第5話 希望の光

「このガキ……よくもやりやがったな……!」


 犬童はようやく、手下二人がアリスとミルフィーヌの手で倒された事実を受け入れた。


 仕返ししてやるとばかりに、スマートフォンを取り出し、操作する。


 画面からあふれだす光の粒子が、犬童の前に大きな人型を形作り、その姿を現した。


『ワオーン!』


 遠吠えが、路地裏じゅうに響きわたる。


 ドラゴンの子は、おそろしさのあまり耳をふさいで目をつぶった。


 ワルイヌと同じカラーリングの、二本足で立つオオカミ男のワンダー、【ワルウルフ】だ。


 ワルイヌの進化系で、凶暴性だけでなく、知能や器用さも増している。


「どうだ、ビビッたか! そんな子犬、プチっとつぶしてやるぜ!」


 犬童はとくいげな顔で挑発する。勝利を確信しているようだ。


 ドラゴンの子も、こわくて震えていた。


 ワルウルフは、犬童と同じくらい背が高い。自分よりさらに小さい子犬のミルフィーヌじゃ、とてもじゃないけどかなわないと思っていた。


 今度こそ逃げてほしいと思って、アリスたちのほうに視線をうつすと、


「ふーん」


 あいかわらず、不敵な笑みを浮かべていた。まるで、あのオオカミ男をなんとも思っていなさそうに。


 それはおそろしいことに、ミルフィーヌも同様だった。


 気合の入ったような顔で、むふーと鼻息を鳴らしている。とても恐怖なんて感じていなさそう。


 どうして、あんなに平然としてられるんだろう。相手のおそろしさがわかってないのかな。


「そんなカオしてられるのも、今のうちだ! 《ワイルドクロー》!」『ワオーン!』


 ワルウルフは両手のするどいツメにオーラをまとい、すばやい動きでミルフィーヌに襲いかかった。


 これならシールドを出すヒマもあるまいと、犬童は勝ちほこっている。


『ふたりとも、逃げてーっ!』


 ドラゴンの子は、また必死に叫んだ。


 あんなツメで切り裂かれたら、アリスもミルフィーヌもひとたまりもない。ふたりがそうなる姿なんて、見たくない。


「ミルフィーヌ!」『ワンッ!』


 しかし、そんな二人の予想と反して、ミルフィーヌは実に軽やかな動きで、ワルウルフのツメをかわした。


「く……なら、連続だ! 《ラッシングクロー》!」


 犬童は一撃よけたのはまぐれだと思い、ワルウルフはツメの連続攻撃をしかけた。


 その動きはあまりにすばやく、ドラゴンの子の目ではとても追えない。


 けれど、ミルフィーヌはツメの連打を、ひょいひょいひょいと、みごとにすべてかわした。かすりすらしていない。


 これはまぐれじゃない。あきらかに完全に動きを見切ったうえでの回避行動だ。


「んなっ……」


 犬童は、アゴがはずれるくらいの、まさに驚愕の表情で固まった。


 ドラゴンの子も、さすがにアゴをはずしはしないが、仰天していた。


「ぐぬぬ……! いくらめずらしいとはいえ、【キャリバリア】が【ワルウルフ】にかなうはずないのに!」


 犬童はわなわなとくやしげに歯をかみしめた。


 名前に犬の字が入っていて、オオカミ男をパートナーにしていることから、イヌ系ワンダーにはくわしいのかもしれない。


 ちなみに【キャリバリア】はミルフィーヌの種名。


 実在の犬種キャバリアに近い外見で、背中で剣を運ぶことキャリーと、防御の技バリアが得意なことのダブルミーニングが名前の由来だ。


 また犬童の言うとおり、日本には存在しないめずらしい種でもある。


「《パウパンチ》!」『ワ……オーン!』


 ミルフィーヌはぴょーんと跳びあがり、連続攻撃のあとで疲れて、動きを止めているワルウルフの顔面に、肉球のパンチをくらわせた。


 ぷにゅーん! というやわらかい音とともに、弾力でふっとばされたワルウルフの体は、ビルの壁にダーンとたたきつけられた。


「……!」


 犬童は、ついにぐうの音も出なくなった。


 ドラゴンの子も、同様だった。


 ただのかわいらしい子犬ちゃんだと思っていたミルフィーヌが、自分なんかよりはるかに強かったんだから。


 そしてドラゴンの子は、ようやくはっきりと理解できた。


 アリスたちがワルウルフをおそれていなかったのは、そもそもおそれる必要がなかったからなんだ。


 相手を見ただけで、チカラの差がわかってたんだ。ほんとうに、すごいや……


(クソがっ! こいつも天才系のガキかよ! マジでムカつくぜ……!)


