人間だから血は飲めないんですよ!
@Ao0_from
第1話
「篠崎(しのざき)ひなた。私、桐生(きりゅう)聖良(せいら)の名において、貴女に告げる」
いつもと変わらない放課後。下校の準備で賑わう教室。
騒がしくカバンを肩にかけていた生徒たちの視線が、一斉に教壇へと向けられる。 その眼差しに込められているのは、敬意や憧れといった感情。
それもそのはず。先日、全校生徒を対象に行われた『肩を噛ませてほしい先輩』投票で、圧倒的1位を記録した桐生聖良先輩が……!(※候補登録は当事者の強い意志で行われた)
「どうか、私の血を飲んでほしい」
私に血の誓いを立てているからだ!!
ヴァンパイア社会において、己の血を飲んでくれという願いは、即ち「生涯の伴侶になってほしい」という意味に等しい。 決して栄養分として分解されることのない同族の血を吸うことで愛を確認し、濃い血の刻印を残す。人間社会で言うところの婚姻誓約!(ただし離婚は不可能)
聖良先輩の片膝が床につくと、教室のざわめきは一層激しくなった。 いくらヴァンパイアとはいえ、成人もしていない者が大衆の前で血の誓いをするなど、稀というより、前代未聞の出来事だったからだ!
「さあ、早く私の肩を噛んでくれ。ひなた」
絶対に断られるはずがないという、自信に満ち溢れた態度。
でも、先輩……。私はですね……。
『人間』なんですよ?!
「あの……」
ヴァンパイアの血は、単に体内を循環する物質としての液体ではない。 古くから人間たちの間では、不老長寿の『霊薬』と見なされてきたもの。 ゆえに、すべてのヴァンパイアは生まれたと同時に予防接種を受ける。
同族ではない存在が自分たちの血を飲めば、即座に苦しみながら死に至るという……恐ろしい毒性を血に注入するのだ。
「もし、私が断るかもしれないとは考えなかったんですか……?」
「ん? 悪いが、君が人間でもない限り、私の血を飲むのを拒む理由はないはずだ」
完全に図星を突いている……!! なんだ、その自信は!
その時、ふと不気味な考えが頭をよぎった。
まさかこの先輩、私の正体を知っていて……わざと試しているんじゃないだろうか?
いや、そんなはずはない。私がヴァンパイアの体力テストで、最低測定基準に到達するためにどれほど努力したか……! シャトルラン200回、柔軟性40センチ、握力50キロが、普通の人間にとってどれほど高い壁だと思っているんだ!
あれほど努力したのに……どこかで人間らしさが漏れてしまったのだろうか?
もし事実なら、ここでこれ以上逃げるのは、かえって「私は人間です」と宣伝しているようなものだ。
かといって、血を飲むわけにもいかない。間違いなく、どちらを選んでも死ぬ。 ヴァンパイアたちは人間の血液をランチに持ってくる連中なんだぞ!!(これまではザクロジュースを装って誤魔化してきた) 私が人間だとバレれば、間違いなく干からびた乾物のような末路を辿るに違いない……。
「精製された方がいいなら、グラスに注いであげよう」
「生絞りジューサーの擬人化みたいなこと言わないでもらえますか?!」
いっそ拒絶して、「タイプじゃありません」と振ってしまえば済む話だが、あいにく相手は聖良先輩なので簡単にはいかなかった。 ヴァンパイアは人間に似ているが、人間ではない。ゆえに、本能的かつ盲目的な思考回路に従う。
優越的な個体が自分に求愛してきているのに断るのは、1等当選の宝くじを道端に捨てるのと同じくらい非論理的な行動だ。 きっと理解してもらえないだろう。そうして私が同族でないことがバレでもしたら……。その先は、想像もしたくなかった。
「先輩、実は私……」
だが、状況を打開する方法がたった一つだけあった。
「『婚約』している相手が、別にいまして」
『婚約』。 稀ではあるが、一部のヴァンパイア家門同士は、群れの結束のために子供が5歳になる頃、あらかじめ式を挙げて婚約を結ぶことがある。 本人の意思は完全に排除され、家門の意向に従わなければならないという点で禁忌のようにも扱われているが……。
これなら、確実に引き下がる理由になる!
「……待て。婚約だと?」
意気揚々としていた聖良先輩の顔が曇る。無理もない。 私は人間だからよく知らないが、ヴァンパイアにとって配偶者を選ぶことは、何よりも重要視される価値。 それゆえ、愛する者に血の刻印を残すことは、誰もが命を懸けてでも成し遂げたい悲願なのだ。
本当に、命を懸けて。
そんなものを家門の都合で勝手に決めてしまうなど、この世にこれ以上の悪習はないだろう。
「そうか……。そんな家門がまだ残っているとは聞いていたが」
「ですから、私は先輩の血を飲むことはできません」
「確かにそうだな。相手は誰だ?」
……え? 相手ですか?
「婚約で結ばれたヴァンパイアは、互いに一定の距離以上離れられない呪いにかかると聞く。ならば、少なくとも相手はこの学校の生徒のはずだ」
「……そ、その通りです」
「言え。跡形もなく消してやろう。そうすれば君は自由の身だ。その時は私を選べばいい」
どうして話がそっちに転がるんですか?!
