『推しがイケメンの年下バ美肉 Vtuberだった件について!?』

@yuukiakiya

第1話

タイトル:推しがイケメンの年下バ美肉 Vtuberだった件について!?

第1章:推しへのDMは、深夜のテンションで送るな

 世界は残酷で、理不尽で、どうしようもなくクソだ。

 そんなことは、高校三年生の受験生になれば嫌でも思い知らされる。

 模試の判定はE。志望校の偏差値にはエベレスト登頂なみの高低差があり、担任からは「志望校を変えろ」と三者面談で詰められたばかり。

 教室を見渡せば、推薦が決まった勝ち組どもが余裕の表情で談笑し、リア充たちは「クリスマスどうする?」なんていう、受験生にとっては宣戦布告に等しい会話を繰り広げている。

 息をするだけでストレスが肺に溜まる、灰色の日常。

 けれど、私――相田愛花(あいだあいか)には、この地獄を生き抜くための「酸素」があった。

 時刻は深夜一時。

 家族が寝静まった静寂の中、私は勉強机に向かうふりをして、スマホの画面に齧り付いていた。

 有線のイヤホンを耳に押し込み、外界のノイズを完全に遮断する。

 画面の中で動いているのは、白銀の髪に、宝石のような紅い瞳を持つ、二次元の美少女。

『――えへへ。みんな、今日もお疲れ様っ! マシロの配信に来てくれてありがとねー!』

 鼓膜を優しく撫でるような、甘く、透き通った声。

 Live2Dで滑らかに動くその姿は、現実に存在するどんな女子よりも可愛く、どんなアイドルよりも尊い。

「……あぁ、マシロちゃん。今日も世界一可愛いよ……ッ!」

 私は声にならない悲鳴を上げながら、コメント欄に指を走らせた。

 

 【今日のマシロちゃんも銀河一かわいい!!! 生きててよかった!!!】

 送信ボタンを押すと同時に、画面の中の彼女――個人勢Vtuber『白雪(しらゆき)マシロ』が、ふわりと微笑む。

 登録者数は急上昇中の五万人。妹系Vtuberとして界隈を席巻している、今もっとも熱い「推し」だ。

『あ、愛花お姉ちゃん! コメントありがとー! 銀河一とか照れるなぁ。でも、そう言ってもらえて嬉しいっ。愛花お姉ちゃんも、今日一日えらかったね? よしよしっ』

 バイノーラルマイク越しに囁かれた「よしよし」が、脳髄を直撃する。

 脊髄に電気が走り、日中の模試で負った心の傷が、瞬く間に修復されていくのを感じた。

 これだ。これがなきゃ、私は生きていけない。

 

 私は相田愛花。どこにでもいる平凡な女子高生。

 学校では「真面目で目立たない図書委員」あたりを演じているが、その実態は、三度の飯より美少女を愛する、生粋のオタクである。

 ただし、百合が好きとかそういう高尚なものではない。

 ただただ、汚れのない「可愛い女の子」が、懸命に生きている姿を愛でたい。守りたい。養いたい。

 現実の男子? 興味なし。汗臭いし、声はデカいし、デリカシーはないし、総じて解像度が低い。

 私にとっての真実は、液晶の向こう側にある。

『それじゃあ今日は、マシュマロ読んでいくねー。「マシロちゃんは彼氏いないんですか?」……もう、またそんなこと聞くの? いるわけないじゃーん! マシロの恋人は、リスナーのみんなだけだよ?』

