ゲームの申し子達

RACくん

第1話 アイデンティティ

私には

やりたいことが、ない

趣味らしいものが、ない

本気で打ち込めるものも、ない



他のみんなはあるのに




 一階のリビングに降りていると朝食のパンの匂いがみなみの鼻をつく。

「おはよう、夏蓮かれん。朝食できてるわよ」

「うん」

 椅子に座って、母が作るいつもの目玉焼きの乗ったパンを頬張る。

「夏蓮、金戸高校に入学してもう一週間だな。調子はどうだ?」

 向かい側に座る父がそう聞いてくる。

「ぼちぼち」

「部活とかどうするんだ?中学は帰宅部だったが、高校は何に入るんだ?」

「はい、食べ終わったから着替えて学校行ってくるね」

「はやっ! もうちょっと落ち着いて食べたほうがいいぞ?」

「わかってるよ」


 制服に着替えて玄関の前に立つ。

「いってらっしゃい! 夏蓮!」

「楽しんでこいよ!」

「うん、いってきます」

 表情をひとつも変えず、南は家を出た。


 楽しむ、か


 学校について校門をくぐると、先輩たちが自分達の部活勧誘のビラを配っている。

「吹奏楽部なら勉学と両立できるよ〜!」

「テニス部はスポーツ初心者でも歓迎だよ!」

 様々な声が飛び交っているが、南はビラを受け取らないようになるべく避けて通った。

 南はついこの間知ったが、この学校には帰宅部がない。

 必ずなにかの部活に入らないといけないのだ。


 別になんでもいい

 でも本当にどうしよう、部活


 そんなことを考えながら今日の授業を受け終わると、南は頬杖をついた。

 今日と明日は最後の授業が無く、放課後は部活体験をする日だ。

 中学の頃、様々な部活を転々としたが南にとってはどれもつまらなかった。

 結果、中学では帰宅部に落ち着いたのだった。

 だが、この金戸高等学校は必ず何かしらの部活に入らないといけない。

 南は受験時の自分を、部活関連のパンフレットを読まなかった自分を恨んだ。


「私ゲーム部に入っちゃおうかなぁ〜。ゲームしてダラダラできそうだし〜」

 隣の席の女子二人の会話が耳に入る。

「いやいやいや、知らないの? あの部活、ガチな部活らしいよ?」

「マジで? だらけられないの〜?」


 そう、この学校にはゲーム部がある。

 一見楽そうに見えるが、きちんと実績は出しているらしい。

 皐月さつき? って先輩が格闘ゲームの大会で全国三位だとか。


 中学になかった部活はゲーム部くらいかな

 塾もあるし、チラッと見るだけ見て帰ろう

 北館の第二教室だっけ


 その後南が北館の階段を登っていると、第二教室の前で声掛けしている女子生徒がいた。

「ゲーム部の体験していってね〜。初心者でも大丈夫だよ〜!」

 つけていた名札には『神奈木かんなぎ 紫苑しおん 3年』と書いてある。

 

 かんなぎしおん?聞いたことがあるような気がする


「そこの君、ゲームとかに興味ない?」

 南が教室に近づくと、その女子生徒に声をかけられた。

「えっと、見学だけしにきました」

 そう言うと、神奈木は目を輝かせて笑顔を見せた。

「は〜い! 一名様ごあんな〜い!」


 そうして教室に入ると、学校とは思えない光景が目の前に広がっていた。


 デスクトップPCが右壁の端から端まで並んでる!?

