確率操作のギャンブル中毒(ジャンキー)〜ダンジョン配信で物理法則をバグらせる〜
徘徊
第一話 ギャン中に誇りなどない
『じゃあ今日の配信はここまでっ!ばいなな〜』
パソコンから、人気ダンジョン配信者『ナナミ』の声が響く。
:ばいなな〜
:ばいなな〜
:ななちゃん、ゆっくり休んでね
:次の配信も楽しみ〜!
それと共に、数えきれないほどのコメントが画面上に流れて、やがて配信の画面がブラックアウトした。
ディスプレイの光のみで照らされていたカケルの部屋も同時に暗くなる。カーテンを締め切った窓の外ではいつの間にかもう日が沈んでいて、暗闇がカケルを包んでいた。
暗い部屋で一人、カケルはため息をついた。
幼馴染のナナミは登録者数百万人に迫る勢いの人気ダンジョン配信者。配信をすれば呼吸するかのような当然さで一万人を集める、話題の配信者だ。
かたやカケルは手持ちのスマホで配信をする登録者数三十人の零細配信者。しかも三十人の内の十人前後はカケルの大学時代の友人達という有様だった。
カケルは舌打ちをして、デスクに置かれた三つのサイコロを手に取ると自身のスキルを発動した。
――スキル『確率操作』。
その瞬間、カケルは耳鳴りを感じた。脳裏のスクリーンに一瞬だけ、これから出す自分のサイコロの目がフラッシュする。二、二、四の出目が四。強くも弱くもない出目だ。
カケルの手から離れた三つのサイコロがクルクルと回転して、机の上で止まる。結果は二、二、四。
配信映えしない、地味な能力だと感じていた。カケルはテーブルのサイコロを回収した。三つとも一が下を向くように、それでいてそれを悟られないような、無駄のない手つきで向きを揃える。
もう何度も練習をした方法でサイコロを振れば、その三つのサイコロは赤い一つ星を真上に見せるように着地して、いわゆるピンゾロを示した。
自らの技術より弱く地味なスキルの結果に、カケルはふっと気が抜けたように息を漏らした。
ピコーン。
その時、デスクの上に置いていたスマホから通知音が鳴る。メールが届いたようだった。
そのメールを開けば、最近世話になっているブックメーカーから賭場の開催を知らせるメールだった。一時間後、新宿ダンジョンの三階層、安全地帯での賭場の開催を告げている。
「最近、開催のメール遅くねぇか?仕事しろってんだよな」
カケルはそう毒づくと、自分の財布の中身を思い出して、今日何度目かのため息をついた。この前、お米を買ったせいで、中身は寂しくなっているはずだ。行くしかない。最近やりすぎている自覚があるカケルはチッと舌打ちを一つ鳴らした。
カケルはジャケットを羽織ると、お守りを持つように三つのサイコロをポケットに突っ込んだ。もはや無意識の動作だった。ダンジョンに向かうので、玄関横に立てかけてある黒い血痕の残る歪んだ鉄パイプを引っ掴む。サンダルを引っ掛け、賭場の開始に間に合わせる為に、自宅の玄関を飛び出した。
★
「さぁさぁ!はったはった!どちらに張るかぁ、お決めなすってぇ」
カケルは新宿の街を鉄パイプを持ったままダッシュ――職務質問を受けてからは速歩きで――駆け抜け、新宿ダンジョン三階の賭場に来ていた。来てから座っているゲームはダンジョンダイス。三つのサイコロの目を当てるゲームだ。
カケルはここまで睨まれるのを避けるために、スキルを小出しで使いながら小さく張って適度に負けてきた。
賭ける楽しみを噛み締めながら、お米分くらいは回収したカケル。ここに来る時にはピンゾロは狙わずにいようと思っていた。だがカケルは欲望に屈していた。
今日の晩御飯にもう一品おかずをつけられて、明日もお馬さんに行ける程度の金が欲しい。そろそろ勝負どころが回って来ないかと思っていたカケルの首元に、都合よくピリッと稲妻のような直感が走った。
ここか。
自らの
カケルは顔から手を離すと、無言でピンゾロのマスへ、今日のチップの全額を押しやる。
金額で言えば五万円程だが、高倍率のピンゾロへ、手持ちのチップの全てを張ったバカの出現。それを見て周囲がざわつき、ディーラーは顔を引き攣らせた。
文句なし最高倍率のピンゾロ。カケルはピンゾロを、そしてピンゾロで勝つ自分を愛していた。
「さぁようござんすか、ようござんすね。お控えなすってぇ、しめまさぁ、しめまさぁ」
ディーラーがツボにダイスを入れて激しく振ってから、カツン!と音を立てて机に置いた。カケルは頬のニヤつきを抑えることができなかった。ディーラーがダイスを振った音が今までより多かった気がする。偶に失敗する事すらあるカケルの『確率操作』だったが、ここまで冷静に勝負を見れている時に負ける経験は、カケルには久しくなかった。
「勝負は、定まりました」
今までは入っていなかった、口上に流れる少しの隙間。カケルの見る限り、ディーラーもこのツボの中身がピンゾロである事を感じているようだった。
「異を唱える者、なきよう。……ツボ、開けさせていただきます」