「うぐっ……尊すぎて無理……」

 あざとい。計算し尽くされたあざとさだ。だが、それがいい。

 マシロちゃんは「妹系」というロールプレイを完璧にこなしている。中の人(魂)などいない。そこにいるのは、純白の概念としての「白雪マシロ」だけだ。

 そのプロ意識の高さに、私は毎回、財布の紐を緩めざるを得ない。

 私は迷わず、右下の「¥」マークをタップした。

 なけなしの小遣いと、バイト代の残りを計算する。……今月は参考書を買わなきゃいけないからピンチだが、知ったことか。

 魂の救済に、対価を支払うのは義務だ。

 【¥5,000 実質無料です。マシロちゃんの喉を潤すお水代にしてください】

 赤スパ(高額投げ銭)が画面を流れる。

『わわっ! 愛花お姉ちゃん、赤スパありがとー!! 無理しないでね? でも、その気持ちですっごく元気出た! 大好きだよっ!』

 画面の中で、マシロちゃんが私のアイコンに向けて投げキッスをする。

 その瞬間、私の世界は色を取り戻した。

 偏差値42の絶望も、担任の小言も、すべてが光の中に消えていく。

 あぁ、神様。

 この子の笑顔を守れるなら、私は喜んで修羅の道を行こう。

 ――しかし。

 楽しい時間は、残酷なほどに短い。

『……ふぁ、もうこんな時間だね。そろそろ終わろっか。みんな、今日もお付き合いありがとう! おやすみなさーい!』

 配信終了の暗転。

 プツン、と音が切れると同時に、私の部屋に静寂が戻ってくる。

 黒くなったスマホの画面に映るのは、ニヤけた顔をした、冴えない自分の顔だけ。

「…………はぁ」

 重いため息が漏れる。

 魔法が解けたシンデレラのような気分だ。いや、シンデレラにはガラスの靴が残ったが、私に残ったのは明日の英単語テストと、減った銀行残高だけだ。

 急激な孤独感が、胸を締め付ける。

 深夜二時。

 人間がもっとも理性を失い、感情の堤防が決壊しやすい魔の時間帯。

 マシロちゃんは、今頃どうしているんだろう。

 配信を終えて、水を飲んで一息ついているのかな。

 それとも、明日の企画を考えているのかな。

 五万人の登録者がいても、配信を切れば彼女は一人だ。

 画面の向こうの彼女に、私の声は届いているんだろうか。

 ただの「ファンの一人」として消費されるだけの言葉じゃなくて、もっと、魂からの叫びを伝えたい。

 気づけば、私はTwitter(現X)のDM画面を開いていた。

 宛先は『白雪マシロ❄️』。

 ファンからのDMなんて、人気Vtuberが見るわけがない。そんなことは百も承知だ。

 でも、書かずにはいられなかった。

 今日受け取った「大好きだよ」という言葉への返礼を。

 この溢れんばかりの感謝と、信仰にも似た愛を。

 指が勝手に動く。

 推敲? そんな理性はとっくに寝ている。

 今の私は、感情の暴走機関車だ。

『マシロちゃん、今日の配信もお疲れ様でした。愛花です。

 突然のDMごめんなさい。でも、どうしても伝えたくて。

 今日の「よしよし」、本当に救われました。

 実は私、受験生で、毎日が本当につらくて、もう全部投げ出したいって思ってたんです。

 でも、マシロちゃんの配信を見ると、息ができるようになります。

 マシロちゃんは、私の光です。酸素です。

 マシロちゃんが笑ってくれるなら、私は何だってできます。

 画面の向こうのあなたに、いつか、本当の意味で「ありがとう」って言いたいです。

 もし、世界中がマシロちゃんの敵になっても、私だけは絶対に味方です。盾になります。

 あなたの存在が、私の生きる意味そのものです。

 大好きです。愛してます。宇宙一、幸せになってください』

 ――送信。

 送ってしまった。

 文字数にして約五百文字。

 原稿用紙一枚分以上の、激重(げきおも)ラブレター。

 読み返すと、背筋が凍るようなポエムだ。「酸素」ってなんだ。「盾になります」って、お前はファンタジー世界の騎士か。

「……ま、いっか。どうせ読まれないし」

 私は自分にそう言い聞かせ、スマホを充電器に繋いだ。

