SUPER STAR

Rilla.

 彼は欠伸をした。

 腕をぐいっと上にあげ、うーっと伸びをする。


 今日はかなり長丁場だったから疲れた。

 早く家に帰って眠りたい気分だった。


 スマートフォンが着信を知らせる。

 タクシーが到着したようだ。


 黒い立体マスクをつけて、椅子にかけていたジャケットを手に取り羽織る。


「お疲れー!」


 メンバーに声をかけて楽屋を出る。

 カバンを斜めにかけ、関係者入口から出ると、そこにはたくさんのファンが待ち受けていた。


 手を振りながら「またね」と適当に声をかけてタクシーに乗り込む。


「とりあえず出して」

「かしこまりました」


 短く会話してからタクシーが発進する。

 その間にスマートフォンを操作しメッセージアプリを開く。


 何件かメッセージが来ている中から「サナ」という名前を選んで既読をつける。


『お疲れ様!いつものところで待ってるけど来られそう?』

 20分前のメッセージだ。


『いま出たところだから、15分くらいかかる』


 慣れた手付きでメッセージを送るとすぐに既読がついた。


『わかった!まってるね』


 早速の返信に思わず顔がにやける。


『寒くなってきたから暖かくして待ってろよ』


 素早く返信を返すと運転手に声をかける。


「その信号の手前にあるビル。そこで下ろしてほしいんだけど…」

「後ろの車、巻きますか?」

「うん、よろしく」


 後ろからタクシーがついてきていた。

 こんな狭い路地になにか用事があるのだろうか?まさかそんな訳はない。追っかけだ。


 運転手はこういったことに慣れているようで、10分程度で追っ手がバックミラーから消える。


 目的地で車を降りると、冷え切った夜気が肺を刺す。

 首元に光る銀のネックレスを引き抜き、その先端——小さな鍵を、古びた南京錠にねじ込んだ。


 鉄が擦れる不快な、けれど二人だけを招き入れる鈍い音が夜に響く。


 キーっと音を立てて外階段の扉が開く。

 素早く入り込み、中から南京錠を閉じる。


 酷使した肉体には疲れが溜まっているが、まるでそんなものはないかのように軽やかに階段を登る。

 最上階、屋上への扉を開けると、ネオンに照らされて儚く光る彼女が見える。


「ごめん、おまたせ」


 彼女がゆっくりと振り向く。


「ううん、大丈夫」


 彼女の元へと歩みを進め、ゆっくりと抱きしめる。


「どうしたの?」


 彼女のくぐもった声が聞こえ、それに短く返答する。すると彼女がクスッと笑って


「お疲れ様」


 そう言って彼女の細い腕が抱きしめ返してくる。

 少しだけ力を強めて抱きしめ返すと「苦しい」とちょっとしたクレームが入る。

 軽く謝りながら腕を解くと彼女と見つめ合う形になった。


 街明かりが彼女の顔をぼんやりと照らす。

 その雰囲気に呑まれるようにふたりは熱くキスを交わした。


 この逢瀬だけは、この時だけは、自分がただの男だと思える。


 彼女の細い指先が布越しに胸筋を撫でる。

 その指が伝うところから痺れるような快感を覚え、俺はもう一度彼女にキスを落とした。


 二人しか知らない、特別な場所。

 ここだけが俺の憩いの場所だった。

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