雪の舞う夜、魔法のランプ

クロノヒョウ

第1話




 人間の子ども、吸血鬼の子ども、エルフの子ども、狼やウサギといった獣人の子ども、あらゆる子どもたちの中からカイルが手を差し伸べたのはエルフの子どもだった。

「カ、カイル様、いくらなんでもエルフの子どもなんて」

「エルフの何がいけない? 僕はこんなに可愛らしいエルフを見たことがない」

「ですが」

「もう決めたよ。僕はこの子を連れて帰る」

 困惑している店主をよそに、カイルはまだ小さなエルフの手をひいて店を出た。


 あらゆる種族が共に暮らしているこの街。

 人間はいつしかパートナーや家族を金で買うようになっていた。

「着いたよ。今日からここが君の家だ」

 街外れの丘の上、静かな場所に建つ一軒家。

「そうだ、君に名前をつけなきゃだね。何がいいかなぁ」

 カイルは楽しそうに庭の花の香りを嗅いでいるエルフを見つめた。

 アゴのラインまで伸びた金色の髪の毛。透き通るような白い肌にエルフの特徴である尖った耳。店主に着せられたのか白いシャツにサスペンダー付きのズボンと蝶ネクタイがなんとも可愛らしい。

「イリオン、そうだ、君は今日からイリオンだ」

 カイルがそう言うとイリオンは嬉しそうににっこりと笑った。



 イリオンにとっては何もかもが夢のようであった。

 店にいた時の噂では、自分たちは人間に売られ働かされ、性奴隷にされぼろぼろになって捨てられると聞いていたからだ。

 ところがまず違ったのはカイルという人間だ。

 今まで店にやってきたどんな人間よりも若くて美しいカイル。

 そのカイルに手を掴まれた瞬間、イリオンの胸の奥が熱くなったのだ。

「イリオン?」

「そう、君はイリオン、僕はカイル。よろしくね」

 カイルが膝をつき自分と目線を合わせて微笑んでくれる。

 イリオンはカイルと目が合う度に頬を赤く染めるようになっていた。


 イリオンにとってカイルとの生活は穏やかで幸せだった。

 働かされることもなく、もちろん性奴隷をさせられることもない。

 二人はただ楽しく暮らしていたのだ。


「カイル様、どうしてエルフの僕を選んでくれたのですか」

 雪が降る季節の夜だった。

 イリオンは本を読んでいる美しいカイルの横顔を見つめていた。

「ん? 君のことを可愛いと思ったからだよ。エルフかどうかなんて関係ない。それに」

「それに?」

「それに、弟に、十年前に流行り病で亡くした弟と君が似ていると思ったんだ。ねえイリオン、この話をするの何回目?」

「えへへ、すみません。嬉しくて」

 イリオンは無邪気に笑っていた。

「でも本当に、初めて君を見た時は驚いたよ。ハートが飛び出るかと思った」

「ハート?」

「そう、ハート。ハートはここにある」

 カイルは両手をくっつけて手でハートの型を作るとそれを自分の胸に当てた。

「ここがギュッって」

「カイル様、それはどういう時にギュッっとするのですか?」

 イリオンはカイルの顔を覗き込んでいた。

「そうだな、驚いた時も恐怖を感じた時も、嬉しい時も感動した時も悲しい時も、それに恋をした時も、ハートはギュッっとなる」

「恋!?」

 目を大きく見開いたイリオンを見てカイルはしまったと思っていた。

「やっとわかりました。僕はあなたに、カイル様に恋をしていたのですね」

「いや、イリオン」

「初めてあなたを見た時から僕のハートはおかしいのです。そうか、これが恋か」

 カイルは気づいていた。

 イリオンが自分を見つめる目。

 目が合うとすぐに赤くなる頬。

 自分に好意をよせてくれているのは一目瞭然だった。

 だがイリオンはまだ幼い。

 どうすることもできないのなら気づかないフリをしていようと思っていたのに。

「困ったな」

「わあっ、すみませんカイル様。僕はカイル様を困らせるつもりはなくて、その、えっと」

 慌てふためくイリオンがなんとも可愛らしかった。

「あ、そうだカイル様。雪も止んだみたいなので庭へ行きましょう。今日は星が見えるかもしれません」

 晴れた日の夜はいつも庭へ出て星を眺めているカイル。

「ダメだよイリオン。雪が止んでもこんな天気では雲が多くて星を見ることはできないんだ」

 寂しそうな表情を見せるカイル。

 カイルは空にいる弟が寂しくないようにと、夜はいつも星になった弟に自分の元気な姿を見せていたのだ。

 そのことを知っているイリオンは、今日のような天気の時になんとかカイルを元気づけてあげたいと思っていた。

「そうだ、カイル様。こんな天気の悪い日は僕たちが輝けばいいのですよ」

「なに?」

「庭にたくさんの明かりを灯しましょう。空の上からよく見えるように」

 イリオンは家中からランプを集め外へ持ち出してきては次々と明かりを灯し始めた。

 庭はあっという間に満天の星空のような輝きをみせていた。

「ランプの魔法です」

 雪が積もった庭はたくさんのランプの明かりでまるで魔法のようにキラキラと輝いていた。

「イリオン、ありがとう」

 自分のために一所懸命なイリオン。

 カイルはそんなイリオンのことを愛しいと感じ始めていた。

「困ったな」

 こんな幼いイリオンに対してそんな感情を持っていいのだろうか。

 ギュッっと熱くなるハートにカイルは困惑していた。

「カイル様、僕はまたカイル様を困らせてしまいましたか?」

 イリオンが申し訳なさそうな表情でカイルを見上げていた。

「いや、違うんだ。とても素敵だよ、イリオン」

 カイルはイリオンを抱え上げそのまま胸に抱きしめた。

 その時、また空から雪が降り注いだ。

「すごく綺麗だ。この庭も、お前のハートも」

「えへ、嬉しいです、カイル様。僕、なんだかハートがくすぐったいです」

 赤く染めた顔をカイルの胸にうずめるイリオン。

「ああ、まいったな。僕も同じだよイリオン」

「え?」

 イリオンは驚いて顔を上げた。

 目が合ったカイルの自分を見つめるまなざしがとても優しかった。

「カイル様、それはどういう意味ですか」

「さあ、どういう意味だろうな」

「ちょっと、教えてくださいカイル様」

「ハッハッハッ」

「カイル様ぁ?」

 足をバタつかせるイリオンを抱いたまま、二人はしばらく庭を眺めていた。

 少しずつ雪に埋もれてゆくランプたち。

 雪が明かりを包み込み、庭が暗くなると同時に雲のすき間から小さな星たちがそっと顔を出し始めた。

 二人を見守るかのように、あるいは微笑んでいるかのように、優しく輝いていた。



           完




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