僕は焼肉定食が食べたい

望乃奏汰

第1話

昔から甘いものが苦手だ。

クッキーもたい焼きもおまんじゅうもクリームソーダもココアもチョコレートも。

一番嫌いなのは生クリームたっぷりのイチゴのショートケーキだ。考えただけで胃がムカムカしてくる。


「んー、原因はよくわかりませんが、おそらくストレスによる味覚障害の一種だと思います。経過を見ましょう。」


目の前の医者はそう言うと、蓬澤よもぎさわさん、今日は帰っていただいて大丈夫です。おつかれさまでした。と締めの挨拶をした。


味覚障害の原因も分からないのに帰って大丈夫かどうかお前は分かるのかよ。


色々と不満はあったが素人は専門家の言うことを聞くしかないのだった。


食べ物の味がしなくなったのは3日前の昼食時、ラーメン屋に行ったときのことだった。


最初は、このラーメン屋いくらなんでも味が薄すぎるだろ逆にこの油の浮いた真っ黒な見た目でお湯みたいな味のスープ作る方が難しくないかチャーシューなんてタオル食ってるみたいだぞこれと思ったが、明らかにおかしい。

こんなクソマズラーメン屋が週末のお出かけ情報番組で取り上げられているのも昼食時に満席なのも、こんなラーメンが1300円するのもおかしい。いや、周りは皆おいしそうにラーメンを啜っている。隣のカップルなんかお互い「おいしいねー」と言い合って「ゆりちの煮卵たっくんにあげるね♡」などと惚気けている(爆発しろ)。


どうやら、おかしいのは僕の味覚の方だった。


3日間、様子を見て自力でどうにかならなかったら病院に行くというマイルールに従って病院に行ったものの結局分からなかったわけだが。頭を抱えた。


「と、いうわけなんだよ。」

「え、大変ですね。ストレスの原因として思い当たることとかってないんですか?」

「物価が高くて給料が低い事ぐらいか。」

「それはそうですね。みんなそうです。」


僕は会社帰りにカフェバーで同僚の紗桐さとうくんに愚痴を聞いて貰っている。持つべきものは愚痴を聞いてくれる同僚だなぁー本当に良い奴だなー。

勿論酒も食べ物も味がしないため、紗桐くんには好きなものを食べてもらっているけど、僕はいちばん安いウーロンハイとミックスナッツを半ば作業のように口へと運んでいる。


「にしても、なんか、この店、妙に甘いにおいがしないか、、、厨房で蜂蜜でもぶちまけたのかな、、、なんか具合悪くなってきた、、、甘ったるいの苦手なんだよ、、、」

「味がしなくても匂いは分かるんですね。」

「いや、ニンニクマシマシ黒マー油ラーメン食べに行った時は全然匂いもしなかった、、、あーもう、ちょっと胃がムカムカしてきた、、、無理かも。帰る、、、」

「途中まで送って行きますよ。蓬澤さんひどい顔色ですよ。」

「悪い、、、」


紗桐くんと僕は家の方向が一緒だったのでタクシーに相乗りして帰ることにした。とはいえ痛い出費だ。


タクシーに乗ってもなお甘ったるい匂いは鼻孔にまとわりつき、とめどない吐き気が襲ってくる。

紗桐くんは心配そうに僕の背中をさすっている。


「蓬澤さん、大丈夫ですか、、、」

「キツい、、、」

「飲みかけで申し訳ないんですけど、水あるんで、一旦飲んで落ち着いてください。」

紗桐くんは鞄から出したペットボトルを僕に渡す。ほとんど飲んでいないようだったが、口は開いている。

普段であれば「間接チューになっちゃうだろ~!」などと軽口を叩くところだが、マジでそれどころじゃなかった。

僕は吐き気を堪えながらペットボトルに口を付ける。その瞬間、

「げはっ!がっ!うえぇ~」


オロロロロロ

僕はタクシーの中で嘔吐した。


「お、お客さん!! ちょ、大丈夫ですか!?」

「蓬澤さん!! 蓬澤さん!!」

車内は地獄絵図と化した。


口の中の焼けるようにこびりついた甘さ、遠くに聞こえる運転手と紗桐くんの声の中、僕は意識を手放した。

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