 棚にはコントローラーが箱の中にめちゃくちゃ入ってるし

 トロフィーが何個も並んでるし

 あ、これ……


「ガチなやつだ」

「え? いや、あいつらが本気でやりまくってるだけで、のんびりしたい人も全然歓迎だからね!? ホントに!」

 少し焦ったように言うと、神奈木は南の名札を確認した。

「見学ってことは、南さんは体験は大丈夫?」

「はい……」


 突然、どこからか声が響いた。


「皐月先輩の豪鬼ごうき相手に、あのザンギ凄くね!?」

「あいつ誰だ?」

 続々と端っこのPCの前に人が集まっている。

「やってるね〜。南さんも見てみたら?」

「あ、はい」

 人だかりの隙間から見てみると、男子生徒二人が横に並んで座って格闘ゲームで対戦をしていた。

 右側に座っていた人の横顔が目に映る。

 開いている唇がわずかに震え、目を見開き、ただひたすらにコントローラーのボタンやスティックを動かしている。


 あれは、本気の顔だ


「左に座っているのが皐月さつき りゅう。右の生徒は多分挑戦者かな」

「挑戦者?」

「うん。よくいるんだよね、皐月に挑みたいって人が」


 南は、ゲームの中で起きている事は何一つとして理解することができなかったが、挑戦者と言われていた右の生徒の熱だけは、南の心に届いていた。

 その熱気に触れるだけで火傷してしまいそうだ。


「すっご……!!」

 気づいたら、南の口からそんな言葉が漏れていた。


「うわぁ、今のヤバ」

「皐月先輩、相変わらずフレーム差の読み合いうまいなぁ」

「あ、パニカン投げされた。挑戦者のやつ、もうきついな」


 ホントにみんな、何言ってるんだろう……


 そう思っていると、対戦中に何か映像が挟まった。


 『一瞬千撃いっしゅんせんげき

 『抜山蓋世ばつきざんかいせい

 『鬼哭啾啾きこくしゅうしゅう

 『故豪鬼成ゆえごうきなり

 男の背中に赤い『天』の文字が浮かぶ

 その瞬間『K.O.』の音が鳴った

 『我、けんを極めしもの……!』


「うお〜〜!!瞬獄殺しゅんごくさつ決まったぁ〜!!」

と、歓声が響く。


 南は、その映像に呆気にとられた。

「あの、どっちが勝ったんですか?」

「勝ったのは皐月。でもあの挑戦者、皐月相手によくやったよ」

 右の生徒はコントローラーを置くと立ち上がる。

「クソッ」

 そう呟くと人だかりを押しのけて南の横を通り、教室を出ていった。

 一瞬だけ、歯を剥き出しにして食いしばっているのが南には見えた。


 私には全部が眩しい

 あの人の本気の顔も、悔しい顔も

 あ、そっか、ここの部活はそういう人が来る場所なんだ

 本気でやりたい人が、本気で打ち込みたい人が

 私には……無理だ……


「うちの部活は格ゲーだけじゃないんだ。他のゲームも見ていってよ」

「いや、もう大丈夫です」

「え? 来たばっかりじゃ」

「私、塾があるので」

 南は目線を落として、そのまま教室を出た。



 その夜、南は塾が終わると廊下を歩いていた。


 部活、結局どうしよう

 いっそのこと、適当に入って幽霊部員になっちゃえばいいかな

 あぁ、もう、別にどこでもいいや


「南ってさ、陰キャどころか『無』だよね。無キャラって感じ」

「そうそう。あの子、アイデンティティないよね。それがなんか神経に障る」

「マジわかるわぁ〜、私も同じ事思ってた! 悩みなんてありませんよ的な?」

 出口の横で、見慣れた女子グループが話をしている。


 私の事だ

 さっさと帰ろう


 南は早歩きで横切り、外に出た。

「南さん。ちょっといい?」

 さっきの女子達の一人に後ろから声をかけられる。

「……なに? 藤井さん」


 藤井ふじい 優愛ゆあ

 彼女は塾で私にはじめて話しかけてきた子だ

 はじめは健気に話しかけていてくれたが

 今では私のアンチだ


「南さん、もうちょっと個性を出していったほうが良いよ」

「は?」

「は、って何? 私はアドバイスをしてるんだけど」

「私はそんなのいらない。帰って良い?」

 南は冷たく返したが、それが藤井の神経を逆撫でした。

「その態度よ! なんでいつも冷たくして他人に自分を見せようとしないの?」


 今冷たくしたのはお前が失礼なことを言ってきたからだ、と言ってやりたかったが南はなんとかその言葉を飲み込んだ。


「別に私は自分を見せないようになんてしてない」

 南は目線をそらす。


 藤井さんなんかが私の何を知ってるの

 私なんかにアイデンティティなんてあるわけないのに

 私、なんかに


「私は……。もういい、帰る」

「待ってよ!」


「おい」


 藤井が南に手をのばすと、誰かがその手を掴んだ。

「なにやってんだ」

 その横顔に、南は見覚えがあった。


 この人、学校で皐月先輩と対戦していた……


「なによ。触らないで」

 藤井は手を振りほどいた。

「いや、いじめだろ?実際、手出そうとしてたし」

「掴もうとしただけ! ていうか、いじめじゃない! これは南さんのために言ってるの!」

「自覚無しかよ、クソ女」

 藤井の頭に一気に血が上る。

「ああ、もう!! 帰る!!」

 そう言う藤井を先頭に、女子グループはどこかへ行った。


「あの、ありがとうございます」

「別にいいよ。帰りそっち?」

 彼が目線を道の先へと向ける。

「そう、ですね」

「俺も。なんだったら、一緒に帰るか」

「あ、えっと……はい」


 そこから南は、まともな会話を久々に人とした。


「今日、皐月先輩とゲーム対戦してましたよね。私、見てました」

「あー、いたんだ南さん」


 ん?


