幼馴染に振り向いてほしくて、俺は教室の片隅にいる地味子と手を組んで自分磨きを始めた

郡山 青

第1話 春は夢うつつ



 長かった休みがやっと終わる。


 こんなことを考えるやつなんて星の数ほどいるティーンエイジャーのうち、一握りしかいないだろう。

 しかも昨日までの休みは、夏休みではなく春休みというおまけつき。

 二週間ほどで終わる休みが長いわけもないと思われても仕方がない。


 だいたいは「もっと休みをよこせ!!」と懇願する立場であると、頭では理解している。

 それでも、俺、白井和樹しらいかずきは春休みが終わるのを、一日千秋の思いで待っていたと胸を張って言いたい。



『いつものところで待ってるぞ』



 トークアプリでこんな短文を送るのに十分ぐらい費やして、男なのに情けないなとは思いながらも手汗でべとべとになったスマホを制服のポケットに雑に突っ込む。


 俺の家の玄関前。

 ここが俺とあいつのいつもの集合場所だ。


 登校するときは昔からここだった。

 ピカピカのランドセルを背負っていた日も、喧嘩した翌日に一言も口を利かないで並んでいった日も。


 そして、高校デビューをした“あいつ”に心を打ちぬかれたあの日も。


 いつからか「俺が待つ“あいつ”が来る」という構図が定着したが、顔を早く見たくて出てきているだけなのが乙女みたいで恥ずかしくて誰にも言えない。

 ただ、緊張しているこの瞬間さえも楽しいのだから、恋愛ってやつは本当に恐ろしい。


 今か今かと待っていると、ポケットでスマホが低くうなる。

 急いで取り出そうとして手汗で滑って落としそうになりながらもトーク画面を開いてみると、あいつからの短い返信があった。



『今日は先に行ってて』


「なんだよ、新学期から寝坊とはらしくないな」



 才色兼備、品行方正を地で行くあいつが、高校二年という短い高校生活で一番楽しい一学期の始業式に寝坊するなんてなかなか信じられない。



「まあ、昨日も部活の試合だったらしいしな……」



 疲れてうっかり目覚ましをセットし忘れることぐらい誰にでもあるだろう。

 陸上部で忙しいあいつの顔が久しぶりに見られると思っていた分、気分はかなり下方向へ持っていかれたが、新年度一発目から遅刻して教師に詰められるのは勘弁だ。

 俺は大人しくスマホをスリープモードにしてストンとポケットに入れ、通う高校へと足を向けた。





 いつも話しながら歩いていた分時間が経つのが早かったが、一人でぼーっとしながら歩く二十分はなかなかの苦痛だった。


 真新しい制服に身を包む新入生を横目に、クラス替えの名簿が張り出されていた看板を見てみると、どうやら一組らしい。

 “あいつ”は……三組か……



「おっす和樹!!今年もよろしくなぁ~」


「……ということは、今年もお前と一緒ってことだな」



 綺麗に染められたダークブラウンの短髪、という校則ギリギリアウトのラインを持ち前の人当たりの良さと愛嬌で潜り抜けている、悪友、黒田誠也くろだせいやは俺に手をひらひらと振りながら近づいてきた。



「嫌そうにすんなよなー。いくら幼馴染と一緒のクラスになれなかったからといって俺に当たっていいわけじゃないんだからな」


「わかってるならいちいちこの人の多い場所でその話をするな」



 制服は若干着崩しているし、その格好でよく教師が立つ校門を突破できたなと思いながらジトっと誠也を見るも、こいつは特に気にした様子もなく会話を続けてくる。



「にしても、ここはアイドルの卒業発表会場かっての。あちこちから阿鼻叫喚が聞こえてくるぜ??」


「そのほとんどが男のやつだろ……」


「その中に和樹も入っているけどな。残念だな今年も一緒のクラスになれなくて」


「……ちょっとは黙ってられねえのか、このチャラ男は」



 ハハッと、軽く流した誠也の腹に肘を軽く入れようとするも、スッと体を捻ってかわしやがる。

 軽い感じなのが見た目だけじゃなくて身のこなしも入るのが腹立つな。

 余計なところでサッカー部の身のこなしをしなくていい。



「別にお前だけじゃねえんだからいいだろ??そもそもお前はいつも“あの子”と一緒に来てるだけでも、他の男からしたら『プレミアチケット』なんだからな??」


「言われなくてもわかってる。だけど、俺とあいつは……」


「幼馴染、かつ初恋の相手っと。いやぁ、うぶうぶで素敵な恋でちゅな」


「マジでぶっ飛ばすぞお前」


「おー、怖いこと。ところで、今日は??一緒じゃねえの??」


 俺の強めのボディーブローも楽に手のひらで受け止めながら、周りをきょろきょろ見る誠也にもう呆れてしまって力が抜けた。

 俺は肩をすくめてカバンを背負い直して、校舎の入り口に体を向けつつ投げやりに答える。



「今日は先に行っててくれって連絡があったんだよ。たまにはこういう日もあるだろ」



「先に教室行ってる」と誠也を残して足を進めていると、背中から小さく声が届いたが俺は気にもせず新クラスの一組の教室へと向かった。



『やっぱりか……』





 新しいクラスとはいえ一年間一緒の校舎、しかも同じフロアで生活していれば一度は顔を見たことがある人の方が多いので、これからお世話になる二年一組の扉を開けても最初はそこまでの緊張はなかった。


