第3話 途中下車 笑いの酒に 名を変えて
下山は、登りよりもいくぶん楽だった。
とはいえ、足元の踏ん張りで膝が笑いはじめていたのは確かで、犬──いや、もはや“使い魔”とでも呼ぶべき存在が先導してくれるのを見ていなければ、俺の足は止まっていたかもしれない。
「……この犬、どうします?」
俺がそう尋ねると、カイトさんは肩をすくめた。
「どうもしねぇよ。
たまに山に現れるんだ。野犬だけど、害はないし。
ギルド的には、いずれ訪れる伝説のテイマーを待っているってことにしてる」
「……伝説、あるんだ」
「ある……らしい」
カイトさんは照れくさそうに視線を逸らす。
精一杯ロールプレイしようと努力しているようだ。
ギルドへ戻ると、受付嬢のサヤカさんが、ぱっと笑顔で出迎えてくれた。
「おかえりなさい、ヒロシさん!」
「あ、えっと……ただいま?」
「どうして疑問形なのかな?
本日のクエストはいかがでしたか?
採取した山菜の量で報酬が決定いたします♪」
「へぇ~、報酬が出るんだ」
「もちろんですよ♡」
提出したふきのとうとタラの芽は、意外と量があったらしく、
審査は“満足のいく成果”とのこと。
その場で俺の《冒険者手帳》にスタンプが押された。
そして──
「報酬はギルドコイン3枚、となります!」
500円玉よりちょっと大きめのコインが3枚、手のひらに載せられた。
厚みがあるので、ずっしりと重い。
真鍮色の表面には、ドラゴンと剣が交差する意匠が刻まれていた。
裏面には“霧坂ギルド”の文字と“2026年”の刻印がある。
「……本格的ですね、これ」
「彫金職人さんの手作りなんですよ」
「へ、へぇ~……これは、何かに使えるの?」
「もちろんです♡ このあと、ご予定は?」
「あー、特に考えてなかったな。飛び入りで宿泊できるとこ、あります?」
「丁度良い所があるので、ご案内します♡ カイトさんも大丈夫だよね?」
「おう、ロカだな」
カイトさんがそう言って、立ち上がった。
サヤカさんも本日の業務は終了らしく、
身支度をして、カウンターから出てきた。
冒険者ギルドから外に出ると、遠くの山に日が沈むところだった。
街灯の灯りがともりはじめ、田舎町の風景は幻想的な色に染まっていく。
「綺麗な町ですねぇ」
サヤカさんは自分が褒められたかのように、
嬉しそうにクルクル回って「でしょでしょ!」と笑顔を見せた。
カイトさんは黙って微笑んでいた。
◇
冒険者ギルドから歩いて数分。
民宿を兼ねた居酒屋に到着した。
《
のれんをくぐると、にぎやかな笑い声が溢れていた。
暖かい光と、鍋で煮込まれた旨みの香りに包まれた店内。
「らっしゃーい! おっ、ギルドの嬢ちゃんとカイトか。
それとー、見ねぇ顔だな?」
カウンターの向こう側には、異世界ファンタジーで見るような“酒場のマスター”という風貌の親父さんがいた。
「こちらは今日登録したばかりの新人冒険者さんですよぉ」
「仁科です。仁科浩史。えーっと、よろしくお願いします」
「ヒロシか。ようこそ霧坂へ。
久々の冒険者か。ってこたぁ、宿とセットだな?
歓迎するぜ~。旅の疲れを癒していきな!
