【短編】12時37分

比良見 透

12時37分

 先生の声をBGMに走っていたシャープペンシルが止まる。ふと左側に目を移すと、普段であれば窓に遮られる青が、ここ暫くは灰色なせいでノートが白く光っていて目が疲れる。ペンを意味もなくひと回しさせると、手前の女子が視界の端に映った。先程から黒板に新たに書き足された文字はないと言うのに、その視線はノートに向けられたまま。物憂げに外を眺めては、流れるような黒髪をしきりに耳へとかけている。外の景色と、同じ色。

 ――彼女はいつもそういう役だ。再びシャープペンを一度ノートに着地させてから、ノートの余白に「11時26分、雲の厚さ変わらず。」とだけ、追記した。

 チャイムの音と共に先生はいそいそと教室から出て行き、クラスメイトたちが縦横無尽に動き始めて音が溢れていく。聞き慣れた静川の「食堂行かね?」という声に「今日はパンある。」とだけ返すと、その声は「じゃあ購買行ってくるわ。」と離れていった。彼女といつも一緒にいる女子は、「いつまでアイツに言われたこと引きずってんのさ。」といつものように彼女の前席に勢いよく腰掛けた。「……だって。」と言う声は小さく、教室の音にかき消されていった。

「……だって、『見てる人は見てるから』って。」

 そう言って僅かに口を尖らせた彼女の瞳が光に反射する。首を傾けると、肩から黒髪が滑り落ちていった。

「え、優しいじゃん。何が問題なのか分かんない。」

 彼女の目の前にいる友人は、菓子パンを頬張りながら彼女を不思議そうに眺める。彼女は耳に髪をかけて、「……そうかも。」と目を伏せて笑った。

「飲み物無くなっちゃったから、買ってくる。」

 眉を下げて笑う彼女を友人はスマホの端から見送る。窓に縁取られた空が相変わらずの灰色なのが気に食わなかった。ゆっくりと、席を立つ。

 俺はただ、太陽が見たかった。


「ねえ。」

 そう声をかけると、振り向く彼女の黒髪が揺れる。目を丸くした彼女は、どうしたの?と言いたげに指を口に当てて首を傾げた。こちらも同じように首を傾げてみせる。

「さっき言ってたあの言葉さ、深い意味はなかったんじゃない?」

 丸くなっていた瞳がさらに見開かれて笑ってしまう。

「俺はあれ、わざわざ君に言わなかっただけだと思うけど。」

 それが本当かどうかは知らない。知ろうとも思わない。ただ、「えっ……。」と短く息を吸う音がした。ポケットからスマホを取り出して、天気アプリを開く。雨雲レーダーを見ると、学校の周辺を中心に雲が薄くなっていく予報が表示されていた。画面をスクショして視線を上げる。雲の切れ間から光が差し込んでいく。

 太陽が見えるのは5分後くらいだろう。雲の切れ間に、青があった。

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