恋人未満、スキャンダル以上ーーこれは恋じゃない。ホラーです。

さくらしゅう

【第一部】好きが噂になる前に。

序章 春の隙間、揺らぐ風

第1話・噂になる前

 この頃の私は、まだ何も知らない。まさかあんな出来事が、この先私を待っているなんて想像すらしていなかったーー。





 季節は春。

 顔を見せていた芽が花開き、生き生きと世界を彩り始める時期。椿小晴つばきこはるは、今日から大学2年生になる。サークルにバイト、友人とのんびりと過ごしていた長期休みが終わり、慌ただしい日常が戻ってくる。今は、新しい履修計画表と睨めっこしながら、自分の取るべき講義を吟味している最中だった。


「こは~」


 名前を呼ばれ顔を挙げる。数メートル先で友人の結城朱音ゆうきあかねが手を振っていた。


「朱音ちゃん」


 小晴も彼女の名前を呼んで手を振り返した。

 テーブルまで来た朱音は、「よいしょ」と小晴のちょうど真向いの席に座った。A4サイズのトートバッグをドサッと空いた席に置く。


「この後、サークル寄る?」


 早速朱音は、小晴にこの後の予定を聞いた。


「うーん。どうしようかな」


 まだ小晴は行くかどうかを決めかねていた。


「新入生、今年もいっぱいくるかなあ」

「来てくれたら嬉しいね」


 小晴が控えめに笑みをこぼした。


「陽くんたち行くみたいだよ」


 同じサークルに所属する成瀬陽介なるせようすけは、小晴や朱音と同じ学部学科の同級生でもある。


「そうなんだ。うーん。どうしよう。陽ちゃん、もう履修決まったのかな」


 朱音の言葉に、また小晴の中で迷いが生じる。


「呼んでみる?」

「あ、いいね。今年もみんなで受けたいなあ」

「怜央といるって今。こっちくるってよ」

「わーい。やったね」


 如月玲央きさらぎれおもまた、同じサークルの仲間だ。

 陽介とは入学時からの仲良し組だが、怜央は陽介の高校時代の友人で、彼の紹介によって知り合った。玲央だけ所属学部が違い、法学部法律学科の学生だ。

 同じ映像系メディアサークル(通称メディサー)に入ったことで、小晴、朱音、陽介、玲央の4人は仲良くなった。


「あ、いた~」


 先ほどの朱音と同様、離れた場所から二人の男子学生が一直線にこちらに歩いてくる。そのうちの一人が大きく手を振っていた。


「陽ちゃん!」


 小晴も気心が知れた相手に笑顔を向けながら手を振った。椅子を陣取っていた荷物を下ろし、自身の足元にバッグを移動する。


「久しぶり。元気してた?」

「サークルで会ってた以来だもんね。1,2週間ぶり?」

 

笑顔を浮かべて、陽介は席に着いた。


「うん。そのくらい振り。怜央くんも元気してた?」

「うん。元気だったよ」

「そっか」


 ふふ、と小晴も柔らかく笑う。


「二人とももう単位どれ取るのか決めたの?」

「ううん、まだかな」

「さっき紙もらったばっかだし」


 朱音の問いかけに、陽介と怜央が弱った顔で首を振る。


「そっちって2年どんな感じなんだっけ?」


 朱音は、1人だけ所属がちがう玲央に聞いた。


「エグイらしいって噂。みんな2年は覚悟しとけって言われてたし」


 というわりに、玲央の表情はどこか涼しげだ。


「うっわ。大変そ~」


 朱音はリアクションよく顔を歪めた。


「でも心理も大変なんじゃなかったっけ? 去年の心理の先輩たち半年くらいレポート課題しか言ってなかった時期あるじゃん」

「「「まあね」」」


 三人の声が重なった。


「そういう話だよね」

「私はまだあんまりよく分かってないけど」

「もう今から嫌だよ、私は~」


 絶望に満ちた顔で嘆いた朱音に、みんなそれぞれが笑う。


「今年もみんなで楽しくやりたいなあ。忙しくなるんだろうけどさ」


 ぼそっと、小晴は独り言みたいに呟いた。

 進級して2年生になった初日、履修説明会所謂ガイダンスを終えた彼らの午後は、麗らかに過ぎていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る