怪異未満
ゆう
プロローグ
___こんなこと、望んでいなかった。
狩野ミズキは、周りの視線から、悪意から、目を背けたかった。
けれど自分の手が顔を上げ、それすらも許されることはない。
ここは檻の中だと、何度思っただろう。
何度も、何度も。
そんな時に限って、いなくなってほしい人は消えた。
偶然だ。
その時__目が覚めた時、血まみれだったとしても。
人を殺したとしても。鉄臭い匂いがしたとしても。
きっと、偶然なんだ。
偶然、偶然、偶然。
偶然偶然偶然___
望みなのに、望んでいない。
やめて、やめてよ、
やめてってば!
___もういいから!
その言葉は、何度発しても、誰にも届かずに消えるだけ。
ミズキは目を背け続ける自分を責め、嫌った。
何回、消えてしまいたいと思っただろうか。
だからこそ、軋み切った心は、唐突に
歪み切った答えを出してしまった。
逃げ場がないなら、もう何もできないなら。
孤独になるなら。
あぁ、そうか___
終わりにすればいいんだ。
_________
「___違う!!」
狩野ミズキは叫び、起き上がった。
額には汗が吹き出している。呼吸が乱れているのは、悪夢のせいだろう。
ミズキは額の汗を拭い、あれは夢だったと安堵する。
___その安堵も束の間。
彼の瞳は、みるみるうちに見開かれていった。
「え、な、ここ、どこ……?」
ミズキが起き上がったのは、自分の部屋ではなかった。
冷たい床が体に沁みる。
横を見ると、石造りのレンガでできた壁があった。
その冷たさに、ぞくりと体を震わせる。
室内は薄暗く、澱み切った空気が漂っていて、
環境は世辞にも良いとは言えなかった。
そして極めつけには___鉄格子が、目の前に広がっている。
「お、檻!? なんで……!?」
ミズキは記憶を懸命に遡り、手繰り寄せる。
自分は今日高校の入学式のはずだった。
綺麗な制服を眺め、荷物の準備をし、
ふかふかの暖かい布団で早めに眠りについたはずなのに。
ミズキの動揺は加速する。
「ね、ねぇ! 誰か……!! 誰かいないのかな……!!?」
ミズキは必死に辺りを見回す。
すると、部屋の隅に箱があった。
赤と金で着色された、ずっしりとした質感の箱。
(……箱? なんでこんなところに。
というか、宝箱みたい……。)
ミズキの視線は、その箱に釘付けになっていた。
何故か、惹かれる。異常なほどに。
無意識のうちに、箱へと手を伸ばしていた。
おずおずと触れると、冷たい。けれど金属的な感触があった。
少し逡巡した末、ミズキは箱を開ける。
ギィイ、と音を立てて箱が開く。
中には、箱の大きさに見合わない、
メモ用紙ほどの小さな紙が折りたたまれていた。
それをゆっくりと広げる。
そこには、
【ジンロウ】
とだけ書かれていた。
「ジン……ロウ……?」
ミズキの頭の中に四文字が浮かんでは消え、浮かんでは消え、そして結論をだした。
「人狼……!?」
人狼。それは人の形をしたオオカミ。
ミズキの顔いっぱいに、疑問が浮かぶ。
(なんで、人狼…?)
不意に服の裾を、ぎゅっと握りしめる。
___ガチャ。
鍵の開く音がした。ミズキはばっと顔を上げる。
ミズキは一瞬迷い、後退った。
このまま行ってもいいのだろうか。
そんな思考が、足を止めていた。
それでも、ミズキは決意し、鉄格子へ駆け寄る。
慎重に扉を開けると、突っかかることもなく、容易く開いた。
ミズキは、そこからそっと頭を出す。
耳を澄ますと、他の少年たちの声が聞こえた。
「おい……! なんだよこれ! ふざけんじゃねえよ!!」
「こ、こんな誘拐監禁……犯罪ですよ!?人生終わりますよ!?」
自分以外にも、捕らえられている人がいる。
その事実が、ミズキの心を少しだけ軽くした。
はっとして、ミズキは首を振る。
(人が捕らえられていて安心するなんて……どうかしてる。)
すると、隣の鉄格子からも、ガチャという音がした。
「……おー。開いた。」
自分より少し低い声。
声の主は、軽い足取りで外へ出てくる。
そして、ミズキの方をじっと見た。
(……これ、ぼくを見てるんだよね……?)