 読まれなくていい。ただの自己満足だ。

 この想いを吐き出したことで、私は明日もまた、クソみたいな現実と戦える。

 マシロちゃんという光を胸に、戦場へ向かうのだ。

 私は布団に潜り込み、泥のように眠りに落ちた。

 翌朝、自分のスマホに爆弾が投下されていることなど、知る由もなく。

          ◇

 チュンチュン、と憎らしいほど爽やかな鳥のさえずりで目が覚めた。

 朝だ。絶望の朝だ。

 重い瞼をこじ開け、習慣のように枕元のスマホを手探りする。

 時刻は七時十分。

 通知欄を見る。LINEの通知が数件、アプリの通知が数件。

 そして。

 【白雪マシロ❄️さんからメッセージが届いています】

「…………は?」

 思考が停止した。

 寝ぼけているのか? 幻覚か?

 いや、確かにそこには、あの見慣れた雪の結晶のアイコンがあった。

 心臓が早鐘を打つ。ドクン、ドクンと嫌な音が耳元で響く。

 公式からの自動返信(bot)かもしれない。

 あるいは、「DMは事務所の規定で返信できません」というお断りかもしれない。

 震える指で、通知をタップする。

 DM画面が開く。

 そこには、昨夜の私が送った、恥ずかしすぎて直視できない怪文書の下に、たった三行の返信があった。

『愛花さん、DMありがとうございます。全部読みました。

 ……驚きました。僕が誰にも言えずに抱えていた孤独を、そこまで理解してくれる人がいるなんて。

 あなたの言葉で、僕はもう少しだけ、生きてみようと思えました』

「……ぼ、く?」

 マシロちゃんの一人称は「マシロ」か「私」だ。

 「僕」なんて、一度も聞いたことがない。打ち間違いだろうか?

 いや、それよりも。

『もし良ければ、一度お会いできませんか?

 マシロとしてではなく、一人の人間として、あなたに感謝を伝えたいです。

 今週の日曜日、駅前のカフェ『ブラン』で待っています』

 ――会う?

 マシロちゃんと、私が?

 リアルで?

 スマホが手から滑り落ち、顔面に直撃した。

 痛い。鼻が折れそうに痛い。つまり、夢じゃない。

「う、うわあああああああああっ!?」

 部屋中に響き渡る絶叫。

 階下から「愛花! うるさいわよ! 遅刻するわよ!」という母の怒号が飛んでくるが、それどころではない。

 推しから返信が来た。

 しかも、会いたいと言われた。

 これは、いわゆる「繋がり」というやつではないか?

 いや待て、これは罠だ。新手の詐欺だ。壺を買わされるんだ。

 でも、もし本物だったら?

 あの大好きなマシロちゃんが、私の言葉に救われたと言ってくれている。

 「生きてみようと思えました」なんて、そんな重い言葉、嘘で言えるはずがない。

 私の中の「オタクとしての理性」と「ガチ恋としての本能」が激しく殴り合う。

 理性:『ネカマかもしれないし、おっさんかもしれないぞ。行くな』

 本能:『マシロちゃんが呼んでる! 行かねば死ぬ! たとえ中身がエイリアンでも推すのがファンだろ!』

 勝負は一瞬でついた。

 私は震える指で、返信を打ち込む。

『行きます。這ってでも行きます。日曜日の十時ですね。命を懸けて向かいます』

 送信完了。

 やってしまった。もう後戻りはできない。

 私はベッドの上で海老反りになりながら、奇声を発してのたうち回った。

 今週の日曜日。

 私は、神に会う。

 ……この時の私は、まだ知らなかった。

 待ち合わせ場所に現れるのが、清楚な美少女でも、胡散臭いおじさんでもなく。

 学校一のイケメンにして、全校女子の憧れの的――あの冷徹王子、如月結人(きさらぎゆうと)だなんてことは。

 そして、その出会いが、私の平穏な(はずだった)オタクライフを、音を立てて崩壊させることになるなんてことは。

 神様、どうか教えてください。

 推しの中身が、よりによって「一番苦手なタイプのイケメン」だった場合、オタクはどうすればいいんですか――!?

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