私は君を認識できない。 ――クトゥルフ的恋愛譚――
濃紅
第1話 評価
椅子は決められた位置にあり、机はその前に置かれている。
私はそこに座り、配布された紙を机の上に広げる。
周囲では、同じ動作が同時に行われている。
筆記用具を取り出す。
紙に視線を落とす。
文字を書く。
この空間では、それが求められている。
黒板に文字が並ぶ。
私はそれを写す。
内容の理解は必須ではない。
書くという行為を継続することが条件だ。
背後で、小さな声が交差する。
「……あの席の人、素敵だよね」
別の方向から、すぐに否定が入る。
「え? そうかな。ちょっと近寄りがたい」
「落ち着いてる感じじゃない?」
「子どもっぽくない?」
評価が一致しない。
だが、混乱は発生していない。
人間は、分類できない対象に対して、
曖昧なまま処理を続ける。
「まあ、そういう人もいるか」
その一言で、話題は終わる。
結論は不要らしい。
「……いや」
隣から、声が割り込む。
「それ、おかしいだろ」
空気が一度、止まる。
「何が?」
「話が全部ずれてる。
同じ人の話をしてるはずなのに、
誰も同じ像を見てない」
誰かが笑う。
「細かいな」
「細かくない」
君は即座に否定する。
「じゃあ聞くけどさ」
視線が、教室を一周する。
「お前ら、今日まで
あの席の人のこと、
何だと思ってたんだ?」
沈黙。
「……あの席?」
「どこ?」
指が示される。
私の位置。
「そこ、空いてない?」
「最初から誰もいなかったでしょ」
「机、使われてる?」
視線が揺れる。
定まらない。
君は、私を見る。
確認するように。
確かめるように。
私は、そこにいる。
椅子に座り、机に手を置いている。
条件は満たされている。
だが、
この空間では、
私の存在が共有されていない。
世界は、この状態を問題にしない。
曖昧なまま、進行を再開する。
黒板に、新しい文字が書き足される。
周囲の視線が前に戻る。
君だけが、こちらを見ている。
困惑している。
だが、視線を逸らさない。
私は、その挙動を観測する。
認識が揃わないことを、
異常だと判断している。
この環境では少数派だ。
不思議な人がいる。
それは、
私が君に対して行った評価だ。
私は、それを修正しない。
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