 南は自分の胸元を見て、名札がついてないことを確認した。

「なんで私の名前を?」

「そりゃ同じクラスだからだろ」

「え? す、すみません。わかってませんでした。名前、何でしたっけ?」

 彼は驚いた表情で「マジか!?」と言って会話を続けた。

黒瀬くろせ あおいだよ」

「えと、あおいさん。なんのゲーム好きなんですか?」

「あぁ。最近はスト6しかやってないなぁ」


 すとしっくす?

 ヤバい……なにもわからない……



 全シリーズで約5200万本売れている

 カプコンの人気格闘ゲーム

 ストリートファイター!


 ゲーム部で皐月と碧が対戦していたのは

『ストリートファイター6』

 通称『スト6』

 常にファンが絶えない人気格ゲーだ!



「え、えっと、すとしっくすねー、わかりますー」


 うわー、南さん超棒読み


「知らなくても大丈夫だよ。てか、ストリートファイターも知らないのになんでゲーム部に部活体験しに来てたの?」

「私入る部活迷ってて、中学になかったのがゲーム部くらいだったから」

「へー、どれで迷ってるの?」

「どれでというか、何にも入りたくないんです。私アイデンティティがないから、どれが好きっていうのもなくて」

「アイデンティティね。じゃあ南さん、今探してるんだ」

「え?」

 南はびっくりして碧の顔を見た。

「アイデンティティって個性って意味だったよね?」

「それはあってるんですけど、探してるわけじゃないというか……」

「あれ、そうなの? ま、どっちにせよ、自分の個性が今わかんないなら、これから探し続けることにはなると思うよ」


 アイデンティティを探す?

 そういえば私、探そうと思ったことなかったな

 いつも、ちょっとやってはやめてしまって……


「私に、探せますかね。だいいち、どうやって探すのかもわからないし」

 南は道の行く先、遠くを見つめた。

「なんでもいい。なんでもいいから、本気でやってみな」

「本気で、ですか?」

「うん、嫌いなものはもちろんダメ。なんとなく惹かれるものでいい。自分が本気でやってみたい、これって決めたことをガチでやるんだ。努力をするわけだからそう簡単じゃない。でもきっと、それをやっている内に知らなかった自分自身が見えてくる。その見えてきた自分が、何色にも染まらない南さんだけの『アイデンティティ 個性』になるはずだよ」


 その瞬間、南の心でなにかが弾けた。

 

 あ、そっか

 簡単なことだったんだ

 本気でやれることがないって

 うなだれるだけじゃ駄目なんだ

 自分から探しに行くんだ!

 個性を!

 アイデンティティを!


「ごめん、なんか偉そうに言っちゃって」

「いえ! そんなことないです!」

「じゃあ、南さんがなにか惹かれるものはない?」

「惹かれるもの……」


 皐月先輩と対戦していた、碧の顔がふと南の脳裏をよぎる。


「どう? ある?」

「ありました……ありましたよ!あおいさん!」

 南は立ち止まって、あおいに顔を近づける。

「お、おぉ。なんだ?」

「私、今日のあおいさんの顔を今でも覚えてるんです! あの本気でやっている顔が!」

 碧はそれを聞いて少し恥ずかしさを覚えた。

「あんなふうに私もやってみたいです!」

「そ、そうか」


 いきなり俺の顔とか言うからびっくりしたぁ〜


「決めました。私、ゲーム部に入ります!」

「え!? マジで!? 俺も入るよ!」

「そうでした、あおいさんはあの皐月先輩と戦うくらいですしね」

「はぁ、あれか? 負けたときはマジでムカついたし悔しかったけどな。あのクソドラゴン野郎……次こそは勝つ!!」


 クソドラゴン? って皐月先輩のことかな?

 確かに名前が皐月 龍だったな


「あと、さっきから気になってんだけど、さん付けじゃなくて、くん付けしてくれたほうがいいかな。それにタメ口でいいよ、同級生だし」

「わかった、あおいくん。これからよろしくね!」

 南は碧にニマっと笑顔を見せた。

「あぁよろしく、南さん!」


 改めてそう言い合ったその瞬間、南はとんでもない事に気づいた。


「あ、私、ゲーム機持ってない」

「え? パソコンは?」

「ない……ね」


 碧は息を「すぅーー」と吸うと言った。


「明日の放課後、一緒に買いに行こっか」

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