6話 進軍開始と少女

あくる日。私と父は家に立ち寄っていた。

西部から東部に横断する関係で、私たちの家の近くを通ったのだ。


「母さんの顔だけ見ようと思ってな」と私を連れて部隊を抜け出したのだ。


「作戦の隊長なのに抜け出してきていいの?」


昔は軍人だった母が厳しい目を向けてくる。

私は母に似ている。

母は他の人たちからはさっぱりとした美人とよく言われている。


勝気な猫目に、すらっとした鼻がそんな印象を抱くのだろう。私はあそこまでクールビューティではないが。


「ちゃんと戦功をあげてお金稼いできてね。死んだら泣いてあげるから」


「俺が死ぬかよ。でも、死んでも問題ないように顔だけ見ようと思ってな」


父は現代では珍しい、前線に立つタイプの指揮官だ。


何かを感じたのか、母が父を抱きしめる。


背が高くワイルドな父と流麗な母が抱き合う様子は絵画を彷彿とさせる。


深い慈愛の心と、出会ったときから変わらないであろう愛情。素直に羨ましいと思う。私には縁もない関係性だ。そう考えていたら背中を叩かれる。


『ティフォン、私いる。こう思ってるの私だけ?とてもひどい。もう乗せない』


「そうじゃないわよ。私は臨青のこと大切に思っているって。それこそ私以上にね。臨青は友人で家族よ」


『友人、家族。悪くない響き。でも、私は・・・』


それ以上の言葉は読み取れない。私の思考は筒抜けなのに、聞かせたくない言葉は竜語を使ってくる。この私の一番が不満なのか。生意気なやつだ。


『私、強欲。これ以上の地位のために頑張るけど、今はそれでよしとする』


「まぁ、そう言っても候補もいないんだけどね。友達もあまりいないし。恋人とか想像も出来ない」


昔は政略結婚などもあったらしい。

だが、今の時代は自由の風が吹き始めている。相手は自分で選べる。


まぁそもそもカムイの一族で、父の子供の時点で私が無理やり結婚などさせられるわけがないのだが。


『ティフォン恋人いらない。私といればいい。任務に集中する。不埒なこと考えない』


やけにまくし立てて喋る。そんなに私を結婚させたくないのか。


「相手もいないわよ。それにそれまでは臨青で我慢してあげる。私のこと一生守るのよ?先に番いなんて作ったら怒るから」


『もちろん。何があっても守る。臨青、ティフォン以外いらない』


「そ、ありがと。」


少しだけ心がきゅんとする。やけに愛してくれているらしい。

まぁ、悪い気はしない。竜でもいいかな、なんて世迷い事が湧いてきてしまう。

それはあまりに、代替行為すぎるかな。


『ほら、臨青もやってあげる』


抱擁を羨ましがっていると思ったのか私を包む。

あまりにも体格差があるが、冬が近くなってきた季節には調度いい。


だが、父と母は抱擁から熱烈なキスに代わっていた。


「いや、臨青までキスしなくていいから」


二人の真似をしているのかざらざらとした下で顔を舐められる。顔がベトベトだ。


『私、ティフォンの家族。これは権利』


「はいはい。そうだね。でも、ちょっとベトベトしすぎて嫌かな。キスが下手な竜は嫌われるよ」


『嘘。これから練習する』


練習台は私なんだろうな。竜はそもそもキスなんてするのかどうかもわからないけど


「ほらそろそろ行くわよ。部隊集合してるって。私たちが遅れたらどうしようもないでしょ」


「上官には敬語を使うんだ」


「今は親子でしょ。上官様。そんなこと言う前に早く行くよ」


離れがたそうな父と母を引き離す。ついでに小さい手で私を器用に掴む臨青も離す。


「じゃあ行ってきます」


「行ってらっしゃい。ピュート、ティフォンを守ってね。何かあったらあんたよりティフォンだから」


「分かってるよ。俺が娘を一人にするわけないだろ?」


最後に私の事を心配してくれた。くすぐったい感覚が全身を襲う。


そんな感覚を振りほどこうと、臨青たちと飛び去る。


振り返ったら弱くなりそうだと、前を向いて進むことにする。


「最後の確認だ。帝国はこの戦線を早々に片付け、相手の軍需設備を奇襲。同時に首都に攻め入り相手を強制的な講和に追い込むつもりだ」


母と別れ、部隊に戻る途中に父が任務を確認してくる。今は上官と部下だ。


「電撃戦になる。お前の部隊がその陣頭だ。このことを知っているのは、俺と士官の一部に参謀本部だけだ。この作戦は部下にも漏らすなよ」


重要な戦線であることは認識していたが、私の役割がここまで大きいと身震いしてしまう。


「それと、これは個人的な指令だが、ビクターを捕まえろ。あいつは共和国のかなめだ。あいつがいる限り、共和国は負けない」


父の宿敵を私が捉えられるのかは未知数だが、父はお前なら出来ると言ってくれる。


「最悪殺してもいい。だが、あいつを捕まえられたらより講和を有利に進められる。判断はお前に任せよう」


「了解しました」と重く頷く。


これは、本当に私の役割は大きい。相手の首都に忍び込み、その指導者を捕まえる。字面だけ見ても難しい。


「お前なら出来ると思ってる。お前のその目と、臨青との繋がりがあればビクターも凌げる。あいつは俺の前には絶対姿を見せないからな」


ビクターは父に殺されかけたことがある。

だから、殊更に父を恐れているのだ。


それに、懸念点はそこだけではない。


「一つ確認です。相手の軍需施設を攻撃するということは民間人を巻き込むことも厭わないということですか?」


「・・・ああ」と父が頷く。


「それは、国際法に背いている気がするのですが・・」


戦争は軍人のもの、文民は出来るだけ巻き込まないのは国際法にも書かれている。


「だからこそだ。相手の裏をかかないと電撃戦は成功しない」


父の言葉には納得感がある。戦争は先に悪魔になった方が勝つものなのだ。歴史が証明している。


「お前に色んなものを背負わせるのは、申し訳ないと思っている」


「大丈夫です。そんなこととっくの昔に覚悟しています」


珍しく父が申し訳なさそうにしている。

私は心の奥底にある不安を見ないようにして、イラついてしまう程明るい空を進んでいく。


少し進むと部隊が駐屯地で待っている。最後の補給だ。これが終われば東部戦線まではすぐだ。


「・・・それでは諸君進軍を開始する」


再び父が先頭に立ち竜兵たちに言葉をかける。


「これから始まるのは戦いではない。蹂躙だ。祖国防衛のための、英雄の行進だ。我々を止める者は存在しない。我々は帝国の誇りだ。蹂躙を開始せよ。帝国に明日の灯を」


大地を震わせるような歓声が響く。父の声に兵たちは鬨を上げ、目には火が、体は武者震いに包まれている。


「臨青、この戦争の鍵は私たちだ。絶対に成功させないといけない。私の体は任せた。臨青の体は任せて。・・・勝とう」


『分かった。任せて。勝とうね』

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