目が隠れるほど伸びた銀髪。
くるくると丸まった髪のせいで、視線が読めない。
銀髪の少年は、ミズキを指さす。
「……キミ、何してんの?」
「……何って、怖くて。」
「そっちの方が怖いんだけど。生首だけじゃん。」
「え?」
ミズキが不可解そうな顔をすると、少年は笑った。
「ははは! なんか、めっちゃ面白いんだけど!!」
何が面白いのか分からない。
そんな表情で、ミズキは少年を見る。
ゆっくりと立ち上がり、外へ出た。
ミズキより少し高い身長。
銀髪の少年は、乱れた呼吸を整え、ミズキを見る。
「ウチはな、東堂___」
ガー、ガー、と放送音が響き渡った。
『ミナサン、皆サン。
大事なオハナシがあります。
牢を出て、アカリの方へ歩いてクダサイ。』
___無機質。
その三文字が、頭に響く。
恐怖すら覚える、カタコトな放送。
終わると同時に、灯りがボッと点いた。
銀髪の少年が、顎に手を当てて笑う。
「自己紹介はあとでいいね。早く行こう。」
「……うんっ!」
ゆっくり歩き出す銀髪の背を、
慎重だが、確実に追っていった。
そんな二人を、後ろから眺める者がいた。
「ふむ……これは、面白い未来が見えます!」
薄灰色の髪をした少年はにぃっと口角を上げ、
弾む足取りで、明かりの灯る方へ向かっていった。
ミズキたちが捕らえられていた場所はどうやら地下だったらしい。
長い螺旋階段を落ちないように登ると、扉が見える。
「すっご!なんだこりゃ!」
銀髪が声を上げた。
かくいうミズキも息を呑んでいる。
無理もないだろう。ミズキの前には
おそらく8メートルはあるであろう扉があった。
扉は重厚感に溢れていて、見ているだけで押しつぶされてしまいそうだった。
その時、銀髪が扉を開けようとし力を込め扉を押した。
___びくともしない。
銀髪はこれみよがしに額を抑える。
「……ウチには無理ぃ…」
「…どうしたらいいんだろ。」
「どうしよもないよなぁ…。まぁ、腕力無いどうし仲良くやろうぜ…。」
「……ふ、なにさそれ。」
ミズキと銀髪は顔を見合わせ笑い合う。
こんな冷たい場所でも、
暖かく感じられた。
ギシ、と階段を登る音で二人は階段を見る。
するとそこから、薄灰色の髪をした少年が登ってきた。
髪の毛は伸び切っていて、ボサボサだった。
その子は不可解そうな顔をして口を開く。
「あれぇ?まだ居たんですっ?」
そう言うとゆっくり二人の前を通り過ぎる。
そして扉を掴み、横にスライドする。
すると扉は容易く開いていった。
「あっ、あなたたちもどうぞ!」
薄灰色の少年はそう言いミズキ達に手を伸ばした。
そのさなか、銀髪が笑いながらミズキに耳打ちした。
(スライド式だったんだね。)
ミズキはふっと笑った。
そのまま、笑って手を取る。
続いて銀髪も手を取った。
「それじゃ行きましょ〜〜!」
えいえいおー!と、薄灰色の少年は腕を振り上げた。
扉を通ると、そこには荘厳な景色が広がっていた。
扉前までの冷たい石造りに比べ、趣味の悪いギラギラした色。
その移り変わりようにミズキは気色悪さも覚えた。
部屋に気を取られている時に、扉が音を立てて閉まる。
閉まると同時、放送が鳴った。
『ミナサン、お揃いのようデスネ。ならば説明を開始イタシましょう。』
あの時と同じ無機質な声が響く。
「とっとといえよ!!クソ放送!!」
「ちょ、やめなよぉ…。イタチくん。」
「……うっせえ!」
ミズキが怒号の方に振り向くと、イタチくんと呼ばれていた眉間に皺を寄せた金髪をオールバックにした少年。
そしてそれを宥めているであろう、茶髪のツーブロックの少年がいた。
(放送に怒ったって意味ないのに……。)
ミズキはそう思い視線を戻した。
『アナタタチは、怪異としてここに収容サレました。
出る方法はヒトツ。自分の《禁忌》……いわゆるトラウマを見つけるコトです。』
(……怪異?トラウマ?
ど、どういうことなの……!?)
