僕たちは恋がしたい

瑞木 利聖

第一章 恋愛欠落症候群

第1話 最高ランクの欠陥品

 いつか、俺にも出来たらな…。

 帰りの電車でそう思った。

 目の前には扉が開くのを待っている仲睦まじいカップルがいた。

 カップルとは反対側のドアに背中を預け、スマホを見るふりをしながら、こっそりと二人の様子を盗み見ていた。

 やがて、予定の駅に到着したのか二人は談笑しながら電車を降りていった。入れ替わりに、たくさんの人が車内に流れ込む。駅で待っていた全員が乗車すると扉が閉まり、外の景色が右から左へ動き出した。

 段々と暗くなっていくその景色を眺めながら、今日も何気なにげない学校生活の一日を「無事」に終えたことを感じていた。

 そうして外が真っ暗になり、窓ガラスが鏡のようになる。目の前に目をやると、そこには誰の目にも美少年に映るであろう自分の顔が、学校指定のリュックを肩にかけ、無表情に佇んでいる。俺はなんとも言えない情けなさが、身体の奥にわだかまりを残していくのをただ感じていた。


 翌朝。俺は教室の自分の机で、数日前に借りた文庫本に視線を落としていた。


「ねえ、あれが噂の瀬名くん?」

「そうそう。マジで、生で見るとビビるくらいイケメンでしょ」

「一組ってさ、学年の『宝石箱』みたいだよね」

「わかる! 荒木くんに、あと雪城さんも同じクラスだし。メンツ強すぎ」

「いいなー、私もこのクラスが良かった……」

「日頃の行いの差じゃない?」

「ひどっ、何それ!」


 後ろのドアでは、他クラスの女子とクラスメイトがこそこそと談笑しているが、残念ながら後ろの窓際の席だと会話の内容は筒抜けだった。この手の評価は幼い頃から飽きるほど耳にしてきた。今となっては、ただ聞き流すことだけが、すっかり上手くなってしまった。

 しばらくして、静かに本を閉じ立ち上がる。すると、女子達の視線が、俺の動きを追ってくるのを感じた。次の動きを待つようについてくるその視線を気にせず、読みかけの文庫本を片手に、流れるように教室を後にした。


 向かったのは、この校舎の最上階にある図書室。まだ人がまばらな廊下を通って階段を登ると、目の前に図書室の扉が現れた。

 扉を開くと、微かな埃っぽさがインクの匂いと混ざり、鼻をくすぐる。俺はカウンターに歩み寄り、そこにいた司書に本を手渡した。

「二年一組、瀬名せな蒼真そうまです。本の返却をお願いします。」

 司書は静かに本を受け取ると、本の後ろのバーコードをスキャンした。ピッと軽快な電子音が鳴ると、返却の手続きを完了した。

「今日は珍しいわね。朝から二人も来客なんて」

 促されて振り返ると、隅のテーブルで何かの本に読みふけっている女子生徒の後ろ姿があった。

「いえ、たまたまついさっき読み終わったので」

 司書の方へ向き直りながら答える。

「あ、そうだ。この間、瀬名くんが予約してた本、戻ってきたけどどうする?」

 司書が思い出したように、いつも通りの明るい声で問う。

「ありがとうございます。でも、今日は大丈夫です。」

 短く答えると、司書は「あら、そう。」と言い、視線を手元の作業に落とした。どうやら、次の読書週間の景品を作成していたらしい。その様子を横目に、文庫本の棚へと歩みを進めた。

 ずらりと並んだ背表紙を眺め、木と紙の匂いに包まれながら、次の「読書の相手」を物色する。


 しばらく悩んだあと、一冊の恋愛小説を手に取り、カウンターへ向かった。

 カウンターに向かう途中、ふと女子生徒のいる隅のテーブルへと目をやる。その瞬間、窓ガラスに映る女子生徒の瞳と目が合ってしまった。

 教室にいないと思ったらここにいたのか。

 一組の宝石言われるうちのひとり――雪城ゆきしろ結菜ゆうな

 その長い髪は少し幼い端正な顔立ちをより一層際立たせており、たくさんの男子に人気があるのは誰もが納得の事実だと言えるだろう。

 俺はすぐに目を逸らし、カウンターにたどり着くと両手で本を手渡した。

「これ、お願いします。二年一組、瀬名そ…」

「はいはーい、瀬名蒼真くんね。貸出、っと」

 名前を言おうとすると、途中で言葉を遮り、さっさと貸出の手続きを進められてしまった。

 カウンターの上に置かれたデジタル時計を見ると、いつの間にかあと少しで朝礼が始まる時間だった。

 司書は手馴れた手つきで、傍にあった紺色の読書カバーで丁寧に本を包むと、カウンターの上に差し出した。

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 俺は本を受け取り、司書に小さく会釈えしゃくをして図書室を後にした。


 その日の放課後、夕焼けで赤くなった教室では、顔を赤くした他クラスの女子生徒が俯いている。

 直前になって迷っているような、そんな感じだ。体の前で組んでいる手が震えている。

 やがて、弾かれたように顔をあげると、彼女は勢いよく口を開いた。

「…瀬名くんのこと、ずっと前から好きでした。よかったら、私と付き合ってください!」


 しかし、目の前の女子生徒の告白への答えはいつも決まっている。

「ごめん、嬉しいけど君とは付き合えない」

「…他に好きな人がいるの?」

「いや、いない」

「じゃあ、なんで…?」

 なぜ。その問いに対して、答えるのを一瞬躊躇ためらった。

 適当な嘘で誤魔化すこともできる。だが、彼女は震える手で勇気を振り絞ってくれたのだ。ここで偽りの理由を並べるのは、俺なりの誠実さに反する。

「『好き』という感覚が、まだ俺にはよく分からないんだ。だから、今のまま君と付き合っても、君を傷つけるだけだと思う。…それは避けたいんだ」

 その言葉を聞くと、彼女は顔を隠しながら、逃げるように教室を後にした。

 静寂が戻った静かな教室でひとりため息をついて、リュックを肩にかけた瞬間、突然後ろから声がかかった。


「…随分と容赦なく断るわね」

 その美しく透き通った声のした方を振り返ると、そこには、見覚えのある長い髪を揺らしながら立っている雪城結菜の姿があった。

「見てたのか」

「たまたま通りかかっただけ」

 雪城は、品定めでもするようにしばらくこちらを観察すると、再び口を開いた。

「さっきの返事、私にはすごく理解できた」

 そう言って一歩近づいてくると、逃げ場を塞ぐように核心を突いた。

「もしかして、瀬名くんも――恋愛、出来ない人じゃない?」

 完全に図星をつかれ、言葉を失っていると、沈黙を肯定と受け取ったのか雪城は言葉を続けた。


「…なら、私と『お試し』で付き合って一緒に『好き』を探してみない?」

 雪城は、まるで数学の公式でも提示するように淡々と言った。

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僕たちは恋がしたい 瑞木 利聖 @risei_MIZKI3134

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