ヴァンパイアが刻印のために手段を選ばないというのは、文字通り「どんなことでもする」という意味だ。
つまり今、私のために……私と結ばれている相手を殺すと?! そもそも存在しない相手なのに……。
「いえ……それは少し困る……」
「君もヴァンパイアなら、どんな手を使ってでも好きな人と刻印を刻みたいはずだ。その悲願、私が叶えてやると言っているのだが、何か問題か?」
その『ヴァンパイアなら』という前提がそもそも間違ってるんですよ! 他人の命を勝手に愛より価値の低いものとして扱わないでもらえますか?!
そもそも、婚約が壊れたら自分を選んでくれるという仮定からして歪んでるじゃないか!
「君の手には血の一滴も飛ばないように処理するから……」
今から私の口から名前が出る人は必ず死ぬ……! えーと……と濁せば、「え」から始まる名前の人間を片っ端から始末しようとするかもしれない……。
だが、一般的であれば、私も自由になりたくてたまらないラブコメ狂いになっていなければならない。誰かを死なせることに躊躇(ためら)いを感じないほどに。
どうすれば……。
「私です」
「そうか。自ら名乗り出るとは、いい度胸だ」
ガタッ、と椅子を引く音が聞こえ、誰かが背後から歩み寄ってきた。
この声は、まさか……。
どうか違ってくれと願いながら振り返ると、いつの間にか見慣れた涼やかな銀髪が私の頬をかすめていた。
葉月(はづき)凛(りん)。
1学期の初めから欠かさず全校1位を維持してきた学年首席であり……。
『私が人間だと知っている唯一のヴァンパイア』
……でも、急になんで?!
だが、深く考える暇はなかった。 凛が名乗り出るやいなや、聖良先輩は目をぎらつかせ、制服のポケットに差してあった狩猟用のナイフを取り出したのだ。
『ダメ……!』
刃は凛の首筋をそのままかすめ……る直前で止まった。 凛に掴まれた先輩の手首は、力を入れている証拠に微かに震えていた。
「待ってください! 先輩、やめて……!」
「じっとしていろ。すぐに自由の身にして、刻印できるようにしてやるから……」
「やめろって言ってるでしょ!!!」
私は壁に立てかけられていた箒(ほうき)を手に取り、ありったけの力で先輩の頭を叩いた。
パカッ。かなり痛そうな音がしたが、たかが人間が振るった箒に当たったくらいで、ヴァンパイアが痛がるはずもなかった。
それでも私に叩かれたのが相当ショックだったのか、先輩は手に握っていたナイフをポロッと落とした。
そして、私は本当に腹が立っていたのだ。
「何なんですか本当に! 勝手に来てプロポーズしたり、当然私が受け入れるかのように振る舞ったり。もう……」
私は平然とした顔で立って、にこりと微笑む葉月凛を見つめた。 図らずも私の婚約者になってしまった、昨日の友人を!
凛はいい子だからきっと、私が困っているのを見て助け舟を出してくれたのだろうけれど……。
『それでも、これは危険すぎた』
下手をすれば、本当に一瞬で頭と胴体が泣き別れになるところだったじゃないか。
「……私の婚約者を殺そうとするんですか?」
「何を言っているんだ、ひなた。それは望んで結ばれた婚約では……」
「望んでいるかどうかは、私が決めます。先輩が勝手に首を突っ込むことじゃありません」
婚約の当事者は、暗に婚約相手が『死んでくれること』を望むものだ。それだけ自由への渇望が大きいから。
だから、直接殺せなくても、誰かが殺すのを止めるのは、一般的には理解しがたい行動……!
つまり、これを筋が通るようにするには……。
「私は本気で、こいつと結婚したいと思ってるんですから!!!」
無理を通すしかない。
単に婚約相手が望まぬ相手だから問題が起きるのなら、婚約相手を心から望んでいることにすればいい!
凛の意思は全く反映されていない選択だが……理解してくれるはずだ。
「だから、もう私に話しかけないでください」
二度と近づくなという保険までかけて、私はわざと肩で風を切るように教室を飛び出した。 私が去った後、また凛を殺そうとするのではないかと不安だったが……ここまで言えば、これ以上暴れることはないだろう。
校門を出てから、私はようやくこらえていた溜息をつき、頭を抱えた。
全く、ヴァンパイアってやつらは!! 本当に……こんなことになると分かっていたら……。
「絶対に、あんな願い事しなかったのに……」
***
篠崎ひなたが教室を去り、ほとんどの生徒が場を離れた教室の空気は、冷え切っていた。
失恋の痛みに打ちひしがれた桐生聖良は、そのまま机に突っ伏して絶望していた。
葉月凛はその姿を静かに見守り、一言ぽつりと呟いた。
「他人の婚約者を奪おうとするから、こんな目に遭うんですよ」
その言葉に聖良は、凛を殺さんばかりに睨みつけたが、さっきのようにナイフを抜くことはできなかった。
篠崎ひなたが本当に好きな相手は、自分ではなく、目の前の後輩なのだと知ってしまったから。
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