ミズキは何を言っているのかわからない様子だった。
それは他の少年も同様である。
放送はそんな動揺を気にせずに進む。
『イクツかの禁止事項がアリます。どうか守ってクダさい。
まず、本名を教えナイこと。そして、ジサツをしないことです。』
ミズキの頭にたくさんの情報が流れ、滑り落ちた。
放送は一拍おくと、続く。
『アナタたちは箱に入っていた紙を読んだデショウ。
今日からアナタタチはその名前で過ごしてモライます。
………これで放送は以上です。
死にたくナケれば、生き延びてクダサイ。』
ブツン、と放送は途切れた。
バタンと扉が開く。
ミズキ達は呆然とした。自分たちが死ぬ。
確証はないが、信憑性はあった。
「はぁああああああっっっっ!!!?」
ミズキは急な大声にビクッと顔を上げる。
呆然は簡単に取り払われた。
「いっみわかんねえよ!?なんだよ怪異って、俺は人間だっつの!!」
怒号がした方へ目を向けると、
そこには案の定、あの金髪がいた。
茶髪の子も意味不明な放送にオロオロしながらも、金髪の子を嗜めている。
他の子からもざわめきや動揺。たくさんの感情が溢れていた。
そんな混沌とした部屋に、凛とした声が響き渡る。
「落ち着こう、みんな。」
___ざわめきが嘘だったかのように消える。
その低いけれど澄んだ声は、人の視線を惹きつけた。
そこにいたのは紺色の髪を綺麗に切りそろえている、スラっとした背の高い男がいた。
「混乱しても、怒っても、状況が変わることはない。
……今必要なのは、理解だ。」
金髪の少年___イタチが舌打ちをする。
「てめぇ。何様だよ…?l
男は眉一つ動かさない。
「まぁそうだな。名前は…」
男はフッと笑った。
「【キュウビ】だそうだ。」
___キュウビ。
ミズキは無意識にポケットの中に入れていた紙を握りしめる。
その紙が、【ジンロウ】という文字が
ひどく熱が籠っているように感じた。
「それと、先ほどの放送。………おそらく事実だ。」
キュウビは続ける。
「僕らは“怪異”。そして、出るにはトラウマを探さなければならない。」
「トラウマ……。」
ミズキは口の中で小さく呟く。
思い出したくないもの。
捨ててしまいたいもの。
目を背け続けたもの。
ぎしんと胸の奥が音を立てて軋む
「それと。」
キュウビは切れ長の目で周りの少年たちを見回すと、
「禁止事項の通り、名前は伏せた方がいい。
名前は紙に書いてあったもので行こう。」
キュウビが話し終えると、
銀髪はミズキに耳打ちをした。
(【ドドメキ】)
ミズキがみるみる目を見開く。
そして驚いたように銀髪を見た。
銀髪___ドドメキはニッと笑っている。
ドドメキはそのまま続けた。
「これがウチの名前だってさ。ほら。」
ドドメキは紙を小さく広げる。
そこには【ドドメキ】と仰々しく書いてあった。
ミズキはあたふたとすると、
すぐにドドメキに耳打ちした。
(ぼ、ぼくは【ジンロウ】。)
ドドメキはフッと笑った。
そして手を差し出す。
「……よろしくね。ジンロウ」
「こちらこそ。ドドメキくん。」
ミズキ、もといジンロウは迷いなくドドメキの手を取った。
取った手は、冷たく恐怖した心に優しく沁みた。
「いや〜。トラウマ探しですか!!
宝探しみたいで面白いですねっ!!」
馬鹿みたいに明るい声が沈黙していた部屋に響いた。
だれも面白いなんて思わないだろうに。
その温度差すらも薄灰色の少年は気づいていないようだった。
「あ、あの〜……。」
その時、茶髪の少年が勇気を振り絞り口を開いた。
「トラウマを見つけなかったらどうなるのかな……?」
一瞬沈黙が流れる。
キュウビは口をつぐんだが、代わりに部屋の奥___暗がりに続く扉を指差した。
「進めばわかるだろう。
……悪いが今は、わからない。」
開いた扉の向こうから、冷たい風が吹いていた。
(……行きたくない。逃げたいよ…)
直感がそう告げていて、ジンロウは恐怖により、足が重くなり、もつれる。
でも、無理矢理にでも足を進めた。
ジンロウは檻の外に出れた。それなのに、そのはずなのに
___まだ檻の中にいるようだった。
怪異未満 ゆう @yutaji1103
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