第3話 地上の町をごあんない

『わあ……』


 ドラゴンの子は、感激した。


 さまざまな高さの立ち並ぶビル、色とりどりの映像を映し出すビジョン、ブンブンと道路を走る自動車、そしてがやがやと歩道を行き交う人々やワンダー。


 どれもドラゴピアには存在しない、はじめて見るものばかりで、わくわくが止まらなかった。


 ここは、ふしぎ町の市街地。


 アリスの家のある住宅街から、歩いて10分ちょっとの距離にある場所だ。


 住宅街が閑静なことに対して、市街地は喧騒にあふれかえっている。同じ町の中なのに、見せる顔がまったくちがう。


「ドラゴンくん、あんまり動き回っちゃあぶないよー……って、聞いてないか」『ワン!』


 アリスとミルフィーヌは注意するものの、ドラゴンの子は大きな目をキラキラさせて、市街地をキョロキョロしていた。


『うわっ!』


「きゃっ!」


 言わんこっちゃない。ドラゴンの子は、小さな女の子とぶつかってしまった。


 右手はお父さんとおぼしき大人の男性と、左手はクマのぬいぐるみとつながれている。


『ごっ……ごめんなさい』


 ドラゴンの子は、とっさにあやまった。


 学んだ礼儀とはちがう。落ちこぼれだったドラゴピアの暮らしで染みついてしまった習慣だった。


「ううん、いいよ。きをつけてね」


 女の子は、笑顔でそう言ってくれた。


 異物ともいえるドラゴンの子を見ても特別な反応がないあたり、それだけ人間とワンダーの共存があたりまえになっているということがうかがえる。


 いっしょにいるお父さんも、なにも文句は言わなかったので、ドラゴンの子がほっとしていたら、


『ボウズ、この町は初めてか? 気楽にやんな』


 どこからか、そんなハードボイルドな声が聞こえてきた。


 ドラゴンの子はおどろき、『へ?』と間の抜けた声をあげた。


 あまりのギャップに気づくのが遅れたけど、どうやら女の子と手をつないでいるクマのぬいぐるみ……の姿をしたワンダーの声だったらしい。


 その破壊力は想像以上だったらしく、父子が去ったあとも、ドラゴンの子は口をあんぐりと開けたまま、かたまっていた。


 アリスはそんなドラゴンの子のリアクションがおかしくって、くすくす笑っていた。



 ☆ ☆ ☆



 アリスはドラゴンの子とミルフィーヌをともなって、市街地を歩き回り、楽しそうな場所を見て回った。


 行きつけの本屋さん、お菓子屋さん、パン屋さん、アクセサリーショップ、ワンダー専門店、電器屋さん、アミューズメント施設。


 正直、興味をしめすかどうかは微妙だったけど、ドラゴンの子にとってはすべてが新鮮で、見ているだけでも大満足だったみたいで、アリスもホッとした。


 そして、いつしか歩き疲れた三人は、公園のベンチに座って、屋台で買ったアイスクリームを食べていた。


『これも、冷たくって、すごくおいしい』


 バニラアイスをなめているドラゴンの子は、とてもしあわせそうだ。


 アリスはほっと安心して、自分もバニラアイスをなめた。いいことをしたあとは、特別においしく感じる。


 ちなみにミルフィーヌも、ベンチの上でおいしそうにカップアイスをなめている。


「よかった。すこしでも元気になってくれたみたいで」


『……うん、ありがとう。わざわざ案内までしてくれて』


「いいよ。きょうは予定なくてヒマだったし」


 大親友の緋羽莉をはじめ、アリスの友だちはみんな、きょうはほかの予定があったそうだ。


「ペロ、おいでー!」『ニャンニャン!』


「はしれー! トンカツ!」『ブーブー!』


 三人がアイスを食べている目の前では、子どもたちがワンダーたちとたわむれている。みんな楽しそうだ。


『なんだか、すごいね、地上って。ニンゲンもワンダーも、みんななかよくしてる』


「そうでしょ、すごいでしょ」


『うらやましいや。ぼくには同じドラゴンの仲間にすら、なかよしな子はいなかったから……』


 ドラゴンの子は、またしょんぼりしてしまった。


 アリスはまたそれを見かねて、笑顔で言った。


