ふしぎと生きる短編集

みぎのく

透かす


夏の夜。

少なくない車が行き交う上の歩道橋。


そういう場所も、心霊スポットになるらしい。


---


 ぱん、と何かが爆ぜるような音が響く。音の方向には色褪せた看板のカラオケ店。軒先に吊るされた誘蛾灯がその発生源のようだった。

 青紫の光に導かれるように、何匹もの羽虫が自分の身を叩きつけるように飛んではばちんと爆ぜた。青い火花に撃たれた先からぽとりと落下していく。誘蛾灯の下には、白っぽい点がいくつかあった。

 そんな光景を歩道橋の上から眺める。清掃されることの無い手すりは砂埃でざらついていて、今日ばかりは半袖を着てきたことを反省したくなった。しかもちょっと肌寒いし。


 たまに通る車の音に耳を貸しながら、やっぱり静かな場所が好きだなぁって考える。

 

「ね、お姉さん何してんの?待ち合わせ?」

「なわけ。」

 

 反射的にそう返して、じっと横を見据えると見知らぬ青年が立っていた。

 人が近づいたことに気が付かないくらい、意識が散漫になっていたらしい。ていうかこいつナンパ野郎か、不審者か?

 柄物のシャツを着た、言ってしまえば女殴ってそうなその青年は、服装とちぐはぐな童顔を明るくさせ「そっかぁ」とこぼす。

 

「あのね、お姉さんにお願いしたいことがあってぇ……。」

 なるほど、ナンパではなく金の無心だったか。

 

「俺、帰る分のお金無くってさ、交通費だけでいいから貸してもらえない?」

「いいよ。」

「いや!俺はちゃんと返、っていいの?」

「ちょうど財布が閉まらなくて困ってたから。」

「え、富豪じゃん。」

「違うよ、小銭でパンパンなの。さっきゲーセンで崩したから、百円玉でよければいくらでもあるよ。」

「やったー!……え、てかゲーセン行ったらフツー百円玉無くならない?お姉さんなんも持ってないし、もしかして何も遊ばなかったの?」

「そのまさかよ。目に痛い人ごみかき分けて街中のデカいゲーセン行ったのに、なんもしてこなかったの。」

 

 思い出したら目元がじわりと熱くなってきた。これ以上平気でモラハラしてくる顔だけのクズ野郎の事で泣きたくなんてなかったから、グッとこらえたけども。

 こういう時に限って場をつないでくれそうな車の通る音はしない。

 

「ワケありじゃん。ね、どうしたの?」

 妙に察しのいい野郎だ。しかし、『彼氏が好きだと言っていたキャラクターのぬいぐるみを取りに行った先で、偶然彼氏の浮気を目撃した』なんてバカな話、わざわざするものでもないだろう。

 少し下唇を噛んで出かけた言葉を飲み込む。

 

「別に、話すようなことじゃない。で、いくらいるの?」

「じゃあ六百円!」

 はいはい、と財布をまさぐり硬貨を六枚手に取る。手首を返して塊にして、差し出されている手のひらに乗せてやった。

 

「ありがとー! ね、お姉さん家とか近いの? もう帰る感じ?」

「いや、断然家から遠いよ。適当な電車に乗ってきたから、ここがどこだかもよくわかって無いし。」

 てか、まじでここどこなんだろう。そう思ってスマホで地図を開くと、案外最寄りと一緒の路線沿いだった。

 

「じゃあさ、俺と一緒に遊ぼうよ!」

 スマホへ向けた視線に割り込んでくるみたく、媚っ媚にそいつは言う。それが妙に似合っていて感心してしまった。

 て、いや。返答なんて決まっているだろう。

「却下。金もらったんだからさっさとどっかいけ。」

「辛辣~!でもそこがいい!」

 

 彼は楽し気にくるくると回る。

 なんか、こいつは自然と人に好かれる人間なんだろうな。羨ましい、私とは真逆だ。

 そう考えていると、彼はそんな私の考えに待ったをかけるみたいに指をピッと指してきた。

「お姉さんはそのまま、自分に正直に生きていきな。」


 思わず、ぽかんと口を開けてしまった。

 反射神経だけが取り柄なのに、ぐうの音も出なかった。


 私が何も答えないと、彼はわざとらしく咳払いして、口を開く。

「……、お姉さん一人で帰れそう?」

 

 その言葉に再び意識が奪われる。どうしてか、昔似たような言葉をかけられたことがあるような。

「帰れるわ。ナメんな。……、ねえ。アタシ、アンタに会ったことある?」

「え、口説き文句?」

「なわけ。」

 そう返すと、彼は意地悪そうにくつくつと笑った。

 ばいばいと手を振る彼に、手を挙げてそれに応じる。そいつはスキップでもするような軽やかな足取りで、歩道橋の階段の手前、夜に溶けていった。そう、文字通り。目を擦ってみても、彼の姿はどこにも見当たらない。

 

 あー、なるほど。国道も心霊スポットになるらしい。そうだとして、片道六百円は高すぎな。いつから三途の川は運賃の改定をしたっていうのだろうか。

 さっきまで静かだった車通りが戻ってきた。みんな帰り道だったり、出勤だったりするんだろうな。

 

 彼が向かったのと反対側の階段を下って、薄暗い道を歩く。少し強い風が吹いて、寒さと同時に首元に痒みを感じた。

 その原因は、金属アレルギーのくせにずっとつけたままのネックレス。

 適当に外して、じっと見てみる。私の趣味じゃない、オンナノコっぽいデザインのやつ。

 道すがら背丈のある草むらに、ふと思いたってネックレスを放り投げた。サヨナラだ、ばーか。


 ……、あ。

 しばらく歩いて、足が止まる。

 

 思い出した、さっきの童顔男。

 私が中学生の頃クラスのやつに、いつも男物のスニーカー履いてんのがおかしいとか陰口叩かれてるのに遭遇して、学校を飛び出して。

 その時に会った、童顔の大学生。あいつじゃん。

 

 あいつ道端でぶっ倒れていて、話しかけたら「女に殴られた」って。訳分かんなくて笑っちゃったな。

 なんか唇切れてたから、とりあえずでハンカチ渡してさ。

 そしたらあいつ、「こんな治安悪いとこ居ちゃだめだよ。オネーサン、一人で帰れそう?」って、馬鹿にしたみたいに言ってくるから。

 だから言ってやったんだ、「帰れるわ。ナメんな。」って。

 

 なに、あいつ。殴られた後は女に刺されでもしたっての? バカばっかじゃん。

「てか、わざわざ化けて出るならハンカチ返せよ。」

 自分の独り言に思わず吹き出す。まじでバカ。


 あーあ、なんかいろいろどうでもよくなった。

 駅に向かって歩き出せば、いつの間にか夜風も優しくなっていた。もう帰ろ。

 

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