月の支配者と因果律の悪魔
蒼月夜空
プロローグ
正義とはなんだろうか?
好奇心旺盛な人間なら、一度は考えたことがある題かも知れない。
正義には画一的に感じるような考えが存在するものの、それは絶対的なものではなく、個人によって微妙に差異がある。
道理に背かない言動を行うことを正義とするもの。
悪をくじき弱きを助けることを正義とするもの。
そして.......俺のように世界の不条理に抗うことこそを正義とするもの。
正義の本質は人によって似ているようで似ていない。
これこそが正義という言葉の面白い側面でもあると言える。
このように、正義という言葉には明確な解は存在せず多様性に満ちている____筈だ。
ならば...なぜ多様性がある筈の正義の中にも否定される正義があるのだろうか?
.....簡単な話だ。
世界が言う正義とは”自分達が都合よく生きるために作り上げた虚構”そのものだからだ。
それが____『正義』という言葉に対する俺の見解だ。
世界は俺達が思っているよりも遥かに複雑怪奇かつ理不尽だ。
世間で広がっている”常識”とは、そこにいる人間達が作り上げた虚構に過ぎない。
俺は____そんな現実を許さない。
世界に溢れた不条理を掃除しなければならない。
それが___俺が人生いまを生きる理由そのもの。
そう強く決めてからだろうか?
俺の正義に賛同してくれる人間もちらほらと現れてくれた。
俺のように世界の不条理に抗うことを正義とする人間が旗を揚げたのだ。
そして....俺は彼らからいつの間にか先導者としての役目を託されていた。
『世界の不条理・理不尽を壊してくれ、ユウ。』
その言葉を聞いた時、俺は心の奥底で決意した。
意志は完全なるものへと至り、反逆の象徴として.....日本、いや世界そのものに対して俺の正義を貫くことを誓った。
だからこそ俺は....今日も自分の正義を貫くために、仲間のために、動き続ける。
*
西暦20XX年☓月☓日。
俺はとある海岸である男と命を賭けた戦いをしていた。
夜空には雲一つ存在せず、満月だけがポツンと漆黒の世界に存在していた。
「___いい加減俺を逮捕することを諦めろよ、『修羅』。なぜ俺の正義を理解出来ない?お前は知っているはずだ、どれだけ悪人を捕まえても終わりがない未来を。」
とある男___『修羅』と日本国の人間から呼ばれる日本国最強の警察官だ。
俺は完全に理解されない現実に、うんざりしながらも『修羅』にそう問いかけ続ける。
『修羅』は正義馬鹿のように初対面では感じるが、実際のところはそれ軸にしながらも多様な考えを受け入れられる器を持つ人間だ。
だからこそ、この問いかけには意味がある。
「.......あぁ、確かにな。お前の正義は本質的にはもしかすると正しいのかも知れない。だが...人を殺した上で成り立つ世界など俺は正義により生まれた世界とは認めない。それは強引に力で捻じ曲げた上での世界でしかない。」
やつは一切心を乱されることなく、俺の言葉に対して淡々と自身の考えを話してくる。
『修羅』....文字からは=で繋げることが出来そうにないが、典型的な所謂英雄と呼ばれるような思想を持つ人間だ。
悪をくじき、弱きを助ける。そのような正義を持つ人間だ。
「...力で捻じ曲げたうえでの世界だと?...笑わせるなよ、日本という国が今日も機能しているのは、弱者が運よく登って財と地位を築いたクソ共の分まで働いているに過ぎない。そのクソ共はただ上にふんぞり返り、欲望のままに世界を生きているだけだ。そんな存在を殺すのは当然の摂理だ。ゴミをゴミ箱に投げるように、クソはクソのように除去をしなければならない。そうしなければ自然と国というシステムは腐っていくだけだ。...いい加減に目を覚ませよ、『修羅』。」
俺は、『修羅』の言葉に対して自分の考えで対抗する。
それと同時に、やつの領域に強引に入り込みペースを乱していき、さらに変則的な攻撃を徐々に増やしていく。
『修羅』のような典型的な基礎の到達点にいるような人間には、このような搦手が特に有効打になると俺は経験則で理解していた。
