あべこべな私たち

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第1話 あべこべな私たち.1

「嫌ならやめればいいじゃん。告白なんて。無理なんでしょ?」


 私――島添椋しまぞえむくはそう口にしてから、しまった、と内心で苦い顔をしていた。


 案の定、教室で集まって私と話していたクラスメイトの数名が愉快そうに笑いながらその発言を拾う。


「出たー、椋のナチュラルドS発言。こわぁい」


 ナチュラルドS。


 私の見た目と雰囲気と口調と…あとそれから、剣道部の部長っていう肩書のせいで与えられた、ほとほと不名誉な私の属性だ。


 いつものことながら辟易する。吊り目や長身、ドライな発言、正論をぶっ放す悪癖(自分では悪いとは思っていないが、周囲がそう評する)がある程度で、人を勝手にサディスト呼ばわりするのは心外以外の何物でもない。ボーイッシュな感じが問題なのだろうかと、きちんと伸ばした黒髪も効果はない。邪魔だからポニーテールに結い上げてからは、余計に言われるようになった気がしてならない。


「うっさい。美紀が無理って言うなら、それが正論でしょうが」


「いやぁ、ほら、それは方便じゃん」と友人の心愛ここあが言う。


「方便って…じゃあ、『いけるいける、大丈夫だよぅ』って背中押せばそれでいいの?」


「うわっ、それ私の真似?」


「そう」


 私は、ぶぅ、と唇を尖らせた心愛を無視すると、幼馴染に告白できず、長いこと片思いをこじらせているらしい美紀に視線を投げる。


「で、どうすんの?言うの?言わないの?」


 あんまり気の強くない美紀は、それだけで視線を右往左往させて、不安そうな表情を浮かべたが、私はそれをきちんと把握できないままに、いつまでも煮え切らない態度の彼女にフラストレーションが溜まってしまい、喉から這い上がってきた言葉を留め置くことができなかった。


「行動しないんなら、それなりの未来しかないんじゃないの?」


 その一言が、美紀を不安や悲しみの坩堝に突き落としたのだろう。彼女は小動物みたいな両目をうるませて、静かに泣き出してしまった。


 うげっ、という言葉をギリギリで飲み込む。


 またやってしまった。これはさっきよりも酷い。酷いらしいことが、気弱だが人前で簡単に泣いたりしない美紀の涙、クラスメイトの慌て方、そして、私に向けられた心愛のじっとりとした眼差しから察せられた。


「あー…いや、分かんないんだけどね、私には…」


 美紀の肩とか頭をさすり慰めるクラスメイトの壁に向かって、今さらフォローなんてしてみせるが、その遅すぎた言葉は人の壁に阻まれあえなく撃沈する。


 どうしよう、と内心慌てている私の肩に、ドスンと呆れの感情で重くなった心愛の手が沈み込む。


「椋?私の言いたいこと分かる?」


 めちゃくちゃ大きなため息は、それだけで私の心を鉛の表面みたいに曇らせる。目をつむって、閉口した様子の心愛を目の当たりにすればなおのことだ。


「…はぁ…分かるよ、言わなくていい」


「あぁそう。でも、あえて言わせてもらうね。椋の大親友として」


「おい、誰が大親友って?」という私の言葉はスルーして、心愛がびしりと告げる。


「椋、君は物言いがサバサバしすぎ。もうちょい優しくしないと、怖い人って誤解されちゃうぞ」


 ウィンク一つして、ふざけてみせたのは心愛なりの気遣いだったのかもしれないが、私は笑えなかった。


「分かってるよ…」


 島添椋は、冷淡で、理屈っぽくて、少しばかり絡みづらい人間。


 生徒だけでなく、先生や家族ですら自分をそう評価していることを知っていたから、私はそんな自分があまり好きじゃなかった。


 本当は、もっと自然にみんなとおしゃべりしていたかった。もっと、学生らしく、同級生らしく、気兼ねない感じがほしかった。いじられたり、からかわれたりするのだって、ちょっとした憧れの対象だった。なんか、青春時代のテンプレートのような気がしていた。


 しかし、私をいじったり、からかったりする人間などいない。


 そんなことをすれば、反射的に動くこの口が一太刀浴びせかけてしまうからだ。


「椋のドS発言を受け流したり、喜んだりできるのは私くらいのものなんだぞぅ」


 冗談めかして笑う心愛。彼女なりの気遣いが続いていることは分かっていたが、やはり私としては不服で、思わず鋭い視線を向けてしまう。


「何、心愛ってば、そういうこと言われるのが嬉しいの?」


「えっ」


 こいつ、どんな解答を残すんだろう、と心愛をじーっと見つめていると、彼女は頬に両手を当てて恥じらうフリをした。


「やだぁ、私の口から言わせたいなんて…ドSなんだからぁ!」


 すぐそばで美紀が泣いているというのに、お構いなしでふざけるなんて…。


 私はキッとさらに視線を鋭くして心愛を睨む。


「変態」


 きゃぁ、と一人はしゃぐ心愛を見て、クラスメイトたちは呆れた声で笑ったり、我関せずといった様子だった他の生徒に心愛の文句を振ったりして、笑いを誘った。美紀もそうしたやり取りを見て、涙を指先で拭いながらどうにか微笑んだ。


