高岡賢人


 「今日の東京の天気をお伝えします。東京二十三区全域で春の暖かさを感じられる過ごしやすい気温になっております。また明日以降もこのような天気が、続くと予想されており、新学期の始まりにふさわしい天気になっております」

 テレビから流れる天気予報は、つい最近までの憂鬱とした雨模様と一転して、新しい春の訪れを、祝福するかのようなニュースが流れてきた。

「速報です。先日から行方不明になっている夫妻の夫の…」


***


「うわーおおいな」

彼は明日に迫った引っ越しの荷造りをしていた。ここ最近の天気とは打って変わり、春の陽気な日差しが彼の部屋に差し込んでくる。住宅街のワンルームのアパート。彼にとっては、大学で上京してきてからずっと住み続けていた部屋だった。この部屋に住んでから八年目に差し掛かり、物があふれていた。押し入れにはとりあえず突っ込んで上京の際に、持ってくる必要があったのか分からないものがたくさん入ったダンボール。思い出の品だったことは覚えているが、中に何が入っているかは覚えていなかった。彼は、荷造りの手を止め、久しぶりにその箱を開けた。

中には、アルバムや、トロフィーなど思い出がたくさん詰まっていた。彼は、その中から、高校時代の写真が入ったアルバムを取り出した。入学式の親と撮った写真や修学旅行で行ったシンガポールの写真などが入っていた。そのほとんどの写真には彼と肩を組んでいる男が一人写っていた。

彼の隣で肩を組んでいた男は、小学校からの幼馴染だった。いつ、どんなきっかけで仲良くなったかは覚えていないが、小学校の時はいつも一緒に帰ったり、遊んだりしていた。中学生になってからは、彼は部活に入り、男は部活に入らなかったため、疎遠になっていた。しかし、高校も一緒で、帰り道の電車が同じだったこともあり、また仲良くなっていき、最終的には大学も同じだった。どちらかというと外向的な彼に比べて、男は内向的だったがなぜか仲が良かった。

そんなこともあり、その写真は中学高校と野球部だった彼の肌は黒く。それと対象的に写っていた男はどちらかというと色白だった。

「懐かしいな」

ふと彼はそうつぶやいた。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

 「はーい」

 彼は、返事をし玄関のドアを開けた。そこに立っていたのは、先ほど眺めていた写真の男だった。

 「久しぶり、引っ越し明日でしょ手伝いに来たよ」

 「え?」

 彼は困惑した。

 「じゃあ、お邪魔します」

 男はそう言って、部屋に入っていった。

 「結構綺麗に片づけられてるね。あ、懐かしい」

 男は、彼が先ほど出していた写真に食いついた。

 「修学旅行懐かしいね。シンガポールよかったよね。あの時さ、初めて飛行機に乗って、ちょっと怖かったんだよね」

 「……そうだったんだな」

 男は、なぜかいつもより元気だった。いつもなら声のハリはないし、どちらかというとぼそぼそと話すタイプだったが今日はいつもと違っていた。

 男は、彼が先ほど出していた写真を何枚か手に取って眺めていた。

 「これ、懐かしいな。みんなで海行ったやつだ。覚えてる?」

 「……あぁ」

 彼は曖昧に返事をする。

 アルバムの中の写真たちは、まるで昨日のことのように色鮮やかだった。だけど目の前の“男”が、その写真と同じように笑っていることに、彼の胸の奥がざわついた。

 (……おかしい。あいつは)

 男がこちらに背を向けてアルバムをめくる。彼は、それを気にしないようにして、淡々と荷造りを再開した。

 「これも懐かしいな。ほらこれ、高校の文化祭の時、ユリが喫茶店の店番してたやつ」

 その名前を聞いた瞬間、彼の手が止まった。

 彼と男にはもう一人ユリという幼馴染がいた。元々は男と幼馴染で、彼と男が仲良くなったのをきっかけにユリと彼も仲良くなった。

 ユリは男と違い、彼と似て明るく、誰とでも自然に話せる社交性があり、成績も常に上位。それなのに気取ったところがなく、相手の話にそっと耳を傾ける仕草が、人を無意識に安心させた。