「グッ...!....はぁ、はぁ......。....お前の理屈を...俺はわからなくはない...。俺は何度もそのような人間を逮捕してきた。検挙数が増えるほどに俺はこの国の闇を知った。世界は俺が思っている以上に闇に溢れていた。だが....それと同時に確かにこの国が変わっていく感覚も俺は感じている。少しずつではあるが、年々犯罪の数も減ってきている。一歩ずつ一歩ずつではあるが確かに平和への道をこの国は歩んでいる。お前が行っていることは正義という名の意志を象ったただの殺人行為でしかない。いい加減に目を覚ますのはお前の方だろ、
変則的な攻撃にやつは多少乱されるものの、卓越した肉体能力と反射神経でカバーされる。
それだけじゃない。
砂浜という最悪の足場にも関わらず、『修羅』の動きは全くと言っていいほどブレない。
数多の犯罪者を検挙してきた人間はやはり伊達じゃない。
俺の斬撃を警棒で受け流しながら、卓越した技術でゴリ押してくる。
「ちっ...!」
俺はやつの攻撃を紙一重で受け流したり、回避したりして状況を打開する方法を高速で模索する。
『修羅』の攻撃は時間が経過するごとに鋭さを増していっている。
このまま受け続けてもジリ貧であることは確実な上、回避し続けるのも極めて困難な状況だ。
『修羅』とのタイマンが始まる前には、大勢の警察から長時間逃げ続けていた。
その分の反動も間違いなく今に響いてる。
早期に決着をつけなければ負けるのは俺だ。
冷静に自分と『修羅』の状況を把握し、そう結論を下す。
「___ただの殺人行為だと...?違うな。俺がやっていることこそが世界を正しい道へと導くためのプロセスなんだよ。クソ共が更正する未来などない。クソ共は殺すことでしか浄化されない。そのような人間には更生する能力そのものが欠如しているんだよ。」
『修羅』の攻撃に圧倒されないように俺は精神を奮い立たせる。
世界は理想だけで動けない。不条理を滅ぼすには悪と呼ばれるような行為が必要なのだ。
クソ共はクソにしか至れない。
____俺の両親のように。
「グッ...!?」
やつの攻撃に出来た一瞬の隙をつくように、俺の渾身の一撃が炸裂し『修羅』の攻撃を完全に退け、やつの右手に持っていた警棒を弾き飛ばした。
やつは名残惜しむように、警棒を見るものの...それに手が届くことはない。
弾き飛ばされた警棒は、そのまま重力に従うように夜の海の中へと落下した。
『修羅』にしては珍しいミスだった。
少し動揺しているのか知らないが、名残惜しむように警棒を握っていた右手を一瞬見たのを、俺は見逃さなかった。
「...こんな状況になっても銃を抜こうとしないことだけは感心しておこう。だが.....それが貴様の敗因になる。」
俺は武器を失った『修羅』と空けていた距離をジリジリと詰めていく。
やつは、警察の義務として銃を装備しているものの絶対にそれを使おうとしない人間だ。
跳弾が危険だの、人に対して向けるようなものではないだの、屁理屈を言って一切引き抜こうとしない。
___そのような非合理的な考えがお前の命を終わらせる。
「じゃな、『修羅』。」
勝ちを確信したからこそだろう。
普段なら絶対に入らないであろう距離、普段なら絶対にしないであろう隙が大きい振りモーション。
『修羅』がその隙を見逃す筈もなかった。
____パンッ!
俺が『修羅』の動作に咄嗟に反応するよりも0.3秒ほど速く...”それ”が体を貫いた。
「____.....ガハッ......ちっ...まさか...こんな時に....かよ....」
その現実を脳が認識した瞬間...体が鉛のように重たくなった。
その重さと銃撃による反動を受けたのだろう。自然と体が後ろに倒れ込んだ。
長く引き伸ばされた思考の中でやつの手に握られている”拳銃”を目を通して認識する。
銃口からは白煙が上がっており、弾丸を撃ったことは明白だった。
全身からは急激に力が抜けていき、握っていた日本刀が右手から零れ落ちた。
倒れ込んだ先が砂浜なのがよかった。ボフンと砂の柔らかい感覚が背中を通して伝わってくる。
これがコンクリートのような地面であれば...それだけ死んでいたかも知れない。
そう感じてしまうほどに、今の状況は俺にとって最悪なものであった。
「.....最後の最後で慢心したな...