 分かっている。心愛なりのフォローだ。


 でも…やっぱり、不満がないわけじゃない。


(私は、ドSじゃないし…)


 私だって、人並みにいじられたり、からかわれたりしてみたいのに…それをこの身に焼き付いたキャラクター性が許さない。


 人が寄り付かないくらいなら、多少雑でも可愛がられるほうがきっと楽しいに決まっている。


(そう…多少、雑だっていいんだ。ぞんざいなくらいが、ちょうど…)


 そんなことを考えていると、不意に、その代表例みたいな生徒の名前が呼ばれた。


「ねぇ、鈴音ちゃんも、椋怖いよねぇ?」


「え?えー?私?」


 可愛らしく、ぽわん、とした声で返事したのは、クラスメイトの松江鈴音まつえすずねである。


 肩甲骨ぐらいまで伸びたゆるふわな髪、ゆったりとしていて、ちょっとどんくさそうな口調、困った顔が似合う優しそうなタレ目。


 人の胸の奥に眠っている嗜虐心を呼び覚ますような雰囲気と、ルックスから、彼女は私と対称的にドMに違いない――と、心愛が勝手に噂していた。風評被害だと訴えられても文句は言えないだろう。


「えっとぉ…」


 鈴音の困惑した視線が私を捉える。彼女は気が弱いわけではないが、変に困らせたくはなくて、思わず私は口を開いた。


「鈴音さん、面倒臭いならそう言いなよ。そうしないと心愛のやつ、調子乗るよ」


「なにおぅ」と怒ったふりをする心愛を無視すれば、鈴音は遠慮がちに頷いて、「島添さんは良い人だと思うけどなぁ」なんて笑う。


 庇われた形にはなったが、私はあまり驚かなかった。


 鈴音は万人に対してそうだ。彼女が誰かを傷つけるシーンなど、一度も見たことがない。


「お、相変わらずお二人は相性がいいようで…やっぱり、鈴音ちゃんはドMなのか・・」


「え、違うよぅ」


 あまり自己主張をしない鈴音と、自己主張が激しい私。


 だからか、こういうからかわれ方をすることは多かった。


「その失礼な口は、竹刀でぶっ叩いてやらないと閉じないのか?心愛」


 私が眉間に皺を寄せてもうひと睨みすれば、心愛は、「ひえぇ」と怖がるフリをして鈴音の背後に隠れた。


「あ…」


「お助けぇ、鈴音ちゃん」


「えっと…ふふ、どうしようか…?」


 困った顔で鈴音が私を見やる。つくづく、こういう顔が似合う少女だ。人をからかって楽しむタイプであれば、誰でも標的にするだろう。


(羨ましいなぁ…鈴音さん)


 私は、もうこちらで遊ぶことに飽きた心愛によって、くすぐられている鈴音を見て、羨望を覚えずにはいられなかった。


 彼女は、みんなにああしてかまってもらっている。


 キャラクター性のために、心愛みたいな変人以外、誰もろくにかまってくれない私なんかと違って、鈴音は幸せそうに見えた。



 ②




 困ったはにかみ顔の似合う松江鈴音の意外な一面を見たのは、私が美紀を泣かせてから、およそ一週間が過ぎた頃だった。


 放課後になり、部活に行くため校舎と武道場を繋ぐ渡り廊下を歩く私の背中に、鈴音ののんびりとした柔らかな声が投げかけられる。


「島添さぁん」


 くるり、と振り返れば、教室から走って来たらしい鈴音の姿。


 たいした距離でもないだろうに息が上がっているのを見るに、運動不足なのではないかと思うが…肩で息をする彼女に対し、色香を覚えたのは内緒である。


「どうしたの、鈴音さん」


「あ、ごめんね。部活に行く途中だったのに」


「別に…」


 謝ってほしいなど、一言も言っていない。それなのに、鈴音だけでなく、多くの同級生がこうして思いがけず謝ってくることがある。私はそれがこう、なんか、納得いかない。


「島添さん、数学の課題出した?私、日直だから集めて来いって言われてて」


「数学…?あ…」


 言われて思い起こす。そうだ、今日中の課題があった。


「そう言えば、出すの忘れてた。ごめん、今出すから」


 立ったままで鞄の中をあさる。私は他のみんなみたいに、教科ごとにノートを色分けしたりしていないから、少し時間がかかった。


 その間も、鈴音はすぐそばで立って私を待っていた。私と同じように部活のため武道場に向かう生徒たちの邪魔にならないよう、すっと通路の端に避ける彼女の姿は、自己表現に乏しく、誰かに合わせて生きている印象の強い松江鈴音そのものだと感じた。