 犬童は、心の中で悪態をついた。


 偶然でもまぐれでもない。目の前にいる金髪美少女と、かわいらしい子犬の実力が本物だということは、もはや疑いようがなかった。


 犬童だって、ダテにワルのリーダーを張ってない。相手とのチカラの差を理解できないほど、節穴じゃない。


 だが、はるか年下の子どもにいいようにやられて、だまっていられるほど聞き分けはよくなかった。


 そうでなければ、ワルの道に堕ちたりなどしていないのだから。


「もう容赦しねえぞクソガキ! オレ様の最強必殺技でわからせてやるぜ!」


 ブチギレた犬童の叫びに応えるように、倒れたワルウルフは起きあがり、ふたたびミルフィーヌをキッとにらみつけた。


「噛み殺せ! 《プレデターバイト》ォッ!」『アオーン!』


 ワルウルフのキバが紫色のオーラをまとい、大口を開けてダッシュしミルフィーヌに襲いかかってくる。


 それどころか、うしろのアリスごと嚙みちぎってやろうといういきおいだ。


 ミルフィーヌならよけられても、ふしぎなチカラのないただの人間のアリスはたまったものじゃない。


 犬童はそれをわかったうえで、アリスも標的にしようとしたのだ。すばしっこいミルフィーヌに逃げ場を与えないように。


 ご主人さまを守るのは、飼い犬の義務だと思っているから。


『アリス! ミルフィーヌ!』


 ドラゴンの子もさらに必死に叫ぶ。危険度がさっきより段ちがいだからだ。


 これはよけることも防ぐこともできないと、その直感が言っているからだ。


「しょうがないな。とっておきよ! ミルフィーヌ!」『ワンッ!』


 アリスがバッと左手を払うと、ミルフィーヌは背中の剣を口でくわえ引き抜き、かまえた。


 すると、剣はピンク色の光を放ちはじめる。そのまぶしさは、ワルウルフのキバの光よりはるかに強い。


『ワッフー!』


 ミルフィーヌは、向かってくるワルウルフへと果敢に跳びかかり、口にくわえた剣をおもいっきり振り下ろした!


