空をいく

CだCへー

戦後の決意

 新緑の緑が足元に広がり、山々に自然の絨毯を敷く。


 彼方から吹き付ける風が、若芽と花の鮮やかな香りを初夏の便りとして、空動戦艦『エアロン』の甲板に押し寄せた。


「おーい、網を上げるぞー」


 艦長の拡声器を必要としない、しわがれた咆哮が、作業員の脳髄を叩く。


 雄たけびを超える返事を、作業員が口々に猛ると、仕掛け網に傷だらけの仕事人の指を縫い目に食い込ませ、皆、息を合わせて青空に沈められた網を甲板に上げていく。


「なぁ」


「……」


 一人の若い、クロサギの鳥人の作業者が隣の同い年くらいの、作業員に声をかける。


 声を掛けられた、もう一人は顔を鬼の眉間のようにし、怒気を、纏わせ黙々と網を上げている。


「なぁ、イカロンってば!」


「うるさいっ! ふっ! 聞こえてるよっ! ふっ!」


「俺達、いつまで、こんな事やってるのかな。もううんざりだぜ」


「アスカロン! 手を! ふっ! 動かせ! よ!」


「あ、わりい」


 アスカロンと呼ばれた鳥人は羽毛で覆われた手を動かす。


 イカロンはうんざりしていた。


 もともと、鳥人種は自由な奴が多いと聞いていたが、仕事を放棄するのをためらわないその、自分勝手の精神だけは理解できなかった。


 イカロンは鱗で覆われ、生傷が絶えない竜の手を網に器用にくぐらせ、網を引く。


「イカロンはいいよな」


「あん? ふっ! なんで?」


「竜人種だから、仕事先に困ることはないだろう?」


「そんな! ふっ! ことは! ふっ! ない! あと、手!」


「あ、ごめん。それでさ、なんで、こんな大変な空蟹漁の仕事してんの?」


「ふっ! 人探しさ! ふっ!」


「誰さ。あ、恋人とか?」


「ああ、! ふっ!」


「おお! 誰? 誰? コックのミーシャン? 総舵手のオッカ? まさか、まさかの」


 イカロンは、竜族特有の紅い鋭い眼で、アスカロンを捉える。


、ヘラクロス」


「ヘラクロス? マッチョが好みだったのか?」


「ああ、俺の古巣を、妻のヒュドーラの命を奪った糞筋肉人を探してるのさ」


 網が一通り上がり、船長が休憩の合図を出す。


 イカロンはボロキレのズボンから、竜の汗で染まった鈍い赤色の布切れで汗を拭きながら、先の大戦では流星群の如く閃光を奔らせた砲塔に背を預け一息つく。


 小型のヒュミドールから、最後の一本の年季の入った葉巻を取り出し、ナイフで葉巻のキャップを切り取る。


 牙がぎらつく口で器用に葉巻を加えると、次は、長いマッチに火を灯す。


 安定高度を浮遊する空動戦艦『エアロン』の甲板の通り風で火が踊りだすが、分厚い竜人の手で不格好に優しく包み込み、葉巻の先端を火の先端で愛おし気に炙る。


 マッチの火を器用に動かし、葉巻に煙をふかすと、口一杯に、燻製の煙草と木の実の風味が鼻に抜けていく。


 この瞬間がたまらないのだ。


 イカロンは空に溶けていく副流煙を見送る。


 戦争は終わっても、彼の戦いはこれからなのだ……

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