第2話 途中下車 霧のむこうに 道がある
「では――仁科浩史(にしなひろし)様、これで冒険者登録、完了でございます!」
サヤカと名乗った受付嬢はそう宣言すると、カウンター奥の棚から、
ちょっと豪華に見える革っぽい手帳を取り出して手渡してくれた。
手帳の表紙には《冒険者手帳》と金色の文字が刻印されていて、
開くと今日の日付で「ランク:F」「称号:旅人」と、スタンプが捺されていた。
パラパラとめくってみると日記用のメモページがメインで、
付録としてサバイバル系の豆知識が添えられていた。
(それっぽく作ってるんだな)
自然と顔がほころんだ。
サヤカさんは、そんな俺を見て満足げに頷き、ニヤリと笑って見せた。
「ふふっ……新しい物語の始まりですよぉ」
俺は曖昧に笑ってごまかした。
でも、何かのアトラクションとかリアル系イベントみたいで、
ちょっとワクワクしている自分がいることにも気づいていた。
「お~い、新入りくん、準備できた?」
声をかけてきたのは、先ほどからロビーのベンチに座ってスマホをいじっていた青年だった。
年は二十代前半か。
くせっ毛の茶髪に、動きやすそうなカーゴパンツとパーカーといった出で立ちだ。
「あ、はい。仁科といいます。えっと……準備?」
「俺はカイト。当ギルドの……まあ一応、冒険者?
地域振興課職員って肩書きも持ってるけど……。
今日は俺がガイド兼任ってことで」
「よ、よろしくお願いします」
彼は軽く手を挙げて立ち上がると、
奥から何やら道具を詰めたリュックを引っ張り出した。
「初クエストは、山菜採りだ。
春の味覚ってやつだな。
地元のばあちゃんたちからの依頼だ。張り切っていこうぜ!」
「……本当にファンタジーな“冒険者ギルド”って感じですね」
「まあな。リアルで“こんなこと”やって許されてる町なんて、珍しいんじゃない?」
「カイトさーん?
新米冒険者の案内、よろしく頼みましたよ?
先輩冒険者として」
サヤカさんが笑顔で言ってるけど、目が笑っていない。
「……っす、はい」
カイトが軽く咳払いしながら姿勢を正す。
「えーっと……よし、任務開始だ。
勇敢なる新米冒険者よ、ついてきてくれ」
冗談なのか本気なのか、その境目がよくわからないまま、俺たちは出発した。
◇
森の奥は、うっすらと白いモヤがかかっている。
霧だ。
木々のあいだを薄い霧が流れている。
風が吹くたびに、白いレースのように揺れて、
幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「……霧が出てきましたね」
「この辺は、昔から“霧が出やすい土地”でさ。
町名の“霧坂”も、それが由来なんだとか。
山に入ると、こうしてすぐに霧に包まれるんだよ」
先を歩いていたカイトさんが、少しだけ振り返りながら言う。
「なるほど。町の名前見たとき、なんとなくそんな気がしてました」
「ははは、地元のばあちゃんたちは、
“霧の出る道は神様の通り道”だとか、
“霧が濃い日はあの世の入口が開く”とか、そんな話をしてくれる」
「……なんか、ちょっとだけ期待しちゃいますね」
「まあ実際、迷いやすいから気をつけろって話なんだけどな」
◇
町の外れにある登山道入口には、古びた木製ゲートが設けられていた。
そこには《熊注意!》の文字がでかでかと書かれていた。
「熊……大丈夫なんですか?」
「対策はしているけど、十分に警戒してくれ。
撃退スプレーも携帯しているけど、
音鳴らしてれば近寄ってこないはずだから、これを使う」
そう言って彼が取り出したのは、いわゆる“熊鈴”だった。
なぜかドラゴンの意匠が彫られている。
観光地で修学旅行の中高生男子が興味を引きそうなデザインだ。
「……特注品、ですね?」
「鉄工所……いや、鍛冶屋のじいさんの手作り。
見た目も音も、なんか強そうっしょ?」
言い直した。
“鉄工所”よりも“鍛冶屋”の方がファンタジーっぽいから?
それにしても“強そうな音”というのがよくわからない……。
◇
登山道は、なだらかながらも、しっかりと山道だった。
もちろん舗装などされてはいない。
木の根が浮き出た斜面を登ったり、湿った落ち葉を踏みしめて進んでいく。
東京ではもっぱらエレベーターとエスカレーターで生きてきた俺の足腰には、なかなかの試練である。
しかし、霧に包まれたこの静けさの中では、息が切れる感覚すらもなんだか心地よく思えた。
草と土の湿った匂いが、スンとしていて鼻に心地よい。
鳥の声は耳に優しく、頬を撫でる風は程よい冷たさだ。
やがて道端には、ふきのとうやタラの芽らしき若芽がひっそりと顔を出していた。
「あったあった。これが、今回のターゲットってやつだ。
トゲに気をつけてな」
カイトさんはタラの芽を摘みながら解説してくれる。
“旅の仲間”、パーティメンバーのような距離感が、何とも頼もしい。
独りじゃないんだと感じさせてくれる。
ふきのとうをちぎると、苦いような匂いが立ちのぼる。
タラの芽は柔らかくて、“ぷに”っとした弾力があるが、
ぽきり、と折れる音がなんとも癖になる。
すぐにノルマの量を集めることができた。
気づけば、心が軽くなっていた。
いつの間にか、辺りを覆っていた霧は晴れていた。
これが“冒険”というやつなのかもしれない。
そんな折、カイトさんが急に立ち止まり、周囲に目をやった。
「……止まって」
一瞬で空気が張り詰める。
「どうしました?」
「しっ……。音、聞こえた?」
耳を澄ます。
ガサ……タッ、トッ、タッ、トッ
確かに、草を踏むような音がすぐ近くで聞こえる。
カイトさんが手を上げて俺を制した。
熊鈴を鳴らす。チリン…と音が広がっていく。
「熊……じゃなさそうだ。イノシシか何かかも。
異世界なら魔獣かゴブリンか……動くなよ。
……来るぞ」
草むらが揺れた。
息を呑む。
──出てきたのは、一匹の犬だった。
毛並みは汚れているが、もとは白い犬だろう。
柴犬のような、愛くるしい顔立ちをしている。
犬はこちらを見て、尻尾をふった。
「……なんだ、お前かよ。
野犬だけど、人慣れしてるから害はないはずだ」
カイトさんがゆっくりしゃがむと、犬は臆することなく近づいてきた。
そして鼻を鳴らしながら、俺の足元にもすり寄ってくる。
「お、初対面なのに懐かれてるな」
「……動物は嫌いじゃないです」
「テイマーの素質ありってか?」
こうして俺たちは、“野生の使い魔”を伴いながら、山の頂を目指した。
クエストの目的は達成済だったが、“散策コース”なのだろう。
◇
山頂は思った以上に開けていて、そこからは霧坂町の全景が一望できた。
田んぼが広がり、その合間をぬって小さな川が流れている。
遠くには神社の屋根、学校の校舎と広いグラウンド。
ゆっくり動く宅急便のトラックも見える。
「ぉぉー……絶景ですねぇ」
思わず漏れた言葉に、カイトさんが隣で微笑んだ。
「だろ? 初任務としては、ちょうど良い冒険だったろ」
うん、と頷くしかなかった。
心を包んでいた霧は、もう、どこかへ消えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます