第3話 最初の敵は、世界そのもの

森は、静かすぎた。


風は吹いている。

木々も揺れている。

だが、生き物の気配が、ない。


「……嫌な感じだな」


一真は、無意識に腰を落としていた。

病室で培った“気配”ではない。

これは――生き残ろうとする本能だった。


その瞬間。


――ガサッ。


右斜め後方、低い茂みが揺れた。


「来る!」


振り向いたと同時に、影が飛び出す。


狼。

いや、狼に似た“何か”。


肩まである体高、筋肉の盛り上がった前脚、

そして――赤く光る四つの目。


「二匹……いや、三匹か!」


反射的に後退。

だが足がもつれない。

体が、ちゃんと動く。


(この体……強い)


そう理解した瞬間、

最前の一匹が地を蹴った。


速い。

病気になる前の運動神経でも、避けられたかどうか。


だが――


「はぁっ!」


一真は、前に踏み込んだ。


逃げない。

それは、選択だった。


右手を突き出した瞬間、

体の奥から、何かが溢れ出る。


熱。

血流が、音を立てて走る感覚。


《戦闘意思を確認》

《戦闘補助:解放》

《基礎身体強化:発動》


「――っ!」


拳が、獣の顎を捉えた。


鈍い衝撃。

骨が砕ける感触が、拳に返ってくる。


獣は、空中で回転し、

木に叩きつけられて動かなくなった。


「……嘘だろ」


自分の手を見る。


震えている。

だが、恐怖じゃない。


昂揚だ。


残る二匹が、唸り声を上げて左右に散る。


挟撃。

狙いは喉。


(来る……)


一真は、息を整える。


病室で、何度も深呼吸を練習した。

苦しい時ほど、呼吸を乱すなと。


左から跳んだ一匹。

一真は地面を蹴り、低く滑り込む。


「遅い!」


腹下に潜り込み、

肘を突き上げる。


内臓を打たれた獣が、悲鳴を上げる。

だが、右からの一匹が――


「っ!」


牙が、肩を掠めた。


皮膚が裂ける感覚。

血が流れる。


――だが。


「痛ぇな……でも」


一真は、笑っていた。


《被ダメージ確認》

《自己修復:低速発動》


裂けた皮膚が、目に見えて塞がっていく。


「……治る、のかよ」


呆然とした獣の一瞬の隙。

それを、見逃すほど甘くない。


一真は、地面の石を掴み、

全力で投げつけた。


目に命中。

怯んだ瞬間――


「終わりだ!」


全体重を乗せた回し蹴り。


首が、不自然な角度に曲がり、

獣は沈黙した。


森に、静寂が戻る。


一真は、膝に手をついて息を吐いた。


「……はぁ……はぁ……」


心臓が、強く打っている。

生きている証だ。


地面に転がる三匹の死体。

血の匂い。


吐き気は、なかった。


それが、少しだけ――怖かった。


《戦闘終了》

《経験値を獲得》

《レベル1 → レベル3》

《スキル候補を提示します》


視界に、文字が浮かぶ。


・《身体強化・常時》


・《戦闘直感》


・《自己修復》


・《魔力操作・基礎》


一真は、拳を握りしめた。


(強くなれる……)


だが、その奥に、

病室で動かなかった体の記憶が、よぎる。


「……もう、戻らない」


選ぶのは――生きるための力。


「全部だ」


そう呟いた瞬間、

世界が、低く唸った。


《警告》

《この世界は、優しくありません》


一真は、血の付いた手を拭い、立ち上がる。


「望むところだ」


死んだはずの少年は、

戦うことで、生を掴み取る。


――これは、

佐藤一真が“弱者であること”を、完全に捨てる物語。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る