「じゃあ、わたしがドラゴンくんの友だち第一号、ってことだね」


『え……とも、だち……?』


 ドラゴンの子は、目を丸くした。


 それは、いままでに言われたことのない言葉だったから。


「いっしょにごはん食べて、遊んで、わたしたちもう、友だちだよ」


 アリスがにっこり笑って言うと、ドラゴンの子の大きな目から、涙がこぼれはじめた。これは、うれし涙だ。


『え……えへへ……ぼく、友だちができたの、はじめて……うれしい……』


『ワンッ!』


 すると、ミルフィーヌがドラゴンの子のほほを伝う涙を、ペロリとなめとった。


「あははっ! ミルフィーヌも、ドラゴンくんの友だち、第二号だって!」


 アリスが笑うと、ドラゴンの子もにっこり笑顔になった。


『……ありがとう、ふたりとも。ぼくの友だちになってくれて』


「どういたしまして!」『ワンッ!』


 うれしくなったアリスは、アイスのコーンまでサクサクとぜんぶ食べきって、ごくんと飲みこんだ。


「ねえ、ドラゴンくん。もしよかったら、うちに来ない?」


『え?』


 ふいな質問に、ドラゴンの子はアイスを食べている手を止めた。


「ほかに、行くあてなんてないでしょ? だったらうちでいっしょに暮らそうよ。三食おやつにお昼寝つきの、優良物件だよ」『ワン!』


 優良物件の意味はわからないけれど、ドラゴンの子はアリスの親切な気持ちがうれしかった。


 もちろん、返事はイエスだ。友だちふたりといっしょなら、地上でもうまくやっていけそうだ。


 そう思いかけていたときだった。


「おかーさん、きょうのばんごはんなーに?」


「きょうはトモくんの好きなハンバーグよ。年長さんになったお祝いね」


「やったー! おかーさん、だーいすき!」『プルー!』


 公園をあとにしようとした、親子とパートナーのスライム型ワンダーの会話が聞こえてきた。


(おかあ……さん……)


 その瞬間、ドラゴンの子の頭に、お母さん竜のやさしい顔がよぎった。


 がんばって考えないようにしていたのに、いまの親子のしあわせそうな会話で思い出してしまったのだ。


 そして、もう二度と大好きなおかあさんに会えないんじゃないかという絶望がぶり返してきた。


 絶望は、希望に染まりかけていたドラゴンの子の心を、あっというまに黒く塗りつぶした。


『わああああっ!』


 ドラゴンの子は、たまらなくなって走り去った。


 それは目にもとまらぬ速さで、アリスが止めるまもなく、あっというまに姿が見えなくなってしまった。


 とても、話に聞いた落ちこぼれの身体能力じゃない。


「追うよ、ミルフィーヌ!」『ワンッ!』


 アリスとミルフィーヌは立ち上がって、ドラゴンの子を追いかけた。



 ☆ ☆ ☆



 ドラゴンの子は、夢中で市街地を走り続けていた。


 走って、走って、走り続けた。


 自分がいま、どこにいるかもわからない。いや、わかったってどうでもいい、どうにもならない。


 どこにいたって、自分がドラゴピアに、おかあさんのもとへ戻れないことに、変わりはないんだから。


「どあっ!?」


『うわっ!?』


 そのとき、なにかにぶつかって、ドラゴンの子は弾き飛ばされた。


 起き上がると、目の前には、三人の人間。


 うち一人は、ドラゴンの子がぶつかったせいか、しりもちをついている。


 ドラゴンの子はとりあえずぶつかったことをあやまって、この場をおさめようと思った。


「テメェ……ふざけんなよ」


 しりもちをつかされた、バンダナを巻いた男が声を発した瞬間、ドラゴンの子はぞくっとした。


 ドラゴピアで自分をいじめていた、いじわるなドラゴンの口調とそっくりだったから。


 ドラゴンの子は直感した。このニンゲンはアリスとちがって、悪いニンゲンだ。


 そう思って逃げようとしたけれど、手遅れだった。


 ドラゴンの子は、バンダナの男にむんずと捕まえられて、どこかへと連れ去られてしまうのだった。

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