彼女がいるだけで場の空気がほんの少し明るくなる。そんな、目を離せない魅力を持った女の子だった。

よく三人でテスト勉強をする際は、ユリが二人の勉強の面倒を見るというのが慣例となっていた。それもあり三人とも、彼と男からすると少しレベルの高い大学に進学できた。

 「あぁ覚えているよ」

 彼はそっけなく返した。


 ***


 昼間の暑さがまだ残る夕方のグラウンドが彼の居場所だった。同じ部活の仲間と共に汗を流して、いけるかは分からない場所へ目指す挑戦は彼にとって、大事な時間だった。

 「あとちょっとなんだよな」

 たった二両編成で田舎道を走る帰りの電車、彼と男は並んで電車に揺られながら座っていた。彼はエナメルバッグを抱え、男はスクールバッグを膝の上に置き、本を読んでいた。

 「あとちょっとって?」

 男はページをめくる手を止め、彼に聞き返した。

 「感覚の話なんだけど、あとちょっとで甲子園に行ける気がするんだよな」

 「あとちょっとか。何か足りないとかあるの?」

 「うーん。わからない。いいメンバーもそろっているし、今年いけなきゃ、来年いけない気がする」

 「来年はいけないって、来年三年なのに」

 「今のチームが一番バランスがいいんだよ」

 「そっか。頑張って」

 「おう」

 いつも二人の会話は、あっさりした会話ばかりだった。それが、二人の空気だ。昔は、一緒にゲームをしたり、外で遊んだり、共通の趣味があったが、中学に入りそれぞれやりたい道に進んでいってからは二人の会話はとても淡白だった。

 高校に入ってから、帰る道が一緒になることが多くなってまた話すようになった。

 「そういえば、もうそろそろ文化祭の出し物決めるけど何か決まった?」

 男が、ふと話題を出した。

 「なんか喫茶店やるんだってよ」

 「そうなんだ」

 「クラスの女子がメイドっぽい服着るかどうかみたいな話してた」

 「ユリも着るのかな」

 男は彼とユリとは別のクラスだった。

 「着るんじゃないか」

 「だよね」

 二人の会話は終わった。

 山間から見える夕焼けの日差しが逆の窓から差し込む。二人の沈黙の後ろで流れる電車の一定のリズム。

 もうそろそろ二人の最寄りの駅に着く前にあるトンネルを抜けた後、男は口を開いた。

 「僕のこと気にしなくていいから」

 「え?」

 「大丈夫だよ。二人の仲は邪魔しないし、三人でずっと仲良くいたいんだ。それがどんな形であれ」

 「そっか」

 「うん」

 その後、沈黙の中、最寄りの駅に着くことを知らせるアナウンスが流れ、二人は電車から降りた。閑散とした駅前の小さなロータリー、二人は並んで歩く。彼と男はどちらもきまずいとは感じたりはしなかった。

 その時、ふと彼は自販機の前で止まった。

 「何か飲む?」

 「あ、うん」

 彼はコーラ、男はお茶。二人とも缶のプルタブを開けて飲み始める。男は飲みながらもその目線は彼に送っていた。

 「あのさ」

 彼はコーラを少し飲んだ後、口を開いた。

 「うん」

 「あとちょっとなんだ。だからそれまでは何も変わらない。自分の望みが叶ったときに初めて言うよ」

 「そっか」

 男はその何かを言う相手が誰かは分かっていた。

 「きっと大丈夫だよ」

 男はそう彼に言った。

 その後、彼はすべてを手に入れた。

 

