でも神の寵愛を得るとは、それだけの価値を身体に宿しますれば。彼も本望でしょう」
あのときの神官がうっとりと追随する。
「じゃあ、わたしでも千年くらいいける?」
「冗談やめてよ!万年以上いけるわ!」
「すごいじゃん」
「でも絶対やらないの!あなたは唯一、わたくしの寵愛だもの」
「そうでございましょうとも」
「そっかあ」
「だからあ、あなたは絶対大丈夫なの!」
今日はご機嫌な神様に、ふと、気になってたことを聞いてみることにした。
「で、あの可愛こちゃんは?」
「沈めたわ」
……いつ、どこに?
「そっかあ……」
全然無事じゃなかったかあ。
「ふふ、本日はほんに、神様のご機嫌がよろしくて何よりでございます」
「……そうだねえ」
この世の理にすっかり馴染んでしまったわたしは、それだけ言って溜め息をついた。わたしは誠実に生きよう。怖いわ。
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