ヒトハナレ
aki
第1話 空
校舎の窓から見える木を、ずっと見ていた。意識ってなんだろう。感情ってなんだろう。あの木にはそんなものないよな。僕ら人間は、それがあるから沢山のことを考える。そのほとんどが、余計だ。時々なければいいのにと思う。理由はないけど、命があるってことを自覚すると、空っぽになるんだ。だけど、あの木は僕にないものが欲しいのかもしれない。僕が、感情に則っとらずに生きられる動物に憧れるみたいに。でも、そうか、そんなこと思うはずもないし、人間だけか。
「熟井、熟井?プリント…最近多いよ。」
いつの間にか、前の生徒が苦い顔して振り向いていた。僕は目を伏せるようにしてプリントを受け取り、頷いた。こんな風だ、友達じゃない。赤の他人。ここいる全員がそう。繋がっていると思える人間など、ここにはいない。目の前にいるこいつにだって、僕はなんでもないから、少しくらい変な態度をとっても、裏で悪態を突かれるくらいで済むんだ。
「来週もテストか。試験範囲…あっ。」
配られたプリントを見て、小テストが近々あると知り、教科書に手を伸ばした。体に染みついたルーティンだ。それと同時、不注意で今目を通していたプリントが手の甲に弾かれ、ゆっくりと地面に落ち、前の方の床に滑っていった。数人が自分の横に滑って来るそれに気づいて、顔半分を後ろに向けるが、落とした本人を見て、我知らぬと前を向く。別にいじめられてるわけじゃない。悪意があってそうしてるわけじゃない。知っていた。ただただ無関心で、わざわざ関わろうとしていないだけだ。
僕は体を動かそうと尻を半分椅子に付けた状態からプリントを取りに行こうとしたが、なぜかその瞬間、僕の中で何かが切れてしまった。落ちたプリントなんてどうでもよくなって、ごみに成って消えてしまえと思った。身を乗り出すのを止め、シャーペンに力を入れ、へし折ろうとした。自分が何を考えているのかも解らなくなった。
「熟井?何やってんの?どうかした?」
さっきプリントを渡した生徒が、いつまで経ってもプリントを取りにいかない僕に違和感を覚えたのか、その場まで行ってプリントを拾い上げてきて、怪訝な顔で僕の机に置いた。
「いや、ボーっとしてた。どうも。」
僕は取り繕い、平然な顔をしながらプリントをねじ込むようにしてカバンに仕舞って、突っ込んだままにした。きっと僕は変人だ。口を結んだ顔をし続けながら前を向くそいつの顔が、頭に焼き付いた。気づかれないよう、僕はなるべく音も立てず、カバンにしまったプリントを丸め潰した。
下校中も空虚な気分のまま、帰路を歩いた。影が僕に沿って動く分、僕は僕を考えなくちゃいけない。死を連想するほど思い詰めちゃいないが、どうしてこうも意味がないんだ。意味がないことに意味を与え、生きることに生きなきゃいけない。いっそ影が伸びきって、僕じゃなくなればいいのに。そう思った。
「は?」
ありえないことを考え始めていると、ありえないことが起きた。自分が思ったように自分の影が伸び続け、引っ張られるように無意識に体が前に進んだ。普段行きもしない草むらに入って行き、それを抜けていった。きっと歩道の反対側にでも出ると思っていたけど、知らない通りに出ていた。
「ラッキー!ハッピー!なんでもできちゃう!満たしてくれるものはここに!」
その通りは住宅街で、一件おかしな所はなかったが、雰囲気と全くそぐわないハイカラな自販機がポツリと置かれていて、質の悪い録音音声が常に何かを促進していた。
「なんだよ、気持ち悪いな。「意識の薬」?」
あまりに目立ちすぎるその自販機に僕は意識を向けられ、ラインナップを見た。商品は一点しかなく、意識の薬というラベルが貼られたじょうろの形をした何かだった。値段は千円。きっと子供だましの、下らないグッズに違いない。服が透ける眼鏡やら、探偵になれる録音機やら、鼻で笑ってしまうにも満たないものだ。まじまじと見つめても、怪しい点ばかりが目立つ。
なのに、僕は財布に手を伸ばし、千円札を指で挟んでいた。何を期待すると言う?何が変わるって言う?多分、そんな自暴自棄な感情で、一周回ってくだらない事をやってみたくなったんだろう。それにしたって、こんなものに金を払うなんて本当につまらない。そんな思考が着地する前に、固い音を立てて商品は購入が決定され、取り出し口に落ちていた。
「はあ…一丁前に説明書まで付けて。「この中の薬をモノに与え、言葉と感情を教えれば、どんなものだって意識を持ちます。人じゃないパートナーにどうぞ。」?」
じょうろに張り付けられた説明書を剥がし広げてみると、簡単な工程を描いた絵が添えられ、気が狂ったとしか思えない説明が綴られていた。絵では木にじょうろから水を与えており、その次の絵を示す矢印の先では、木が落書きで笑っていた。
「いいから帰ろう。無駄な荷物ができてしまった。」
僕は我に返り、帰ることにした。意味の無いことに時間を使っている自分を認知し始めると、苦しくなるばかりだ。来た草むらを突き進んでいくと、問題なく元の位置に戻っていた。でも、ここからでは自分の帰って来た方の住宅は見えなかった。確か帰る前は、あちらからこちらの歩道が見えたのだけれど。
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