第6話


 鏡の前で立ち尽くす。

 映る自分は純白のウエディングドレスを着ていた。

 あれから、私とトレムくんはとんとん拍子に進んだ。住民の集まる中で公開プロポーズをされ、断るに断れない状況で、ヒロインとしての義務を全うするため頷いた。

 みんなが歓喜に揺れ、祝福を告げる最中、私の心だけがひどく冷えていた。


「綺麗……」


 思わずひとりごちる。私を包む衣装は、こんな状況下でも美しかった。

 今日は、結婚式だ。村のみんなが力を合わせ、祝いの場を作ってくれた。

 高まった期待が、皮膚の細部にまで染み渡る。それが私を蝕む毒のようで、吐き気さえ覚えた。

 結局、取り返しのつかないところにまで来てしまった。

 本来、ヒロインであればこの状況は喜ばしいことだ。けれど、私はその喜びのかけらさえ無い。

 控え室でぽつねんと取り残された私は、床を見つめる。


「……あれ?」


 扉がノックされ、やがてゆっくりと開いた。声を聞き、顔をバッと上げる。

 部屋の中を覗き込んでいたのは、シュトくんだった。

 私は幻かと思い、口をぽかんと開けたまま固まった。


「しゅ、シュトくん……」

「あ、こっちはアンヘラの部屋か。すまない、間違えた」


 どうやら彼は、部屋を間違えたらしい。

 察するに、トレムくんに会おうと思っていたのだろう。

 顔を引っ込めた彼に、私は「待って!」と叫んだ。声の大きさと悲痛さに、自分でも驚くほどである。

 その声に同様、驚いたのだろう。シュトくんもおずおずと顔を戻し「どうした?」と返してきた。


「あ、あの……ちょっと、話したいことが」


 そんなもの、無かった。いや、本当は腐るほどある。

 だが、今の私に言えることなど何一つなかった。

 しかし、ヒロインである私ではなく、純粋な女としての欲が彼を引き止めてしまった。

 シュトくんは不思議そうな顔をして部屋の中へ入ってきた。

 彼はいつも通り涼しい顔をしていたけれど、私の内心は荒れていた。

 足は震え、全身に汗を滲ませていた。心臓は口から飛び出さんばかりに跳ね上がり、一歩間違えれば嘔吐してしまいそうである。


「どうした? 何かあったか?」

「いえ、その……」


 何を話そうか。だが、話したところで何になる?

 私の運命は決まっている。なのに、何を今さら?


「……一緒に、旅をしてくれて、ありがとう。心強かった」


 こんな陳腐な言葉なんかどうでもよかった。

 けれど、シュトくんは心底嬉しそうに微笑んだ。


「そんなの、こっちもだ。アンヘラは頼りになる仲間だった。一緒に旅をしてくれてありがとう」


 彼が笑う。私の気持ちなど、何も知らずに。

 「じゃあな。また、あとで」と踵を返し部屋を立ち去るシュトくん。

 私はその背中に手を伸ばした。


「シュトくん!」

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