なーんつってなっ! がーっはっはっ」
「……あ、ありがとうございます。お世話になります」
ここもそういうノリなのか。でも、悪くない。
カウンターに近いテーブル席につくと、サヤカさんが手際よく注文してくれた。
メニューは木の板に印刷されていて、これまた異世界の雰囲気が出ている。
すぐに、木製のジョッキでエールが運ばれてきた。
『とりあえずビール』みたいなものだろうか。
「それでは、新たな冒険者の誕生に、カンパーイ♪」
ベベン★
奥のテーブルで飲んでいた地元の方々も一緒に「おおー!」と盛り上がる。
不思議な一体感。
町民みんなが俺を歓迎してくれているような気がして、
ちょっと照れくさい。
「んぐっ んぐっ ぐびっ んぐっ ぷはぁー
おじちゃん、いつものねぇ~」
サヤカさんは受付嬢の衣装のまま、エールを一気飲みして、
いつものに切り替えた。
出てきたボトルには『焔薫イモ魂』というラベル。
芋焼酎らしい。
「サヤちゃん、ちょっとピッチ早いっすよ」
カイトさんは、お酒が苦手なようで、乾杯の一口のあとは手付かずのままだった。
お酒が入ったことにより、より饒舌になったサヤカさんが色々と語ってくれてるのだが、現実の話なのか、架空の話なのか、判断に迷う話題ばかりだ。
そしてお待ちかねの料理が運ばれてくる。
『森の恵みプレート』『猪王のグリル』など、名前のセンスはともかく、美味しそうな料理が次々と。
「飲み代と宿代、それに朝食も付いて、ギルドコイン2枚なのよぉ」
「え? それはすごい。現金使わずに過ごせるなんて、助かります」
実は持ち合わせが乏しく、クレジットカードが使えるかどうか不安だった。
「でっしょ~? 最初のクエストは~、
観光客を歓迎する意味もあってぇ~、
サービス盛りだくさん! なわけよぉ~」
サヤカさんの呂律が怪しくなってきている。
そんな彼女を、カイトさんはジト目で見て溜め息をついている。
酒癖の悪い受付嬢を毎回介抱させられる冒険者……といった構図だろうか。
酒場の奥では、地元の若者と老人たちが盛り上がっている。
「……なんか、地元の寄り合い所っぽいですね」
俺がぽつりと言うと、カイトさんがジョッキを持ち上げたまま笑った。
「ぶっちゃけ、ほとんど顔見知りだもの」
そこに、サヤカさんが割り込んでくる。
「ふふっふ。勇者様ー!
現実世界にも、こうして《憩いの酒場》があるというのはぁー、
素晴らしいことでしょうお~?」
「ぁ……“現実世界”って言っちゃってますよ。
あと俺、”勇者”じゃないですから」
「大丈夫なのれす。“どちらかが嘘”ではなく、“どっちも真実”なのれすから」
そして、サヤカさんはおもむろに立ち上がり、ジョッキを高々と掲げた。
「村人だろうと、旅人だろうと──」
その声が、酒場のざわめきを押しのけて響く。
「挑戦する者は皆──っ!」
全員の視線がサヤカさんに集まる。
「“勇者”であるっ!!」
ジョッキが掲げられた瞬間、場が一気に弾けた。
『おおーっ!!』
『いいぞーっ!!』
『ゆーしゃー! ゆーしゃー!!』
気づけば老人も、若者も、みんな一緒になって笑っていた。
各々がジョッキや湯飲みを掲げ、響き渡る「乾杯!」の声とともに、酒場は熱気と笑い声に包まれた。
ファンタジーの“ごっこ遊び”と、現実の境目が音もなく溶けていく。
その光景を眺めながら、俺もそっとジョッキを持ち上げた。
「……乾杯」
いつの間にか、地元民の中に混ざって、他愛もないネタで笑って、
騒いで、歌って、時間を忘れて盛り上がった。
・
・
・
宴もひと段落ついて、ばらばらと解散しだした頃、
奥からマスターの声が聞こえた。
「おーい、カイト! 嬢ちゃん完全にダウンしてるぞ!」
「……うわぁ、やっぱりか」
カイトさんが眉をひそめて駆け寄ると、そこには椅子にもたれかかるサヤカさんの姿があった。
頬を赤く染め、「勇者ぁ……ふふふ……挑戦する者は……うぅ、べっ……」などと呟きながら夢の世界を旅している。
「トイレから戻ってこないと思ったら……久々の限界突破だな」
カイトさんは苦笑しながら、彼女の肩に手を回し、支えるようにしてゆっくり立たせた。
「タクシー呼んであるんで、送って帰ります」
「慣れてる感じですね」
「まあ、よくあることなんで」
サヤカさんはカイトの肩に寄りかかり、満足げに笑っていた。
「カイトさん……今日は……勇者が……あれら……ろ……」
「はいはい、歩けますか? ここ段差ありますよ」
玄関までゆっくりと連れていくカイトさんに、今日のお礼を言って見送った。
タクシーのライトが遠ざかっていく。
さっきまで熱気に包まれていた酒場は、いつの間にか静寂を取り戻しつつあった。
夜も更け、マスターに案内されて二階の部屋に通されると、
そこには木の香りが漂っていた。
布団もきちんと敷かれていて、旅館というより“祖父母の家”に泊まりに来たような安心感があった。
「……旅に出て、よかったな」
最初は“ただの旅人”だった。
でも今日、ほんの少しだけ“冒険者”に名を変えた……そんな気がした。
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