一日で始まって終わる恋愛事情

鍵谷端哉

第1話

「頼む! 恒一、付き合ってくれ!」

「そんな趣味はない」

「あー、違う違う。好きだから付き合いたいって話」


 ブツ。

 ツーツーツーツー。


 しまった。

 キモくて思わず切ってしまった。


 なんて思っていると、再び亮介から電話がかかってくる。


「すまん。説明が足りてなかった。告白するのを手伝ってくれ」

「……まだ全然説明が足りてないぞ」

「あー、そうだな。最初から話すか。俺には陽菜っていう幼馴染がいるんだ」

「そういうのはイマジナリーフレンドっていうんだぞ」

「ちゃんと存在するよ!」

「嘘つけ。3年、ずーっとお前といたけど、そんな存在は一度も見たことなかったぞ」

「いやー。実はさ」


 3年前。

 つまりは中学3年のとき、亮介の幼馴染はカナダに留学に行ったらしい。

 亮介とは高校で会ったわけだから、オレが知らなくても無理はない。

 

 で、その陽菜って子が、留学を終えて日本に戻ってくることになったという話だった。



 * * *



 空はどんよりと曇り、1月なのに妙に生暖かい感じがした。

 それはまるで、今回の旅行の不穏を告げているようにさえ思える。


 亮介からの電話があってから1週間後。

 オレと亮介はハチ公前に立っている。


「……なんでこんなところで待ち合わせなんだ?」

「え? 渋谷で待ち合わせって言えば、ハチ公前だろ?」

「いや、そうじゃなくて、なんでわざわざ、『東京』にまで来る必要があるんだ? 地元で会えばいいだろ」

「陽菜が東京観光したいって言うからさ」

「そんな気軽に来れる距離じゃないだろ。飛行機まで乗ってさ」

「まあ、いいじゃん。どのみち、家を探しに来なきゃならなかったんだし」

「そりゃ、そうだけどさ……」


 オレと亮介は4月から東京の大学に通うことになっている。

 だから、今回の観光は住む場所を探すという名目で、親に旅費を出してもらった。

 ただ、今回の1泊2日の時間は、ほとんどを観光に時間を割いているのだが。


「やっほー! 亮介ー!」


 亮介と話していると、突如、軽いノリの声が聞こえてきた。

 視線を向けると、そこにはショートカットの、いかにも体育会系っぽい感じの女の子が立っていた。


「あ、陽菜!」

「えへへ。3年ぶり。てか、亮介、おっきくなったね」

「陽菜こそ随分と育ったな」

「へ? そうかな? 1㎝くらいしか伸びてないけど」

「いや、胸が……ぐふぅ!」


 陽菜という子に腹パンを食らい、崩れ落ちる亮介。

 

 うむ。自業自得だ。


「ったく。スケベなのは変わらないんだから」


 腕組をしながら鼻息を荒く吐く。


「―――――――」


 そんな陽菜の陰からスッと女の子が顔を出した。


 ドン!

 いや、ズバーン! か。

 ズドーン! かな。


 とにかく、オレの頭から雷が落ちたような衝撃が走る。


 たぶん、一目惚れというものだろう。

 

「あれ? 誰、その子?」


 恋の雷に痺れ、動けないままのオレの代わりに、亮介が腹を抑えながら呟くように陽菜に問いかけた。

 

「ミラだよ。あっちでできた友達」


 紹介されたミラは、陽菜の後ろに隠れたまま顔をひょっこりと出して、ペコリとお辞儀をする。


「ミレナ・テイラー、――――――」


 ミレナ・テイラー。

 名前だけは何とか聞き取れた。というか聞き取った。

 それ以外は全くわからなかったが、たぶん、フランス語っぽい。


 ミラというのはおそらく、愛称なのだろう。


「日本に帰るって言ったら、私も行くって言って聞かなくって」


 はははと笑いながら陽菜がそう言うと、ミラは陽菜の背中の後ろに隠れてしまった。


「ふーん。日本に興味があるとかか?」

「興味があるって言うか、4月からこっちの大学に通うからね」


 何気ない亮介と陽菜のやりとりだったが、動けないオレにとってはさらなる追撃だった。


 え? マジで?

 こっちってことは日本の大学ってことだよな?

 ってことは、また会えるってことか?


「よし! じゃあ、俺が考えた完璧なデート……じゃなかった、観光コースに出発する――」

「私、服買いたい」


 1週間かけてオレと亮介が作り上げた『告白大作戦』の第一歩目をいきなり引っかけて転ばせてくる陽菜。


「……いやいや。服なんていつでも帰るだろ。それよりもっと雰囲気のいい場所があるんだって」

「てか、あんたの格好、ヤバ気じゃない? 一緒に歩くの恥ずかしいんだけど」

「なっ!?」


 愕然とする亮介。

 

 あー、うん。そりゃな。

 正直、オレも一緒にいて、恥ずかった。

 ……だから言ったじゃん。

 タキシードなんてやめろって。しかも白なんて。


「お、お前だって、その恰好は変だ! ダサい! ダサダサだ!」


 ……亮介。それ、完璧に負け犬の遠吠えになってるぞ。

 陽菜はちょっと厚着っぽいが、別に普通の格好だぞ。


「はあ!? 言ったわね! じゃあ、コーディネート勝負する?」

「おお! 乗ってやるぜ!」

「じゃあ、2時間後にここに集合ね」

「よっしゃ! いくぜ! ゴー!」


 掛け声に合わせて、亮介と陽菜が別々の方向へ走っていく。


 ……告白したいのに、喧嘩してどうする。


「――――――」


 そのとき、オレの横から、小さな声のフランス語が聞こえてくる。


「あっ!」


 そう。

 亮介と陽菜がいなくなったということは――。


 オレとミラがその場に取り残されたということだ。


 とりあえず、オレは頭に浮かんだ(たぶん)フランス語を口にする。


「ボ、ボンジョル……ノ?」


 するとミラは不思議そうな表情をして首を傾げる。


 これがオレとミラが交わした初めての会話になったのだった。

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