目覚めたら隣に副官がいた。隊長として、あれは事故だと思いたい

そよら

PHASE 01 事故

 意識が浮上した瞬間、まず違和感があった。


 静寂に支配された室内に、別の呼吸が混じっている。


 夢ではない、と判断するより先に、身体が硬直する。


 自分は、誰かがそばにいる状況では決して眠らない。

 なのに近距離、というかすぐ隣に何者かの気配を感じる。


 ゆっくりと視界が定まり、天井の装飾が見えた。


 隊長用に手配された、過不足のない客室。

 そこまでは、記憶と一致している。


 隣に人がいるという一点を除いて。


 身に覚えのない気配に意識を向けたまま、

  蓮はゆっくりと視線を下げた。


 肩口まで掛けられた白いシーツの中に、誰かがいる。


 伏せた睫毛が長い。

 何度も顔を合わせているはずなのに、

 改めて見ると落ち着かない。


 造作が整いすぎていて、

 およそ軍の人間の顔には似つかわしくない。


 眠っているせいか、その横顔は驚くほど無防備だった。


 副官の冴木響だ。


 認識した瞬間、喉の奥が鳴る。


 冴木がここにいる理由が、どこにも思い当たらない。

 任務でもなければ、命令でもない。

 そもそも、同じベッドを使う必要など、一度もなかった。


 記憶を辿ろうとして、頭が鈍く痛んだ。


 中央戦略府の定例会議までは、記憶に残っている。


 強烈な酒の匂いが、鼻の奥を刺激する。

 昨夜、自分は確かに飲んだ。


 だが、どこまで覚えているかは、自信がない。


 冴木が小さく身じろぎした。

 寝返りを打ち、シーツが擦れる音がする。


 蓮は反射的に息を殺した。


 冴木の瞼が、ゆっくりと持ち上がる。


 視線が合った。


「……起きてた?」


 いつもと変わらない、軽い声だった。   


 冴木はあっさりとそう言って、身体を起こした。


「昨日のこと、覚えてない?」


 言いながら、何の躊躇もなくベッドを降りる。


 その動きがあまりに自然で、

 蓮は一瞬、視線を逸らし損ねた。


 冴木は床に落ちていたシャツを拾い上げ、無造作に羽織る。


 肩口から覗いた首筋は細く、

 軍服を着ている時とはまるで印象が違う。


「あんなに激しかったのにね」


 からかうでもなく、ただ事実を口にするような声だった。


 蓮の喉が、ひくりと鳴る。


 覚えていない、本気で。


 それが何より、致命的だった。


 冴木はベッドの脇を通り、

 テーブルに置かれていたペットボトルを手に取る。


「また覚えてないなんて、便利な記憶だね」


 蓋を捻り、喉を鳴らして中身を一気に飲み干した。

 そんな何気ない所作さえも、艶かしい。


「じゃ、あとでロビーで」


 それだけ言って、振り返りもしない。

 シャツの裾を整え、軍服の上着を手にして、

 部屋の扉に手を掛ける。


「待て」


 呼び止めた声は、自分でも驚くほど低かった。


 冴木は一瞬だけ立ち止まり、

 それから、面倒そうに肩越しに振り返る。


「なに。隊長」


 視線が合う。

 そこに、昨夜の名残を探してしまった自分に、内心で舌打ちする。


「時間は厳守しろ。ロビーで落ち合う」


 冴木は一瞬だけ目を細め、それから、いつもの軽い調子で頷く。


「了解。桐生隊長」


 それだけ言って、今度こそ扉を開ける。


 残された室内で、蓮はしばらく動けずにいた。


 業務の言葉でしか繋げなかった事実が、胸の奥に重く沈んでいく。


 ──事故だ。  


 そう思わなければ、

 隊長としての資格が、揺らぐ。


 静かに閉まる音が、やけに大きく響いた。

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