「《ワンダフルストライク》!」


 瞬間、光の大爆発が起こり、路地裏全体をピンク色が満たした。


 しばらくののち、視界が戻ると、そこには目を回して気絶している犬童とワルウルフ、剣をくわえて勇ましく立っているミルフィーヌの姿があった。


 犬童一味との戦いは、アリスとミルフィーヌの勝利で決着したのだ。


 ミルフィーヌはくわえた剣を背中の鞘に器用におさめ、『ワオーン!』とアリスに向かって跳びついた。


 アリスはパートナーをぎゅっと抱きとめ、称賛とねぎらいの言葉をかけてあげた。


『す……すごい……』


 ドラゴンの子は、ぽかんとした顔で感嘆の声をあげた。


 ピンチを脱したということより、ふたりの圧倒的な強さに心をうばわれていたのだった。


 これが、人間とワンダーが絆を結んで、生まれるチカラ。


 もしかしたら、ぼくも……そんな気持ちがめばえつつあった。


「さてと、ドラゴンくん、だいじょうぶ?」


 アリスはドラゴンの子に目線を合わせ、たずねた。


『だ、だいじょうぶ。……助けに来てくれて、ありがとう』


 ドラゴンの子はむくりと起きあがり、お礼を言った。


 安心したためか、体の痛みは、いつのまにか消えていた。


『……ねえ、アリス』


「なあに?」


『……もし、ぼくもアリスのパートナーになったら、ミルフィーヌみたいに強くなれるかな?』


 ドラゴンの子は、めばえつつあった気持ちをまっさきに口にした。


 犬童からのさそいはイヤだったが、自分のことを友だちだと言ってくれた、信頼できるアリスなら別だ。


 自分が強くなりたいというだけじゃない。パートナーになれば、ミルフィーヌみたいにアリスの役に立てるかもしれない。


 自分の友だちになってくれた、たくさん助けてくれたアリスに恩返しがしたい。そんな気持ちでいっぱいだった。


 アリスはふっとほほえんで、立ちあがり、胸を張ってこたえた。


「なれるよ! ドラゴンくんが、それを信じられるなら!」


 ドラゴンの子は、目を見開いた。


 まるで、心の中のモヤモヤが晴れていくように。


 そして確信した。やっぱりぼくは、アリスといっしょにいたいって。


 もう地上で生きていくしかないのなら、アリスたちといっしょに生きていきたいって。


 ドラゴンの子は、ぐっと意を決して、アリスの顔を見上げ、口を開いた。


『……ぼく、アリスのパートナーになりたい。ふたりみたいに、自信が持てるくらい強くなりたい。ぼく、落ちこぼれのできそこないだけど……ダメかな?』


 最後はちょっと、自信のなさそうな感じになってしまったけれど。


 すると、アリスはにま~っとした笑顔を浮かべ、ドラゴンの子を抱いて、立ちあがった。


「もっちろん! 大歓迎だよ! ね、ミルフィーヌ?」『ワンッ!』


 ミルフィーヌも満面の笑顔で、賛成するように鳴いた。


『……あ、ありがとう、アリス!』


 ドラゴンの子は急に抱きあげられておどろいたものの、笑顔でお礼を言った。


「うん! そしてわたしたちといっしょに、ドラゴピアをめざそう!」


『……え?』


 ドラゴンの子は、意外そうな顔をした。


 ドラゴピアを、めざす?? いままでだれも帰ってこれなかったのに? アリスだってその名前すら知らかったっていうのに?


「だって、ママのところに帰りたいんでしょ?」


 ドラゴンの子は思い出した。


 ……そうだ、ぼくはいますぐにでも、おかあさんのもとへ帰りたい。どんなにごまかしたって、この気持ちはけっして消えやしない。


 だから、アリスのもとを逃げ出してしまったんだから。


『でも……』


「いままでドラゴンがだれも帰ってきたことがないのなら、ドラゴンくんが最初のひとりになればいい。人間がだれも行ったことがなかったとしたら、わたしが最初のひとりになればいい。わたしがドラゴンくんの、友だち第一号になったみたいに!」


 アリスは自信まんまん、力強く宣言した。


 ドラゴンの子は、ハッとした。


 ぼくに友だちができるだなんて、ずっとありえないと思ってた。


 けれど、きょう、そのありえないことが起こった。こんなぼくにも、友だちができた。


 なら、もしかしたら、だれも帰りつくことができなかったドラゴピアにだって、帰れるかもしれない。


 アリスのおかげで、それを信じられるようになった。


 ドラゴンの子の心に、真の希望の光が差した。もうけっして、絶望の闇に塗りつぶされたりしないだろう。


「それにね、あとで言おうと思ってたんだけど、わたしだって世界のすべてを知ってるわけじゃないからね。もっと頭のいい人や、えらい人とかに聞いたり、とにかくたくさん調べれば、ドラゴピアへ行く方法が見つかる可能性は、まだあるんだよ」


 アリスは照れ笑いを浮かべながら、バツが悪そうに言った。


 ドラゴンの子は、なんだか力が抜けたように、ほっと息をはいた。


 頭がいっぱいいっぱいで、アリスひとりに言われただけで、もう帰る方法がないと決めつけてしまっていたのだ。


 な~んだ、早とちりで勝手に絶望しちゃって、バカみたい。そう思ったのだ。


「ドラゴピアにはきっと行ける。こうしてわたしたちは出会えたんだもの。約束する。わたしのパートナーになってくれたからには、ドラゴンくんを、ぜったいドラゴピアに帰してあげる!」『ワン!』


 ふたりのやさしい気持ちに胸がいっぱいになって、ドラゴンの子はまたうれし涙を流した。


『ありがとう……ありがとう……!』


 アリスは慈愛に満ちた表情でドラゴンの子を見つめて、提案した。


「じゃあ、パートナーになったからには、名前をつけないとね」


『なまえ……?』


「そう、ミルフィーヌみたいなね。いつまでもドラゴンくんって呼ぶのは、なんだかよそよそしいし」


 ドラゴンの子には、いまいち理解しがたいことだった。


 ワンダーは基本的に、相手を固有名で呼び合うような文化はない。


 ドラゴンの子もお母さん竜から、ぼうやと呼ばれていたように。


「実はねえ、ずっと考えてたんだよね、ドラゴンくんの名前」


 そう言うとアリスは、また高らかにドラゴンの子の体を抱きあげた。


「あなたの名前はブルー。あなたと同じ体の色。あなたが落ちてきた、空の色!」


 その名前を聞いたとたん、ドラゴンの子は心にあたたかなものが宿ったような気がした。


 ブルー、その名前をもらったことで、自分が生まれ変わったような、はっきりアリスとのつながりが生まれたような気がしたのだ。


『ブルー……それがぼくの名前……うれしいよ、ありがとう』


 いったい、この短い時間でどれだけアリスに救われたかわからない。


 ほんものの天使じゃないけれど、アリスはぼくにとっての天使だ。


「それはよかった! これからよろしくね、ブルー!」


『うん! よろしく、アリス!』


『ワンッ!』


 ドラゴンの子あらため、ブルーと、アリス、ミルフィーヌはみんなで笑い合って、家路についた。


 今ここに、前人未到の天空の楽園・ドラゴピアをめざすアリスたちの大冒険が、幕を開けたのだった。

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