我が家の鏡開き

七乃はふと

我が家の鏡開き

 私が小学生の頃に体験した話です。

 お正月になると、両親は必ず父方の祖父母の元へ行くのが決まりでした。田舎に帰るのが最優先の為、何度か友達と遊ぶ約束が反故になって喧嘩したのを覚えています。

 到着すると、いつも出迎えてくれるのがおじいちゃんで、当時は苦手でした。昔は警察官をしていたそうなんですが、そのせいか声も大きくて、姿勢が悪いとすぐ怒られて、優しい警察官の父と比べると本物の鬼のように感じて、母の後ろに隠れていたものです。

 おばあちゃんは、病気がちでいつも部屋に篭っていたのですが、私が通りかかると、声をかけ気にかけてくれるので小さい私は優しいおばあさんの方が好きでした。

 おじいちゃん、退職した後は餅を作るのが趣味らしく、自らついた出来立てのお餅を振る舞ってくれました。お雑煮、焼き餅、あんころ餅にきな粉餅と、考えつく餅料理のオンパレードでした。

 お餅は好きですが、毎日三食お餅ばかりで、お腹いっぱいで飽きてしまい、中々食べきれませんでした。でも残すと鬼のように怒られると思い、無理してお椀を空にしていました。

 空にすると、気づいたおじいちゃんが手を差し出します。老いても大きく太い骨が目立つ手に怯えながら、できる限り笑顔でおかわりを断りました。

 当時は、本当におじいちゃんが怖かったんです。それは、こんな出来事があったからなんです。

 おやつも甘く味付けされた餅で、チョコやグミが食べたいなと思いながら廊下を歩いていると、襖越しに、おばあさんに呼び止められたんです。

 どうしたのと聞かれたので、甘いお菓子が食べたいと正直に言うと、こっちにおいでと言われたんです。幼い私はお菓子が貰えると思って襖に近づくと、わずかに隙間が空いて、白いお餅のように柔らかな手が出てきました。

 一緒にお菓子を食べようと手招きされたので、柔らかそうなおばあさんの手を掴もうとすると、

「何やってんだ」

 私は小さく悲鳴を上げながら、手を引っ込めました。鬼のような形相のおじいちゃんが近づいてくるなり、大きな手を私の肩に置いたんです。

 ここで何してるんだ。と聞かれたんですが、肩に置かれた手の勢いがあまりにも強くて、涙が止まらなくなって何も言えませんでした。

 騒ぎを聞きつけた両親に、おじいちゃんは一人で歩かせるな。と、きつく言いつけてその場を立ち去ってしまったんです。


 ……ここからが、本当に聞いて欲しいことです。


 鏡開きって知ってますか。はい。神様に供えた餅を割って食べる新年の行事です。

 私もおじいちゃんが作った鏡餅を割るから集まれということになって、またお餅を食べさせられるのかと、ちょっとうんざりしながら両親と一緒に居間に集まったんです。

 おじいちゃんが鉈みたいな包丁で餅を力任せに切っていくんですが、硬くなった餅のせいで時間がかかっていました。

 そのうち眠くなってしまって、用意ができるまで、母の膝枕で寝てしまったんです。

 「木槌はないんですか」「それでは駄目だ」と言う会話を聞きながら微睡んでいると、誰かに呼ばれました。

 目が覚めると、おじいちゃんも両親もいません。今まで炬燵のある居間にいたはずなのに、目の前には人の形に盛り上がった毛布と布団。

 気味悪くて部屋を出て行こうとしたら、襖が開かないんです。まるで接着剤でくっついたみたいに。

 母や父を呼んでも誰も答えてくれず、途方に暮れていると、襖の反対側からおばあさんに呼ばれました。振り返ると、写真が倒れた仏壇、の隣に観音開きの化粧台があって、そこから声が聞こえてくるんです。

 釘付けになっていると、一人でに観音開きの扉が開いて、闇が現れたんです。鏡があるはずの部分にまとわりついたような闇から、白いお餅のようなものが表れました。

 それは祖母の部屋の襖から出てきた手だったんです。

 手招きしながら、こっちにおいで、こっちにおいでと繰り返してきます。私が固まっていると。白い手がズルズルとこちらににじり寄ってきます。

 このまま捕まったらいけない。私は襖を壊す勢いで叩き助けを求めました。なりふり構わず、鬼のように怖いおじいちゃんを呼んだ時でした。

 襖が開き、太い骨の大きな手が私を部屋から引き摺り出してくれたんです。

 私を助けてくれたおじいちゃんは、バラバラになった鏡餅を化粧台に投げつけると、化粧台の方から、人の声とは思えない叫び声が聞こえたところで、私の記憶は途切れています。


 化粧台の声の正体は、誰も教えてくれませんでした。

 おばあさんは、私が生まれる前に亡くなっていることだけは、教えてくれましたが。

 その後は何も異常は起きていません。毎年おじいちゃんに会いに行ってましたが、化粧台のことはどちらも話しませんでした。代わりにおばあさんの優しい思い出を、いっぱい聞かせてくれました。


 おじいちゃんは、つい先日、息を引き取りました。

 最期を看取ったのは私で、おじいちゃん、あの大きな手で私の手を掴むと、よかったよかったと穏やかな顔で眠りについたんです。

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我が家の鏡開き 七乃はふと @hahuto

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