 ***


 「初めて甲子園に行ったとき覚えてる?」

 男は荷造りをしている彼に向かって聞いた。

 「覚えてるよ。ずっと憧れていた場所だったからな」

 「そうだよね。小学生の時からずっと言ってたよね。甲子園に行って、プロ野球選手になるって」

 「そうだな」

 「それで、高校二年の時、高校としても初めて甲子園に出場してさ、僕もみんなと一緒に応援行ったの覚えているよ」

 彼は荷造りの手を止めない。男のアルバムをめくる音が聞こえる。

 彼はふと、甲子園の砂の匂いを思い出した。炎天下の甲子園に滴る汗、鳴り響くサイレンの音、泥まみれのユニフォーム。

 「あの時はよかったなあ」

 彼がふと漏らした。

 「そうなんだね」

 「あぁ」

 「僕もうれしかったよ。近くにいる友達が、大舞台で輝いているのなんて一生に一度あるかないかだしね」

 男は、本当にうれしそうに言った。

 「結局すぐ負けたけど、俺の中ではいいプレーができたと感じた。あとちょっとをつかめた気がしたんだ」

 彼は、そこにいる男に向かって話す。

 「負けたのは悔しかったけど、次につながった」

 「次につながった?」

 「あぁ大学からオファーが来たんだ。うちでやらないかって」

 「そうだったんだ」

 「でも俺はそれを断ったんだ。天秤にかけた。野球とユリを、そしたら野球には後悔が残ってなかったし、それよりもユリが必要だと感じていた」

 「それだけ大事だったんだよね?」

 「あぁそうだよ。甲子園に行ったあと、俺自身の心の変化があって、優先順位の一番が変わったんだよ」

 「でも大学でも野球部に入ったよね?」

 「そうだよ。ユリが入ったほうがいいって言ったから」

 「そっか」

 「でも間違いだった」

 「そうだね。間違いだったと思う」

 

***


 桜が散り始めた頃、三人は大学に入学した。

 つい最近まで高校生だったはずなのに、入学して一週間が経つと、もうあの頃がだいぶ前のことのように思えてくる。

 三人でどのサークルに入るかを相談していた時、彼は大学の野球部から声を掛けられた。

 甲子園に出た経験があることもあり、勧誘は熱心だった。

 彼自身は、もう野球を続けるつもりはなかった。

 あの夏が終わった時、夢を叶えたという満足感と、ユリと一緒に過ごしていたいという想いから、野球選手になるという未来はどこか遠ざかっていた。

 だが、男とユリが「入ったほうがいい」と言った。

 ユリは言葉にしなかったけれど、彼には分かった。

 “まだ諦めないでほしい”と、どこかで願っていることを。

 そして彼は、入部した。

 それから一か月が過ぎた頃、三人は新しい友達ができ、自然と別々のグループで過ごすことが増えていった。

 桜の木はすでに青い葉で覆われ、春の気配は少しずつ遠のいていた。

 そんな日の昼休み、男は学食で三百円の牛丼をトレイに乗せ、空いている席を探していた。

 ふと見ると、ひとりで座る彼の姿があった。

 「ここいい?」

 声をかけると、彼は少し驚いたように顔を上げた。

 「あぁ、いいよ」

 その表情は、どこか疲れているように見えた。

 だが男は、まあそういう日もあるだろうと深く気にしなかった。

 「最近、野球部はどう?」

 問いかけると、彼はわずかに目を伏せた。

 「……まあ、いつも通りだよ」

 その“いつも通り”が、どういう意味だったのか。

 男はその時、気づかなかった。

 高校ではレギュラーだった。

 自分の居場所があった。

 仲間もいた。

 だが、大学では違った。

 上下関係。

 理不尽な指示。

 あからさまな悪意。

 最初は、笑って耐えていた。

 自分なら大丈夫だと思っていた。

 だが、次第に周囲の視線が変わっていった。

 誰も話しかけなくなった。

 ロッカールームに置いた荷物が消えた。

 練習中に転倒しても、誰ひとり駆け寄ってこなかった。

 その積み重ねが、心を折った。

 彼は練習に行くのをやめ、そのまま退部した。

 すると、まるでその決断を合図にしたかのように、周りから人がいなくなった。

 唯一、そばに残っていたのはユリだった。

 彼女は部屋に来て、何も言わず洗濯物を畳んだ。

 夕食を作り、黙ってテレビを見ていた。

 言葉がなかったのがその時の彼には救いだった。

 けれど、次第にその沈黙すら、彼を追い詰めるようになっていった。

 「なんで何も言わないんだ」

 「俺が惨めなの、見てて楽しいのか?」

 そんな言葉を吐いた日のことを、彼は今でも鮮明に覚えている。

 ユリは何も言わなかった。

 ただ静かに立ち上がり、玄関へ向かい、靴を履いた。

 そして、ドアが閉まった。

 その音は、ただの扉の音ではなかった。

 彼には、永遠の別れのように聞こえていた。


 ***


 部屋は先ほどよりもものが片付いてきていた。彼は、ベランダに出て、一本煙草を取り出し、火をつけ吸い始めた。

 「あの時さ、何も知らなかったんだ」

 窓際に立って煙草を吸う彼を見ながら男はそう言った。

 「……そうか」

 「煙草吸うんだね」

 「あぁ」

 彼が野球部に入って、最初の飲み会で、先輩から渡されて吸い始めたのがきっかけだった。最初は煙草の吸い方なんてちっともわからなかった。煙草の良さなんてそれよりも分からなかった。