 そうして、自然と鈴音がこちらに近づいた拍子に、ふわりと甘い匂いが香った。


 ジャスミンみたいな、良い匂い。いかにも女の子然としていて、やはり彼女は違う世界の住人なのだなと、漠然と考えつつ、鞄からノートを引きずり出す。


「はい、鈴音さん」


 ぼうっと鈴音の顔を眺めながら、それを真っすぐ彼女に向かって手渡すと、彼女は控え目にはにかみながら、「ありがとね、島添さん」とお礼を言った。


「礼を言うのは私のほうじゃない?」


「あ、そうかも?ふふっ」


 だったら、さっさと私も礼を言えばよかったのに、タイミングを失してしまう。


 しょうがないから、このままその場を離れるか、と別れの言葉を口にしかけていたとき、不意に、鈴音が笑いだした。


「ふふ、ふふふっ」


 笑いながらこちらに向けてくる、悪戯っぽい視線と曲がった口元。こんな顔もできるのか、と妙にドキドキしながらも私は問う。


「え…なに、どうしたの急に笑い出して…。やばいもんでも食べた?」


「違うよぉ、ほら、これ」と鈴音が指差すのは私が手渡した数学のノート――ではない。現代文のノートだ。


 どうやら、明日使うからと引き出しに残してきたつもりのノートと間違えてしまったようだ。おそらく、数学のノートはまだ引き出しの中で眠っているはずだ。


「ご、ごめん。間違えた」


「いいよ。…でも、ちょっとだけ意外だね。島添さんって、もっとしっかりしてるタイプだと思ってた」


「悪かったな、意外とドジで」


 口にしてから、ハッとする。こういうのが人を怖がらせるのだ。


 鈴音も同じように恐縮しただろうか?謝ってしまうだろうか、とおそるおそる、横目で顔色を窺うと、驚いたことに、鈴音はまだ悪戯っぽく笑ったままだった。


「えー、怒らないで、島添さん。ギャップがあって、なんかいいなぁって思ったの」


 優しく、穏やかな瞳の中で瞬く、少しだけ意地悪な光。


 不覚にも、私の胸はときめいた。こういうやり取りは、私が憧れた青春のテンプレートな気がしたのである。


「べ、別に怒ってないし…」


「ふふ、分かってるよ。冗談、冗談」


 冗談…と鈴音を見やる。確かに、悪戯っぽい顔のままで彼女は笑っている。


「じゃ、じゃあいい、けど…」


 慣れない感じのやり取りだからだろう。私は上手に会話を切ることができずにいたのだが、私を追い越す部活仲間に急かされたこともあって、振り切るような形で鈴音に告げる。


「ノートは、私の抜きで出しておいて。帰りに自分で持ってくから」


「え、でも…」


「教室に忘れたのは私だ。それなのに、鈴音さんや先生を待たせるのは正しくない」


「うぅん、ふふ、真面目だね、島添さん」


 妙な言い回しだったからだろうか、鈴音はちょっとだけはにかんだ。だが、すぐにまた悪戯っぽい顔に戻ると、こう私に告げた。


「でも、それなら部活が終わるまで待ってもいい?」


「え?は?…なんで?」


「えっとぉ…私も、真面目だから、任された仕事は全部、自分で完璧に仕上げたい、からかな」


 明らかにその場で考えたような感じがしたので、私は素早く、待たせるのは申し訳ないこと、暇な時間になってしまわないかということを理由にそれを断った。だが、鈴音はのらりくらりといった感じで私の言葉をかわし続けたため、しょうがないから、彼女の言う通りにすることにした。


「はぁ…分かったよ、好きにすればいい」


 大仰なため息。でも、意外と自己主張してくる鈴音のことを、悪くないなと内心見直していた。


 ただ、その直後…。


 松江鈴音がちょっとだけ勝ち誇ったような顔で言い放った一言で、この心内はかき乱される。


「ふふ、意外と押しに弱いね、島添さんって」


 ぴりっ、とする、私の背中。


 理由は分からなかった。だけど、この目は、鈴音を一点に捉えて釘付けになっていた。


「心愛ちゃんにドSってよく言われてるけど、そんなことない感じ?」


 私は、ナイフの一突きみたいにして、この心に突き立った言葉のせいで、「…うっさい」と小声で返してその場を後にするしかできなかった。

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