第6話
◇
鏡の前で立ち尽くす。
映る自分は純白のウエディングドレスを着ていた。
あれから、私とトレムくんはとんとん拍子に進んだ。住民の集まる中で公開プロポーズをされ、断るに断れない状況で、ヒロインとしての義務を全うするため頷いた。
みんなが歓喜に揺れ、祝福を告げる最中、私の心だけがひどく冷えていた。
「綺麗……」
思わずひとりごちる。私を包む衣装は、こんな状況下でも美しかった。
今日は、結婚式だ。村のみんなが力を合わせ、祝いの場を作ってくれた。
高まった期待が、皮膚の細部にまで染み渡る。それが私を蝕む毒のようで、吐き気さえ覚えた。
結局、取り返しのつかないところにまで来てしまった。
本来、ヒロインであればこの状況は喜ばしいことだ。けれど、私はその喜びのかけらさえ無い。
控え室でぽつねんと取り残された私は、床を見つめる。
「……あれ?」
扉がノックされ、やがてゆっくりと開いた。声を聞き、顔をバッと上げる。
部屋の中を覗き込んでいたのは、シュトくんだった。
私は幻かと思い、口をぽかんと開けたまま固まった。
「しゅ、シュトくん……」
「あ、こっちはアンヘラの部屋か。すまない、間違えた」
どうやら彼は、部屋を間違えたらしい。
察するに、トレムくんに会おうと思っていたのだろう。
顔を引っ込めた彼に、私は「待って!」と叫んだ。声の大きさと悲痛さに、自分でも驚くほどである。
その声に同様、驚いたのだろう。シュトくんもおずおずと顔を戻し「どうした?」と返してきた。
「あ、あの……ちょっと、話したいことが」
そんなもの、無かった。いや、本当は腐るほどある。
だが、今の私に言えることなど何一つなかった。
しかし、ヒロインである私ではなく、純粋な女としての欲が彼を引き止めてしまった。
シュトくんは不思議そうな顔をして部屋の中へ入ってきた。
彼はいつも通り涼しい顔をしていたけれど、私の内心は荒れていた。
足は震え、全身に汗を滲ませていた。心臓は口から飛び出さんばかりに跳ね上がり、一歩間違えれば嘔吐してしまいそうである。
「どうした? 何かあったか?」
「いえ、その……」
何を話そうか。だが、話したところで何になる?
私の運命は決まっている。なのに、何を今さら?
「……一緒に、旅をしてくれて、ありがとう。心強かった」
こんな陳腐な言葉なんかどうでもよかった。
けれど、シュトくんは心底嬉しそうに微笑んだ。
「そんなの、こっちもだ。アンヘラは頼りになる仲間だった。一緒に旅をしてくれてありがとう」
彼が笑う。私の気持ちなど、何も知らずに。
「じゃあな。また、あとで」と踵を返し部屋を立ち去るシュトくん。
私はその背中に手を伸ばした。
「シュトくん!」
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