  彼は煙をゆっくり吐き出した。白い靄がベランダの外へ流れ、春の夕光に溶けていく。

 「先輩がな、やたらと嬉しそうに箱渡してきてさ。『お前も大人の仲間入りだ』とか言って……」

 彼は笑ったが、その笑いには何の色もなかった。

 男は窓のそばの床に腰を下ろし、彼の背中を見る。

 その背中は、昔より少しだけ小さく見えた。

 「それで、そのまま癖になったの?」

 「……癖っていうか、まあ。吸ってる間だけは、何も考えずに済むから」

 再び煙が吐き出され、ベランダの外へ落ちていく。

 男は少し黙ってから、ぽつりと言った。

 「あの時さ、もっとうまくできた気がしたんだよね」

 「いいよ。過去のことだし」

 「でも」

 「いいんだって」

 その言い方は優しくはなかったが、怒ってもいなかった。

 ただ、何かを切り捨てるような声だった。

 彼はベランダに置いてあった灰皿に吸い殻を押し付け、火を消す。

  煙草の先がわずかに赤く光った。

 彼は吐き出す煙を目で追いながら、ゆっくりと言葉を続けた。

 「……あの時さ。何も、わかってなかったんだよ。ユリのことも。あいつのことも」

 男は静かに彼を見た。

 窓から吹き込む夜風が、薄いカーテンを揺らしている。

 「わかってたつもりだった。俺の方が強い、俺の方が前に進んでる。……そんなふうに思い込んでた」

 彼の目は遠くを見ていた。

 灰皿に灰を落とす仕草が、どこかぎこちない。

 「結局さ。全部、俺が壊したんだよ」

 そう言った声は、少しだけ震えていた。

 男は口を開きかけたが、言葉が見つからず、そっと唇を閉じた。

 「……覚えてるか? あの日」

 彼は静かに言った。

 煙草の火が、夜の闇の中で揺れた。

 「ユリが出てった数日後。俺、大学のベンチに座ってたよな」

 その言葉が合図のように、部屋の空気がゆっくりと過去へ沈んでいく。

 男はうなずいた。

 彼は視線を足元に落とし、苦い笑みを浮かべた。

 「……あそこから、全部おかしくなったんだ」

 彼の思い出が、そっと開かれていくように。

 そのまま、暗い記憶へと場面が切り替わっていく。


 ***


 ユリが部屋を去って数日後、彼は大学のベンチに座り込んでいた。

 肌寒い風が吹く夕方、男が遠くから歩いてきた。

 「……ここにいたんだね」

 男が声をかけると、彼はゆっくり顔を上げた。

 その目の下には、深い影が落ちていた。

 「何の用だよ」

 低い声だった。

 「ユリから連絡が来なくてさ。心配してるのかなって……」

 「心配?」

 彼は乾いた笑いを漏らした。

 「お前に、俺の何が分かるんだよ」

 男は眉をひそめた。

 「分かるわけないよ。でも、話ぐらいは」

 「聞きたくねえよ」

 彼はベンチの背にもたれ、空をにらむように見上げた。

 「お前はいいよな。いつだって誰かが助けてくれる。友達も、サークルの仲間も」

 「そんなこと」

 「あるんだよ。俺には全部見えてた」

 風が木々を揺らし、沈黙が割り込む。

 男は一歩近づいた。

 「なあ、最近、本当におかしいよ。ユリも、心配」

 「だから心配って言うな!」

 彼の声が、夕暮れのキャンパスに響いた。

 男は少したじろいだ。

 「……僕は、ただ」

 「ただ? お前はいつだって“ただ”なんだよ」

 彼は冷えた声で言った。

 「俺の気持ちなんて、わかったふりして近づくな」

 男は拳を握った。

 「わかったふりなんてしてない。僕は、君が野球部で何があったのかも、ユリと何があったのかも、少しでも力になれればと思って」

 「だからそれがムカつくんだよ!」

 彼は立ち上がり、男に向かって一歩踏み出した。

 「いいか、いつもお前はそうだ。誰かが助けてくれる。俺が話しかけなければ、昔からひとりぼっちだったくせに!それが今となって、俺を助ける?笑わせるなよ!」

 「そんなこと……」

 「いいか!お前は俺に何を求めているか知らないが。いつまでも三人で入れると思うなよ。三人での仲良しこよしはもう終わりだ」

 「……自分勝手すぎるだろ」

 「は?」

 「自分勝手すぎるんだよ!」

 男は彼が聞いたことないくらいの声量を出した。

「僕は、別に助けてほしいなんて言ったことなんてない!確かに三人でいたいけど、それは無理なのもわかってるんだ!実際、君がユリと付き合いだした時からそれは思っていた。それでも、大好きな二人だからこそ、君が、ユリに対してひどいことをすれば僕も怒る。そして、君がそんな人間じゃないことだってわかってる。だから難しいんだよ」

