うみおんな

まるたろう

うみおんな

なぜ、私は真夜中にこいつとドライブなんてしているのだろうか。


隣に座る佐々木を見る。




「どうかされましたか?」




信用ならない笑顔である。




「退屈だ。」




佐々木はちら、とこちらを見て微笑む。




「怪談話なんてどうです?」




「怪談は嫌いだ」




「まぁまぁ、そう言わずに。」




諦めて、窓の外を眺める。


真夜中の海とは不気味なものだ。


特に冬の海は。




「これは私の友人から聞いた話ですが」




私が答える前に佐々木は話し始めた。




「私の友人に釣りが好きな友人がいましてね。その日も、いつものように釣りに出かけたらしいんです。明け方に車を走らせ、気が向いたからといつもの釣り場ではなく行ったことがない釣り場へ。マイナーな釣り場だったのか、人が1人もいなかったらしく、友人はウキウキしながら釣りの準備を。」




「古臭い表現だな、ウキウキなんて」




佐々木はムスッとした顔をして言う。


「茶々いれないでくださいよー。ここから面白くなるんですから。」




「あぁ、悪かったよ。」




はぁぁ、と大げさにため息をついて、話を再開する佐々木。


話し出すと途端にウキウキしだす。なんなのだろうこいつは。




「友人がさっそく釣りを始めようとすると、1人の女性が話しかけてきたんです。ついさっきまでは確実に誰もいなかったのに。その女性というのがこれまた美しい女性らしく。腰まで流れる烏の濡れ羽色の髪に、人を引き付ける大きな黒い瞳、うっすらと微笑を浮かべた口元。それはそれは美しく、魔性の女というような風貌で」




「描写が長い」


そのままうざったいと続けると、佐々木は眉を下げてへにょへにょと言った。




「そんなこと言わなくていいじゃないですかぁ…。友人がそれだけ綺麗な人って言ってたんですよ…」




はいはい、と適当に佐々木を流し話を続けさせる。


話を聞き流しながら、窓の外を眺める。


なぜ、こいつはずっと海沿いを走っているのだろうか。


そもそもこのドライブの意味は?


目的地はどこなのだろうか。




「そうそう、どこまで話しましたっけ。女性は友人に話しかけました。『とある女がいました。』と」




「初対面で最初の言葉がとある女がいましただって?」




「そう。女性はとある女の話を始めたらしいんです。友人は止めることもできず、女性の話を聞いていました。まぁ内容は陳腐なんですけど…聞きますか?」




ちら、ちら、と私の方を見る。


どこまでもわかりやすいな、こいつは。


「話したいんだろう。聞かせてくれたまえよ」




「貴方ならそう言ってくれると思いました。えぇと、なんだったかな。あぁ、そうそう。とある女がいました。その女は既婚者の男と恋仲で、深く愛し合っていると思っていました。男はいつもいつも女に『今の妻に愛はない』『すぐにでも別れてお前と結ばれたい』などと甘言を囁き続けていました。ある冬、クリスマスの晩に女は1人寂しく、街を歩いていました。男は他に用事がある、と言って女といてはくれませんでした。その時、女はこの世で一番見たくないものを見ました。幼い娘と手をつなぎ、妻と幸せそうに微笑む男の姿です。あぁ、なんで。男の元に駆け寄っていきたいのを抑え、女は逃げるようにその場から駆け出しました。私のほうが美しいのに。私のほうが彼に愛されているはずなのに。私のほうが。私のほうが。気づくと女は堤防にいました。もうどうでもいい、あの人と結ばれることができないのなら。そう思い、冷たい冷たい冬の海に飛び込みました。苦しい、寒い、苦しい、冷たい、苦しい、憎い、辛い、憎い、憎い、憎い、あぁ、恨みばかりが。どうして、なんで私が。なんでなんでなんでなんで!」




ダンっ、と大きな音がして窓から目を逸らし佐々木を見る。


ハンドルを叩いたのだろうか。




「結ば…た…ったのに…」




「…佐々木?」




佐々木は少し黙り、眼鏡を直す。


ふぅ、と息を吐いてにこやかに微笑み「すみません。少々取り乱してしまいましたね。話を続けましょうか。」


何かがおかしい。


今の佐々木は、私が知る佐々木ではないのかもしれない。




「ところで、これはどこに向かっているんだい?」




もうその話は聞きたくない、とばかりに話をそらす。


佐々木はきょとん、として


「ドライブですよ。行き先を決めるほうが野暮ってもんでしょう。」


これでその女性の話は終わっただろう、と思った私は甘かったようだ。


佐々木は続きを話し始めた。




「女性は、そこでふっと黙り込みました。友人はなんと言えば良いのかわからずに黙り込み、少し怯えながら女性を見つめました。しばらくの無言の間、耐えかねた友人は女性にこう問います。『なぜ、あなたはそんな話を知っているのですか』と。女性は何も言わずに首を傾げて友人を見つめました。にたぁ、と笑った顔を見て、友人は”人間じゃない”と悟ったそうです。友人は一目散に逃げました。命よりも大事だと言っていた釣り道具もそのままに車に乗り込んで。」




「逃げたならそこで終わりだろう。」


早くこの話を終わらせたい。


この話を聞いてると、ぞわぞわとした悪寒が背筋を走る。


「それがそうじゃないんですよ。その話を聞いてから数日、友人から連絡があったんですよ。あの女がずっと、つきまとっていると。自宅の窓から、人混みの中、車の後部座席で。ずっと、ずっと。虚ろな目をして、こちらをじぃっと見つめては、にたにたと不気味な笑顔を浮かべているんだそうです。」




「友人は一体どうなったんだい」


ここまできてしまえば、もう話を終わりまで聞いたほうが良さそうだ。


そう判断した私を殴り飛ばし、絶対に聞くなという手段はない。




「その連絡から1週間もしないうちに、自宅で首を吊ったらしいですよ。なんでもその遺体に不自然な点が。」




「不自然?」




「ええ、台所の水場も風呂場も使われた形跡がないのに、遺体だけはびしょびしょに水で濡れていたと。そう、まるで…海に飛び込んだかのように。」




車の中の空気が一段と冷えたようで、息苦しさとともに肌寒さを覚える。


時間帯のせいか、季節のせいか。


それとも、話の内容なのだろうか。


ぞわっとした悪寒がいつまでも離れない。


車のスピードが上がっているような気がする。




「佐々木、スピードが…」




こちらを向いて首を傾げる佐々木。


虚ろな目と不気味な笑顔。


今でもあの笑顔が脳裏から離れない。




「貴方なら、私と結ばれてくれますか?」


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