全米魔法学園物語

輝城蒼空

第一部

1 雨が止まった夜

 キャンプなんて、もう何回目だろう。


 窓の外はいつも通り。木と草と、ちょっとだけ整備された駐車場。

 毎年のように来てるこのキャンプ場、正直、私はぜんぜんワクワクしてなかった。


 ここはミズーリ。アメリカの、だいたい真ん中あたりにある州。

 平らな地形に森と草原が広がってて、都会でも田舎でもない……要するに、ビミョーな場所。

 夏はムシ暑いし、虫は多いし、正直あんまりいいことない――でも、なんか嫌いにはなれない。


「さあ、今年もいい天気になるわよ!」


 助手席のママがそう言って笑ったけど、私は「うん」ってだけ返して、ずっと窓の外を見てた。

 ――遠くの空に、分厚い雲が見えた気がする。


「エミリー、ちょっと手伝ってくれるか?」


 後ろからパパの声がした。

 私は小さくうなづいて、シートベルトを外し車を降りる。

 足元の草が湿ってて、スニーカーの裏がペチャって鳴った。


 パパとママ、そして私。3人でのキャンプなんて、もう何年もやってる。

 いわゆる「いつもの夏休み」。でも、今年はちょっと違う。


 ――来月から、私は中学生になる。


 ランチボックスも絵本も、小さなバックパックすらも卒業して、もう「子ども」って呼ばれるのが微妙な年になってきた。

 なのに、私は――まだ、何者にもなれてない気がした。


 近くには、他の家族連れもいた。

 ギターを弾いている人とか、焚き火の準備をしている人とか、虫取り網を振り回してる子どもとか。

 みんな、なんだかんだで楽しそうだった。


 ――でも、私は、どこにもまじれなかった。


 パパは、火を起こすときにいつもはりきる。

「ほら、こういうのはな、まず薪の向きを――」とか、毎年のように同じことを言って。

 ママも、「エミリー、トマトはちゃんと洗ってね」とか、私が小学1年生の時から言っていることを、私の人生で初めてのことのようにいう。


 ――うちの親は、ちょっと過保護だ。

 別に嫌いじゃないけど――なんか、もう少しほっといてくれてもいいのに。

 子供扱いされるのって、別に楽しくない。

 自分でも、どうしてそう思うかうまくいえないけど――そういうの、あるよね?


 晩ご飯の準備をしてる時、ママが「今夜は星がきれいに見えるはずよ」って言ってた。

 でも私は、なにも返さずに火の音を聞いてた。

 ぱち、ぱち、ってはぜる音と、鼻につく煙の匂い。

 服に匂いがついてて、ちょっと気分が悪かった。


 ▽ ▽ ▽


 ――それが起こったのは、夜になってからだった。


 ゴロゴロ雷が鳴って、次の瞬間――空がバラバラに割れたみたいに、雨がざぁーっと降り出した。

 焚き火は一瞬で消え去って、ママが「ちょっと、もうっ!」って叫びながら、鍋を抱えてテントへ走った。

 私はかごを片付けようとして、足を滑らせた。

 パパが「大丈夫か?」って駆け寄ってくる。


「くそ……天気予報、晴れだっただろ……」

「寝袋、濡れてる! ちゃんとカバーしてたのに!」


 テントの中から、ママのショックな叫びが聞こえてくる。タオルが飛んできた。


 中はもう、ぐちゃぐちゃだった。

 あちこちから雨漏りがして、寝袋はびしょ濡れ。

 パパは外でペグを打ち直してたけど、もう全身ずぶ濡れだった。


 私は濡れたジャケットを抱えたまま、マットの端っこ――多分まだ乾いてるっぽいところに座りこんだ。

 水の音、風の音。

 パパもママも、もう何も言わなかった。


 空気が冷たくて、息が白くなりそうだった。

 私はジャケットの袖をキュっと握って、声にもならない声でつぶやいた。


「……やんでよ。もう、やだよ……早く、やんで……」


 誰かに聞かせたかったわけじゃない。

 でも、どうしようもなくそう願ってた。


 星も見えない。焚き火もない。

 びしょ濡れで、寒くて、ただ嫌になる夜だった。


 ――その瞬間だった。


 バタバタと打ちつけていた雨音が、ピタリと消えた。

 私は思わず顔を上げる。

 ママが天井を見上げたまま、ポツリと呟いた。


「――雨、やんだ?」


 でも、私はすぐに気づいた。

 なんか、違う。

 ファスナーが開いて、すぐそばにいたパパが顔をのぞかせる。


「おい……いま、雨が――とにかく、外に出てほしい」


 言われるがまま、私は外に出た。


 地面が、乾いていた。

 私の足元と、テントの周り。

 でも、その少し先では、ざあざあと激しく降っていた。


 ――ここだけ、雨が避けてるみたいだった。


 私はその場に立ち尽くす。


 さっきまでぐちょぐちょだった地面が、嘘みたいにカラカラで、ぬかるんでたはずの場所には、サラッサラの土が広がってた。

 水たまりなんて、跡形もない。


 テントの裏側からやってきたパパが、私の肩越しに空を見上げた。


「……なんだこれ――ここだけ、降ってねえぞ」


 でも、音は聞こえる。

 すごく近くで、雨が打ち付ける音がする。

 私はそっと、一歩だ前に出た。


 ――まるで、見えないドームの中にいるようだった。


 テントを中心に、ぽっかりと半球形の空間ができていて、そこだけ雨が入ってこない。

 でも外では、確かに雨が降っていた。

 ――透明な膜を、ポツポツと叩くように。


「こ、これ……なに……?」


 ママが震えた声で聞いたけど、誰も答えなかった。

 私も、何も言えなかった。


 ……怖くは、なかった。

 むしろ、なんでだろう。

 知ってた――ような気がした。

 こんなこと、起こるわけないのに。

 だけど――どこかで、ちゃんと納得してる自分がいた。


【あとがき】


 ここまでお読みいただきありがとうございます。

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