ディーラーがその右手を振るわせながら開けた中身は赤い星が三つ。うおお、と怒号のような歓声が湧き、カケルよりもカケルの周囲に座る客が騒ぎ始める。
ディーラーは肩を落としていて、きっとこのゲームが始まる前よりも体積が小さくなっているだろう。百七十倍のオッズの的中は、賭場に衝撃を走らせるには十分な出来事だった。
周囲がカケルの肩を叩き、ディーラーが悔しそうにカケルの事を見つめる中、バニーの格好をした綺麗な女性がカケルに一枚のカードを渡してくる。
その電子制御されたカードにはカケルの持つチップが記録されていて、チップの量が多い者にはカードが配られるシステムになっていた。あとはこれを出入り口で換金するだけ。
『これで明日はスキルが通用しないお馬さんで遊ぶぞっ』
生粋のギャンブル中毒者であるカケルは、そう考えながら立ち上がり、ホクホク顔でテーブルを後にした。まだ盛り上がる周囲と、カケルを見つめる運営の人間には目もくれずに。
カケルは賭場をぐるっと一回りしてから、勝ち分が記録されたカードをポケットにしまい、おもむろに出口へ向かって歩き出した。
その出口の手前、ちょうど明かりに照らされた賭場から、ダンジョンへと変わる、そんな光の境界線を越えようとした瞬間、カケルの行く手を遮る影があった。
明らかに堅気ではなさそうな男が、いつの間にかカケルの目の前に立っている。男はスーツを着崩し、顔の側面に走る古傷は薄暗いランプの光を反射していた。目線の高さにあるその分厚い首筋には、首輪のように見えるほど太いゴールドチェーンが光っている。
カケルは足を止め、面倒くさそうに溜息をついた。
賭場を出るタイミングでこうして声を掛けられるという、普通では無さそうなイベントの経験が、カケルにはこれまでに何度もあった。普段のカケルの勝ち方からすれば、金の無心なんか日常だった。
しかし男のまとっている無言の圧力、そして周囲が彼らを遠巻きにする、一瞬の沈黙。少なくとも金の無心では無いだろう。と、なれば用件は。
そこまで考えて、カケルは頭の中で舌打ちをした。
「よぉ、都幕カケルさん。ちょっとよろしいでしょーか?」
「いや、忙しい。明日走るお馬さんの事で頭がいっぱいなんだ。またの機会にしてくれるか」
「では手短に済ませましょう」
カケルは舌打ちをしながら内心で、都合を伺う気がないなら、最初から聞くんじゃねぇ、と毒づく。
「あんた、自分がどんな状況か、わかってるのか?」
丁寧さを捨てて、脅すような、地を這うような声でカケルに問いかける目の前の男。カケルは右斜め上の何も無い空間を見ながら、いけしゃあしゃあと答える。
「幸運にもピンゾロを引き当てた所、嫉妬した乞食に金を集られてる所かな」
男は首を振って、ゆっくりと言い含めるようにカケルに言い聞かす。
「違う。もう五十回以上もだ。来る度に、何度も。手持ち全ベッドのピンゾロを的中させて、累計で四億以上の勝ちを積み上げたんだ、あんたは。そしてついに今日、賭場からイカサマを認定された所だ」
苦々しそうに言い切る男を見て、自分の知らない何かを掴まれてる訳では無さそうだな、と少し安心するカケル。
「イカサマだなんて、証拠でもあるのか?」
そう返したカケルに男は口に残る苦々しさを噛み潰すように答える。
「不正の瞬間は検知できなかった。ただAIによる不正判定99.9%だ。人間ではあり得ねえ現象だとよ。てめぇ、どんなスキル使ってやがんだ」
カケルは首をすくめ、口をへの字にすくめながら白々しく答えた。
「言いがかりはよせよ。そんなスキル聞いた事もないぞ。不正をしている、と言うのなら、不正をした証拠と一緒に話してくれ」
「あぁ、賭場としてはあり得ないことだ。不正の証拠もなく、客に不正だと言うなんてな。だが、あんたが相手なら話は変わってくるんだよ、カケルさん。あんた、都内中の賭場でピンゾロ的中させすぎて、出禁喰らってるだろ?」
都内中の賭場から出禁。それは反論のしようのない事実だった。最初の出禁は相手が魔素感知機まで引っ張り出してきて、スキルを使ったと
男のその言葉を聞いたカケルは、確率操作の他にもう一つ所持している、切り札とも言えるスキル、身体能力強化を発動した。
十五歳、法律でダンジョンへの侵入が許可されている、最短の年齢でスキルとして取得してから地道に磨き上げてきた、カケルを支えるスキルだ。
身体能力強化を発動したカケルの身体は素早く、流れるように滑らかに跪き、こうべを垂れ蹲った。土下座の姿勢だ。
「出禁だけは勘弁してくれませんか」
なんの躊躇もなく、流れるように土下座したカケルを呆れたように見ている男は、ゆっくり、静かに首を横に振った。
***
読んでくださってありがとうございます。
新連載を開始しました。
楽しんで読んで頂ければと思います。
末長くよろしくお願いします。
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