砂浜に倒れ伏した俺を、『修羅』が銃口を向けながら見下ろしてくる。
心臓を撃たれてもうすぐ死ぬというのに...最後まで気を抜かないな...お前は...。
「........そうだな。...お前が拳銃を使うという予想を俺は1ミリもしていなかった...。お前はずっと...この時のために....銃を使わなかったんだな...。」
やつの強い意志を宿した目を見ることで漸く理解出来た。
この時のためにずっと...拳銃を使わなかったのだと。
俺が必ず油断する隙を見せるだろうと...そう確信していたのだろう。
「あぁ、純粋にお前と殴り合っても俺が勝てる未来は殆どなかった。俺も年齢だしな...。だからこそお前の脳にそう植え付けるしか方法はなかった。それほどまでに...お前は手強かったんだ。」
褒めているのか褒めていないのか判断がつかなかったが...『修羅』という人間に認められたことは確実な事実であった。
「あの『修羅』から手強いと言われるとはな.....地獄にいるやつらに話すネタが増えたな...。」
もうすぐ死ぬというのに...なぜか、俺はとても愉快な気持ちだった。
満たされることが殆どなかった俺の人生にとって『修羅』という存在は唯一のライバルと呼べるべき人物だったからだろうか...?
そのような人物に認められたという実感...それ故に...と言ったところだろうか?
とてつもない多幸感に満たされているのを感じる。
「...そんな話をしている暇が地獄にあるかどうかは不明だがな。」
あくまでも冗談のつもりで話した言葉であったが...『修羅』からそう返答があった。
冷静なやつからは想像出来ない言葉に...口角が少しだけ上がってしまう。
「お前も....人間らしい一面を持つんだな...。」
「....どういうことだ?」
「...何でもない。」
『修羅』の視線から逃げるように、夜空に浮かぶ満月へと顔を逸らす。
...月。
俺は月が好きだ。
落ち込んでいる時。
死にたいと思った時。
....家族をこの手で殺害した時。
月はどんな時も常に俺を見守ってくれていた唯一の存在だった。
だからだろうか?
俺が日本で悪徳なクソ共を殺す時は...必ず満月の夜の時だけだった。
月夜の時は、どこか見守られているような感覚が俺にはあった。
だからこそだろうか?
精神、技術、思考速度...その全てがその時の間研ぎ澄まされるのを感じていた。
月の夜...それは俺という存在が最も”今この世界を生きている”と強く実感できる時だった。
そんな理由で......満月の夜にのみ殺人を行っていたせいで『満月の殺人鬼』や『月下の処刑人』と異名がついた時は...月の使者になったような感じがして初めて”生きていてよかった”と思えた瞬間だった。
月という常に俺を見守り続けてくれていた存在に、恩返し出来たような気がしたからだ。
......まぁ...俺の行いを月が許してくれるのか、それとも許してくれないのか。
それだけが唯一の後悔だろうか...。
「『修羅』...最後に一つだけいいか?」
これ以上まともに思考を続けるのが難しくなってきたのを直感した俺は、考えるよりも先にそう言葉を口にしていた。
「...なんだ?」
『修羅』は俺がもう死ぬというのにも関わらず少しも警戒を解く様子がない。
その様子はまるで______俺に慢心したことがどれだけ悪手であったことかを突きつけてきている、そんな気がした。
「次は...慢心など絶対にしない。必ず俺の正義をお前に......」
最後まで言葉を音に出したかったが、大量の血が口から溢れ出してきたため言葉を最後まで紡ぐことが出来なかった。
だからこそ___その代わりに最後の力を振り絞り落としてしまっていた日本刀を右手で血が滲むほどに強く握り、その刃の先端を『修羅』に向けた。
「.....お前らしい...最後の言葉だな。」
『修羅』はなんとも言えない表情をしながら....ゆっくりと夜に溶け込むようにそう呟いた。
その言葉が...俺の人生で最後に聞いた言葉だった。
____あぁ...ごめんな、みんな...俺は負けたよ...。
お前たちと夢に見た理想の世界を....俺は作ることが出来なかった。
だが...俺が死んだからといって俺達の正義が終わるわけじゃない。
意志は受け継がれる。俺達の正義は消えない。
だから___あとは頼んだぜ、みんな。
俺は最後の思考の中で...共に自分の正義を語り合った仲間に向けて言葉を託した。
殆どがネット上での繋がりだった。
だが...それでも俺は満足していた。共に同じ正義を持つ人間がいるのだと。
そう信じれたからだ。
その願いと言葉が彼らに届いたのだろうか?
満月の光が一瞬だけだったが...強く光輝いたのを認識出来た。
月の支配者と因果律の悪魔 蒼月夜空 @Aotsuki_Yozora
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