男の声は震えていた。

 「……もういいよ。話にならない」

 彼はゆっくり背を向けた。

 男はその背中をじっと見つめる。

 「逃げんなよ」

 歩き出す彼の足音は、次第に遠ざかっていった。

 男は追いかけなかった。

 追いかける理由も、もうなかった。

 こうして二人は疎遠になっていった。


 ***


 空は茜色に染まり始めていた。

 男の口はいまだに止まらなかった。思い出に浸った男の言葉はどれも綺麗で鮮やかだった。その言葉はどれも彼の胸を刺し続けていた。

 もう終わってほしい、と彼は思った。

 彼の中にいる『男ではないなにか』が、容赦なく後悔を掘り起こし続けていた。

 「二十年以上の仲でこんなに長く続く友達はいないよね」

 男は言った。

 「普通は疎遠になるはずだけどそれでも長く続くのは本当にすごいことだよね」

 男は続ける。

 「時にはさ、けんかもしたりしたこともあったけど、それでも毎回いつの間にか仲直りしたり、ユリが仲を持ったりしたこともあって、僕はとても楽しかったよ」

 男の口調が段々早くなっていく。

 「一回大学生になって、君がおかしくなった時もあったけどそれでも、僕はずっと友達だと思っている。これは間違いなかったはずなんだ。けんかしても仲直りできるって信じてた。ずっと信じていたんだよ。僕は、君を尊敬していた。僕と違って、友達付き合いもうまいし、ずっと僕の憧れだったんだ。こんなこと言うと恥ずかしいけど、でも今言わないとさ、ダメな気がして。それでさ、どうしても来てもらいたかったんだ。祝ってほしかったな。それでまた三人で話したかった。最後の最後まで君を待っていたんだよ。ずっとね。ずっとだよ。ずっと。でも君は来なかったんだ。だからさ、家に来てくれた時は本当にうれしかったな。やっと話せるって思ったんだ。それでまた普通に戻るって舞い上がったんだよ」

 彼に対して背を向けていた男は、立ち上がり男の後ろに立った。

 「なんで殺したの?」

 

***


 私は、つい最近起きた夫婦殺害事件の犯人が暮らしていたという部屋にいた。

 そもそもの通報内容は、隣室の男性が上げる「奇声がうるさい」というもので、事件とは無関係だと思われていた。だが、数名の警官が部屋に踏み込むと、そこには錯乱状態で叫び続ける男がいた。動き回るわけでもなく、ただ壊れたように声だけを上げている。その姿は、すでに人としての輪郭が曖昧になってしまったかのようだった。

 身元確認が進むうちに、その男が今回の夫婦殺害事件の容疑者と一致し、その場で逮捕された。

 犯人は幼馴染の夫婦を殺した。動機はまだわからないが、捜査していくと幼馴染夫婦の奥さんとは昔付き合っていたことが分かった。他にもいろんな要因があるのだろうが、犯人は昔の関係を引きずっていた、これが最大の動機だと私はにらんでいた。     

 ただ犯人は一切口を割らなかった。

 「それで犯人はなんて?」

 「ダメですね。何も言わない」

 「そうか」

 「ただずっと一点をボーっと見てるんですよ。それで時々、発狂して暴れそうになるんです」

 「検査は?」

 「薬の線は全くないですね。全く何にも引っからなかったんですよ。次に精神科の方の検査もこの後するのでそれ次第ですね」

 「そうか」

 私は、犯人の部屋を見て回った。部屋はとても綺麗にされてあった。荷造りされていた荷物たちはきれいにダンボールにまとめて入れてあった。一冊だけ古いダンボールの上に置いてあったアルバムを手に取った。その時、一枚だけ写真が床に落ちた。

 その落ちた写真には高校時代の犯人と被害者が笑顔で肩を組んでいた。

 


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高岡賢人 @takaokakento

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