 とはいえ、この高校は一学年六組に分かれているので、話したことがない人もいるのも事実だ。

 黒板に張られていた座席表を見ると、窓際の列から数えて二列目の最後部。

 俗にいう「当たり席」ではあったが、近くにいる人は軒並み話したことのない人ばかりだった。



「はじめましての挨拶からになるわけね……」



 自分の席の方を見てみるとすでに左隣、窓側の最後部の席には文庫本を読んでいる女子が座っていた。


 座席表から見ると名前は「相川芽衣あいかわめい」というらしい。

 特徴的な亜麻色のロングヘアだが、あまり手入れされていないのかところどころ枝毛が跳ねている。

 かろうじて黒い丸い縁のメガネは見えるが、全体的な表情は貞子みたいに垂れてしまっている髪でうかがい知ることはできない。


 “あいつ“とは見たところタイプの違う感じの女の子なので、果たして大丈夫だろうか……。

 緊張しながらも自分の席について、ふうと深呼吸してから壊れた人形のようにギギギと横を向いて話しかけてみる。



「お、おはよ。隣になる白井……です。よろしく……」


「……」



 亜麻色のロングヘアが顔を隠しているので相手がどんな様子なのか判断できない。

 が、おそらくは文庫本に目を落とし続けているのだろう。


 無視されている……??

 俺そんな第一印象悪いのか??



「あー、えーっと、あ、相川さんでいいのかな……??」


「……コク」



 あ、よかった。何とか人権は保てた感じか。

 でもご近所さんになるわけだから、どうにかコミュニケーションを円滑に取りたいがどうしたものか。

 頭を巡らせても“あいつ”や誠也のほどのトークスキルを持ち合わせてない俺にとって、初めましての女子に振れる話題があるわけもなく。



「よ、よろしくねぇ……」



 人間力低めの俺にできることは、相手からの印象をこれ以上悪くしない選択。つまりはすすっと身を引くことだった。

 大変情けない。



「オレははじめましての挨拶ができない友人を持った覚えはないぞ」


「一部始終を見てるくらいなら少しぐらいは手助けしてくれてもいいじゃねえか」


「そんなことしたらコミュニケーションとは言わねえだろ。あっ、オレは黒田誠也っていうからよろしくねー」


「……コク」



 このチャラ男から出たとは思えない正論にぐうの音も出ず、黙ってカバンの中身を広げていると、誠也は俺の血がにじむような努力の末に出た結果をものの数秒でゲットしやがった。

 誠也のようなタイプは相川さんが苦手そうだと勝手に思っていたが、俺と同じ反応ということは違うのか??


 ニコニコと視線を向けない相川さんに手を振り終えたかと思うと、誠也は急に俺の肩をガチっと組んでくる。



「……さっきは和樹には聞かなかったけどよ」


「……な、なんだ急に」



 男二人で耳打ちするな暑苦しいと、無理やりほどいてやろうかと思ったが、やけに真剣な様子できたので圧倒されてしまう。


 ただ、圧倒されたのがこいつの様子だけなら“まだ”よかった。



「―――」


「……は??」



 それ以上に衝撃的なことを聞かなければ、そう表現しなかったのに。



「ほら、窓の外見てみろ」


「……冗談はほどほどにしろ……って……」



 俺が誠也の肩を振りほどいたのか、それともあいつが気を遣って力を緩めたのかはわからない。

 暑苦しい誠也から離れると、スッと自分の中の何かが急速に冷えていくのを感じた。

 頭と体が追い付いていないとこうなるのだろうか。



 相川さんの後ろの窓から下を見ると、校舎前の看板を見る生徒たちがよく見える。


 俺たちが来た時よりも人が多い。

 登校時間ピークというわけでもなく、どちらかというとあと数分でHRのチャイムが鳴るという攻めた時間なのにも関わらず。


 しかし、そのほとんどの生徒の視線先にクラス替えの名簿はない。

 その先にあるのは、一組の男女。

 お互い手をつないでいる仲睦まじいカップルだ。誰が見てもそう映る。


 男子の方は遠めでも爽やかが伝わる短髪のスポーツマン風。顔立ちも整っているし、すらっと高い身長も加わり、俳優だと言われても決して疑わない。



 そして、女子の方は―



「朱里……??」



 綺麗な黒髪のミディアムボブが春の風に揺られ、眉目秀麗を体現したその容姿は紛うことなく―



 富田朱里とみたあかり


 小学生の頃から交流のある、いわゆる幼馴染。


 そして俺の初恋の相手。

 俺の心をつかんで離さない女の子。



「あの二人は付き合ってる。オレはその噂を聞いたけど、やっぱり本当だったか」



 俺の後ろから、悪友のどこか諦観した言葉が届くが俺の頭には残らない。


 目の前の光景が夢であるように。

 そんな醜い考えが俺の意識を支配していたから。

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