お祓い

夜汐 しおり

お祓い

最近、俺はツイてない。

仕事では失敗して昇進の機会を逃したし、挙げ句の果てには1年付き合ったカナに愛想を尽かされて最近別れたばかりだ。


仕事が上手くいかないのは邪魔をしてくるヤツのせいだし、カナだってこまめに連絡しろだの、不安にさせるなだの、とにかく細かくて鬱陶しかった。まぁ俺がわざと「勘弁してくれ」の意味を込めて、その辺にある物を蹴ったりして大きい音を立てれば静かにしてくれた。本当に聞き分けのいい女だった。


昔の職場の同僚、坂木(サカキ)に最近いかに俺が不幸であるかをいつもの居酒屋で説明してやった。

「てなワケでさぁ〜。俺が何したって言うんだよな〜マジで。坂木、どう思う?」


「仕事の件は大変だったな…。カナ…さんの件も…急に別れて寂しいよな。まぁ今は辛いかもしれないけど、翔平は強い男だし、ここからいいことあるって!」

坂木は相変わらず俺に優しい。俺が不快にならない言葉を常にくれる。

「坂木ぃ〜!お前は根性ナシで弱虫だけど、ほんと優しいよな!俺、傷心中だしここは坂木の奢りでいいよな?俺より稼いでるだろ?」

傷心中じゃなくても坂木にはいつも奢らせてる。

坂木はいつもの気の弱そうな笑顔で頷いていたが、なぜか今日はその笑顔が仮面のように見えた。


俺を慰める会が終盤に近づいた頃、いつもは物静かで常に仏のような優しい笑顔を張り付けている坂木が、珍しく急に真剣な顔つきになり

「…こんなこと言いたかないんだけどさ、翔平、運気が下がってるんじゃね?俺もそうやって不運が続いてる時あってさ…けど、お祓い行ったらめちゃくちゃよくなったんだよね。俺、いい所知ってるんだよ!だから一緒にお祓いにいこう!」


…はぁ?急に何スピッてるんだコイツ。

イライラしてたしどうにか馬鹿にしてやりたくて、俺の中での最高な嫌味を考えているとそれを言う前に坂木は、

「もちろんかかる費用は全部出すし、車の運転も俺がする。男2人で友情旅行だ!いいだろ?」

…フン、そこまで言うのなら仕方ない。俺の親友…いや、財布クンとでも呼んでおこう(笑)

そのまま居酒屋で友情旅行とやらの日程を決め、1週間後にお祓いとやらに行くことになった。

それにしても、ここまで積極的な坂木は初めて見るな。


俺は坂木が運転する車でずっと寝ていたので着いたところの地名なんて分からなかった。

飯を済ませ温泉にも入ったあと、坂木が遠慮がちに俺の顔を覗き込み、

「そろそろお祓いの予約の時間だから、行こうか。」と言ってきた。お祓いなんて興味がなさすぎて完全に忘れていた。

けど、これで本当に俺の人生が良くなるなら行く価値はある。無料だし。



随分と山奥に連れてこられ、やっと神社の入り口についた。坂木の後について、何重にも連なっている鳥居をくぐる。さっきまで晴れていたのになぜか急に湿っぽく、うっすらと霧がかかっていた。もう何個目の鳥居をくぐったのか分からない。鳥居を一つくぐるたびに、沼に足を踏み入れているかのように感じた。

それに、ここについてからなんだか背中の産毛が逆立っているのを感じている。本堂に辿り着くまであとどれくらいかかるんだろう。


やっとの思いで本堂に着くと、神主らしき男が虫も殺したことがなさそうな穏やかな笑顔で立っていた。

「お待ちしておりました。お祓い、ですね。どうぞ、こちらへ。」


神主が何やら色々説明していたが、一刻も早く座りたかった俺は聞き流しながら用意されていた座布団に座る。

「翔平、疲れたのは分かるけど、一応正座して」

坂木が小声で俺を注意した。

「いいんですよ。ここに来るまでに疲れてしまう方は多いです。どうぞ楽にしてくださいね。悪いものは全て私が祓いますから、ご安心を。きっと体も軽くなりますよ。」

神主は会ってからの表情を一瞬も崩すことなく言った。


お祓いがはじまってから、なんだかおかしい。

神主が大幣を振るごとに、さっきから重かった体がさらに重くなっていくのを感じた。

着ているもの全部を水浸しにして、さらに背中に人が乗ってきたような、じっとりとした気持ちの悪い重みだ。

神主がぶつぶつと唱えている言葉のようなものは、日本語のはずなのに違う言語を聞いているかのようだった。

やばい。体は軽くなるどころか、どんどん気が遠くなる。俺についてる悪い運気を祓ってくれるんじゃなかったのか?

注意されてからは正座していたがその体制がついに崩れ、助けを求めるつもりで坂木を横目で見ると、坂木はじっと神主を見ているだけだった。

神主も、もう体制が崩れてしまっている俺を気にもせず淡々とお祓いを続けていた。

神主が最後何かを言い終えたのと同時に、ついに俺の視界は真っ暗になった。



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帰りの運転中、スマホが振動している。

坂木加奈の通知を見てハッとする。

今日は久しぶりに家族揃って食事をする約束だった。

血こそ繋がっていないが、施設で育った孤独な俺を救ってくれた大切な家族との食事だ。遅れるわけにはいかない。


「もしもしカナ?ごめん。今向かってるから。」

『もう、ごめんじゃないでしょ。お兄ちゃん何時につくの?もうみんなお店に着いてるよ。』

「ごめんごめん。ちょっとさ、神社行ってたんだよ。…悪いもの全部、祓ってもらったから。」

『お祓い〜?何それ(笑)家族思いのお兄様は私の分もお祓いしてくれたんですか?私の顔のアザも早く治るようにお願いしてくれた?』

カナは軽口で返してきたが、こういう時は本当は元気がないことを誤魔化している時だ。

「まぁそんなとこ。もう着くから、また後でな。」


家族に会えるまで、あと少し。

1人で運転していた。長いはずだった帰り道で話し相手はいないが、心も体も軽かった。



___________________________________________



___○月○日より、30代男性が行方不明となっています。

警察は事件と事故、両面で捜査を進めていくとのことです。


男性が最後に目撃された場所は_______…



悪いものは、全て祓いましょう。

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